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7月9日 クレープの日

  (いつもより少し長めです※2400字程度)
 
 あーん!と、顔の半分を占めるくらいに大きく口を開き、ついでに息を吸い込んでバクっと食らいつく。

 幻の魚を釣り上げたわけではない。

 私がクレープを食べるときのそれである。

 大きな口で食いついたクレープからは、まるでその精気を吸い取るようにしてクリームやらフルーツやらを口の中に誘い込む。けれど、やっぱり逃げ出すものもいて、私の口の両端にはクリームが溢れ出す。時にはバナナなんかも出てきちゃったりして。そこにチョコレートソースも一緒だったりするものだから、私の顔は口福(もとい、幸福)の反面ひどい顔となるのだ。

 でも、だって、この食べ方が一番好きなのだもの。

 小さいうちは、あらまぁほっぺで食べちゃって、とか、やんちゃで可愛いなぁとか、親戚の面々から言われては私もへらへらと笑っていたものだ。なんだか知らないけど、私がクレープを食べるとみんなが喜んだ。

 クレープは美味しいし喜ばれるし素晴らしい!と思っては、大きな口を開けて頬張った。

 そうすると、他の色んな好物を食べるときにもやっぱり大きな口を開けて食べるようになった。

 たまに大好きなクレープを食べるときだけ、大きな口を開けることが、親戚やなんかにしてみると可愛らしい、子供らしいと微笑ましく思ってくれていたようだが、それが食べ物全てとなると視線が変わる。特に、私が小学校高学年になると明らかだった。


 もっとおしとやかに食べなさいな。

 口の端が汚れているよ、みっともない。

 女の子でしょ!


 まぁ確かに、大たこ焼きを大きな口で食べれば口の端にはソースがべっとりなので、言われることは間違っていない。

 でも、そうかと考えを改めたのも事実。

 こうして食べるのはみっともないのか。口いっぱいに頬張って味わうことを女の子はしないものなのか。

 それから、私は『小さな口で女の子らしく』食べることにした。


 大体の食べ物は変えることが出来たのだが、クレープだけは出来なかった。だって、大きな口でガブリと食べたい欲求が強すぎるのだ。
 だから私は仕方なくクレープを封印した。


 そして10年経った今、私は大きな試練を迎えているかもしれない。

「おめでとうございます!1000人目のお客様!お好きなクレープをプレゼントいたします!!」

 違うのだ。私はあくまでドリンクを買おうとして……。なんたる偶然なのか、ドリンクを買おうと、クレープも売っているワゴンカーに出向いたら、まさかの1000人目の客だと言う。

「さぁ、お好きなものをお選びください。トッピングも全て無料でございます」

 え、トッピングも無料なの!?

 どうしよう、10年食べずにきたのに。そう思うが、10年と言う節目でそれを終えるのもまた1つではないか?大体、私はもう20歳。大人である。誰がなんと言っても、自分の責任で好きなことが出来る年になったのだ。

「クレープはお嫌いですか?」

 様々迷う私に、女性店員は不安げな顔で聞く。嫌いなはずがない!私は思い切り首を横に振って答える。

「バナナいちごチョコクレープを、生クリーム増量でお願いします」

 私が言うや否や、店員さんは「喜んで♫」と言って作り始めた。

 数分と待たずに出された10年ぶりのクレープ。どうぞと渡され、私の手は少し震えていたかもしれない。ありがとうございますと言い、目を瞑る。

 私はもうクレープを解禁する!

 そう決意し、思う存分大きな口を開けてかぶりついた。増量トッピングにした生クリームはみるみる口の端に溢れ出る。バナナも抜け出し、まるで私の口に牙が生えたように……なっている気がするけれど、確認はできない。

 さすがにお店の人や、たまたまいる周りのお客さんもさぞや引いていることだろうと思う。

 が、その反応は思っていたものと違うのだった。

「なんと!素晴らしい食べっぷり!!!記念すべき1000人目のお客様に相応しい!クレープを愛してくれているのが良く分かります!!ありがとうございます」

 先の店員さんがそう言って拍手をすると、他の店員も拍手をし、中には頭を下げてくれる人も見える。周りのお客さんからも大きな拍手が沸き上がり、少し耳を澄ますと、色んな声が聞こえた。

「めっちゃ美味しそうに食べるね」

「あぁ、食べたくなってきた!」

「おかずクレープ派だったけど、あの生クリームのはみ出しっぷりを見るとちょっとたべたくなっちゃったよ」

 まさかの自分の想定と大きく違う反応に私はただ驚いた。もしかしたら中にはあまり良くない反応もあったのかもしれないが、それが聞こえない程度には好ましい反応が大きく聞こえてきたのだ。

 大好きなクレープを好きなように美味しく食べても良いのか。

 私はそう気づき、口いっぱいに詰め込んだクレープをごくりと飲み込むと、もう一口目にかじりつく。瞬間、その場からは、おおー!!と言う歓声のような声が上がる。

 私を迎えてくれた女性店員さんが近くに寄り、小声で言った。

「最近は皆さんお上品に小さく食べられる方が多いので、豪快に食べていただいてとても嬉しいです。見ていて幸せになります」

 そう言って、ありがとうございますと笑った。

 クレープを食べると美味しいことは知っていた。ついでに幸せな気持ちになることも知っていた。

 でもクレープが食べている人だけでなく、見ている人まで幸せにする食べ物であることはこれまで長く忘れていたことだ。
 
 口の端からはみ出るクリームは、そんな私の溢れた幸せのそれなのかもしれない。

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【今日の記念日】

7月9日 クレープの日

クレープをもっと身近なおやつにしたいとの願いから、さまざまなケーキ、スイーツを製造販売している株式会社モンテールが制定。日付は数字の9がクレープを巻いている形に似ていることから。毎月9日、19日、29日と、9の付く日を記念日とすることでより多くの人にクレープの美味しさを知ってもらうことが目的。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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