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12月7日世界KAMISHIBAIの日

(いつもより長めです。2,400字程度)


 大きな紙を1枚めくる度に、どうなるのだろうかとわくわくする感覚が大好きだ。


 読み手である自分は、話の内容なんてもう知っているのに、随分読み込んだからその新鮮さなどないはずなのに、大きくてぶ厚いその紙を1枚めくるというその動作だけで、毎回興奮させられるのだからやっぱり紙芝居はすごい。

 聞き手の人たちはどうなのだろう。例えばその話が桃太郎やはなさかじいさん、鶴の恩返しだったりしたならば、きっとほとんどの人が聞いたことのある話だろう。つまりこれも新鮮味はないはずだ。でも、いつもどこでもほとんど多くの人が紙をめくる度に、わぁとか、おお!とか、興奮して見せてくれるのだから、やっぱり紙芝居はすごいってわけだ。


「今年はやっぱり中止でしたね」

 事務員の菅井さんが言う。スマホを操作している僕は、その寂しさを隠すために、そうですねと失礼ながら画面越しに答えた。


 毎年、今日のこの日に地域の子供たち向けに紙芝居の会を行っていた。もう十年ほど前からだろうか、地元の商店街の地域活性化イベントの一つで僕は紙芝居の読み手のボランティアをしている。

 感染症の流行で今年は皆で集まってのイベントがことごとく中止になっており、菅井さんの言うとおり、この紙芝居イベントも中止となった。だから今日も有給を取らずに仕事に出れば良かったものを、そのまま休み、いてもたってもいられずイベント会場である地域会館に来てしまったのだった。

 当たり前だけれど、観客らしき人は誰もいない。

「紙芝居の作品、HPに上げたんですよね」

 菅井さんが再び尋ねる。僕はこんどこそちゃんと顔を向けて答えた。

「昨日、アップしました。ダウンロードして家でも使えるようにと思って」

「いつも好評だから、きっと皆喜んでいますよ」

 そう言ってくれる菅井さんは、僕に向けて微笑んでくれた。

 例えば公開した作品を、家庭でプリントアウトして、家族でA4サイズでも紙芝居ごっこをしてくれたなら、僕はもう十分満足だなと思う。

 だからこそ、いつまでもこの場にいてもだめだなと感じて、僕は腰を上げた。

「すみません」

 幼稚園生だろうか。母親らしき女性に連れられ、男の子が僕に声を掛けてきた。

「はい、どうしましたか」

 僕が聞くと、男の子はもじもじとして母の後ろに隠れてしまった。仕方なしに、女性に視線を向ける。

「あら、恥ずかしくなっちゃったのかしら。すみませんね、ご存じだったら教えていただけると嬉しいのですが。ここで毎年紙芝居のイベントがあって」

「あ、それ僕が読んでいるんです」

 しまった。紙芝居と聞いて思わず言ってしまった。まだ質問さえされていないのに。女性は驚きつつも、ゆっくりと微笑んでくれた。

「今日はもうイベントはなさらないのかしら」

「そうですね、中止になってしまって。でも寂しいから思わず会場に来てしまったところです」

 僕が素直にそう言うと、なぜか女性は良かったと言った。自身の後ろに隠れている男の子に手を寄せ、前に出るよう促した。

「実、いつも読んでくれるお兄さんよ」

 男の子はおずおずと顔を見せてくれた。

「今日は読んであげられなくてごめんね」

 僕がそう言うと男の子は何故か照れるようにして笑う。なぜ少し喜ぶようにして笑うのかと不思議に思っていると、彼が口を開いた。

「僕が読んでもいいですか」

 小さいけれどはっきりと僕に向かってそう言った。

「僕に読んでくれるの?」

 そう聞き返すと、やはり照れた顔のまま、こくりと小さく頷く。

「この子、毎年あなたの紙芝居を楽しみにしていたから、中止になって悲しんでいたんです。でも昨夜、紙芝居のデータをHPに載せてくださったでしょう。とても喜んで、昨日から家で何度も読んでいるのよ」

 そう言われ、今度は僕が照れてしまう。

「本物の紙芝居屋さんみたいって、私が言ったらね、お兄さんに読んであげるって聞かなくて」

 今度は困ったような顔をして言うが、その声色はどこか楽しそうだった。イベントが中止になっているのだからお兄さんはいないよと説明したが、聞かないので会場に来てみたと言う。そして、そこには僕がいた。

「お兄さん、紙芝居読めなくなっちゃったんでしょう?だから僕が読んであげようと思って」

 そう言った男の子は、さっきまでのもじもじとした照れた感じは消えていて、精悍な顔つきになっていた。彼の母は、お兄さんが読めなくなったわけではないんだけれどねとおそらく何度目かの訂正をしていたが、僕にはその声はぼんやりとしか聞こえない。

 僕はもう、この目の前にいる小さな男の子が、僕に読んであげたいとそう思ってここまで来てくれたことで胸が熱くなっていた。

 ついでに、涙腺もふるふるとゆるみ始めている。

「実くん、だっけ。どうもありがとう、とても嬉しい」

 僕はそう言ってこっそり目元を拭う。彼らを近くのソファーに案内し、紙芝居の読み手と聞き手とで距離を取る。彼は母に紙芝居をもらいいそいそと準備し始めた。受け取った紙芝居はA4でプリントアウトしたものを厚紙に貼り付けたらしく、小ぶりながらもちゃんと紙芝居のそれである。

小さな紙芝居屋の彼は、僕は座っているのを確認すると、一つ深呼吸をしてから口を開いた。

「さぁさぁ、紙芝居のはじまりはじまり~」

 いつもの僕の口上を真似てくれているようだ。小さな口元が一生懸命大きな口になり、言葉が紡ぎ出される。すでにその光景が紙芝居のように思え、僕は何ともわくわくが止まらない。そして恐らく、わくわくが止まらないのは彼も同じなのではないかと見ていて思う。

 気づけば僕の後ろには受付越しに菅井さんが聞いている。もちろん男の子の母も彼を見守って昨日から何度目かの紙芝居を聞こうとしている。

 読み手も、聞き手も最大限の興奮を持てる紙芝居はやっぱりすごいと、僕は久方ぶりの聞き手になって興奮している。

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【今日の記念日】

12月7日 世界KAMISHIBAIの日

日本独自の文化である紙芝居を愛する人、興味のある人、演じたい人など、さまざまな人が国境を越えて参加し、交流する「紙芝居文化の会」が制定。紙芝居を研究し、学び合い、その魅力を世界中に根付かせていくことが目的。日付は会が創立した2001年12月7日にちなんで。紙芝居を通じて国内はもちろん国際交流も深めたいとの思いから記念日名に「KAMISHIBAI」と表記。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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