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ねずみと住む恐怖

アメリカの大学あるある、なのかは分からないが、私が学生時代に住んでいた寮にはねずみが住んでいた。東海岸の大学だったのだが、寒い冬も、暑い夏も、ねずみたちは元気に壁の中や廊下を駆け回り、少しでも食べ物の管理が甘い部屋があるとそこらじゅう食い散らかしていくのが常だった。

生徒たちはというと、基本的にはねずみを嫌っていた。まるで怪談話をするかのように「寝ているときにねずみが顔の上を走っていった」と語る生徒もおり、あまり遭遇したくないもの、触れ合いたくないものとして扱われていた。大学側はあまりにねずみが多いので駆除は諦めており、時たま苦情が出るとねずみ罠を生徒に渡し、困ってるのはそっちなんだからそっちで何とかしてくれ、というスタンスをきめていた。

でも私は、ねずみが可愛くてけっこう好きだった。幼い頃にハムスターを飼っていたのもあるかもしれない。小さいクリクリした目と細長い尻尾のねずみは愛らしく、たまーに人間がいる部屋にささっと出てきて食べ物をひっつかんで走っていく様子を見るのが好きだった。時効だと思うので言うが、深夜に寮のラウンジで一人で論文を書いているときに、寂しくてわざとクラッカーのかけらを落としたことも何度かある。しばらく待っているとねずみが必ずひょこっと顔を出して、私がパソコンに夢中なふりをすると、ダッシュで走ってきてクラッカーをくわえていくので、それで寂しさを紛らわしていた(そして論文を書くのをサボっていた)。

ただラウンジにいるねずみと、自分の部屋にいるねずみはやっぱり違う。自分でも都合がいいとは思うけれど、深夜に触れ合うねずみは友達でも、自分の部屋に知らず知らずのうちに潜入するねずみは害獣で、特に夜にベッドに横になっているときにカサコソ言う音がするとそれは必ずねずみがおやつを漁っている音なので、けっこう嫌だった。ベッドに寝ている人間はすぐ攻撃しないのを知っていて、数匹の集団でパーティーしにきていたのだ。見た目が可愛いと思うのは本音でも、勝手におやつを開けられて漁られた後の後始末をするのは自分なので、食べ物の管理は厳重にするようにしていた。それでもねずみはなぜかアクリルの密閉容器や引き出しの中に忍び込むので、やっぱりみんなから嫌われる理由もわかるよな、などと私は思っていた。

あれからしばらくの時がたち、私もねずみの出ない部屋で暮らせるようになった。でもねずみのカサコソいう音に怯えて暮らした四年間の記憶のせいか、いまだに夜に物音がするとねずみではないかと反射的に身構えてしまう。最近お隣さんのワンちゃんが壁をカリカリする音が聞こえ、反射的に「ねずみっ!」と思ったことがきっかけで、まだその反射神経が自分から抜けていないことを思い知らされたのだった。

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