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1月28日ただの記念日その2

※本日は日本記念日協会認定記念日はありません。そのため、今回は著者が勝手に作った記念日の小説としています。

(いつもより少し長いです。約2400字)


「ママ」

 甘えたような声で上目遣いに私を見る。ととと、と小さな歩幅で駆け寄って来て、ぎゅうっと抱きしめられる。

「大好き」

 ああ、可愛くて堪らない。抱きしめてくれた2歳の汐菜と目線を合わせ、お返しにと私も彼女を抱きしめてた。スン、とまだ子供の、けれどもう赤ちゃんではない柔らかな匂いが香る。

 大きくなったなぁ。私はじんわり温かい体温を感じながら思い返す。

 ついこの間まではケラケラと訳も分からず笑うだけだった。そうかと思うと急にぎゃあと泣きだしなかなか泣きやまないこともある。よちよちと歩けば、なぜだか器用にテーブルの角にぶつかり倒れる。その勢いでころりと転がり、賢明に立ち上がると頭上のテーブルにまたもぶつけて泣き崩れるのだった。いちいち可愛くて心配で面白くて目を離せなかった。

 それがどうだろう。たったの1年や2年でこんなにも成長するものなのか。ママと呼んでみたりお母さんと呼んでみたり、それが同一人物であることや他にちゃんと私に名前があると言うことも最近では理解し始めている。気に入らないことがあっても、なぜ気に入らなくてどうしたら自分は気持ちが治まるのかもたどたどしい言葉ではあるがきちんと伝えられるようになったきた。

「ママも大好きよ」

 私がそう言うと、ぱっと私の胸に埋めていた顔をあげてにこーっと笑った。

「見て、しおちゃん鼻水つけたの」

 にこーっよりも、びよーんの方が効果音としては合っているのではないかと思うような糸の引きっぷりである。私の表情は固まり、無表情のまま右手でティッシュを手探りする。

「汐菜」

 ようやく私が声を出すと、何かを察したのかするりと私の腕から抜け出した。同じタイミングで私は続ける。

「こらー!!お鼻はティッシュでかみなさいって言ってるでしょー!」

 逃げた娘に向かってそう叫ぶが、既に部屋の隅まで逃げ切っている。そしてくるりと振り返り、にたぁっと笑うのだった。

「べろべろべろべー」

 嬉しそうに舌を出して言う娘を見れば笑うしかないのだった。

 もう、夕飯の支度が全然終わってないのに。

「ママ」

 肩から力が抜けていく私の背後から今度は6歳の娘、香織が声を掛けてくる。振り返り、その背がもう私の胸のあたりまで伸びていることに驚く。こっちもこっちでいつのまにやらこんなに大きくなってと汐菜の余韻もそこそこに笑いながらもじぃんと胸が熱くなる。

「お手紙書いたよ」

 思えばこの子は本を読むのも字を書くのも早かったな。特に頑張って教えたこともないのに、どんどんといろんなことを吸収している。たくさんのものに触れているおかげか、とても優しい子に育ってくれた。自慢の娘だ。手紙もきっと私が喜ぶようなことが書いてあるのだろう。そう思い、逸る気持ちを抑えつつ手紙を開いた。

「ママのおなかはぶよんぶよん」

 私がその字を目にするのを確認し、彼女もまた部屋の隅まで逃げていく。

 確かに、君の言うとおりです。汐菜を出産して早2年。運動と言う運動も継続出来ず、かと言って君たちと過ごす毎日はなかなかエキサイティングなのでお腹がすぐに減り、食欲は増すばかり。半年前に職場復帰したものの、戻らない仕事勘(もしかしたらもともとそんなものはなかったのかもしれないけれど)に失敗ばかりする日々。そのストレスなのか甘いコンビニスイーツが止められない。しっかり過去最高体重を更新する毎日です。そう、だから確かに『おなかはぶよんぶよん』です。でも、ママだって気にしているんです。

「うっさいわー!!すぐに痩せるんだからー!!」

 そう言ってつい数分前と同じように今度は香織を追いかけ、こちょこちょとくすぐる。

「きゃー!ママ止めてー」

 笑いながら叫ぶ香織を見るその視界の隅に汐菜が映る。

 椅子をよじ登り、ダイニングテーブルの上に登っていたのだ。テーブルの上には保育園からのお便りや配布物を置いており、その上を汐菜が歩けば、もしかしたらスルッと滑ってしまうかもしれない。だからテーブルの上には登れないよう椅子を一つにし、残りは撤去している。一つだけある椅子も、普段は別の場所に置いているのにいつの間にか持ってきていたらしい。

「ママー!しおちゃんここだよー」

 そう言ってはしゃぐ汐菜は今にもジャンプしそうだ。ここで大きな声で危ない!と叫んではきっとそれに驚き慌てて降りようとするかもしれない。そうなる方が危ない。私は静かに深呼吸をしてそっとテーブルに近付いた。汐菜の目の前で、彼女の目線に合わせてる。

「危ないから降りなさい」

 私の真剣さを察知したのか、こくんと頷き抱っこをせがむように腕を伸ばした。そっと降ろしてやり、やはりまた目線を合わせる。

「ママ、ここは危ないから登ってはいけないって言うよ。ここはだめ。汐菜が転んで痛い痛いしたらママ悲しい」

 youではなくmeで伝える(つまりあなたがどうではなく私がこう思う)方が気持ちが伝わると聞いてからそうしている。そして実際そうなったなら本当に悲しい。

 汐菜はしゅんと顔を下に向ける。そして少しして涙がポトリと落ちた。ツキン、と胸が痛む。

「ママ大好き」

「うん、ありがとう。ママも大好き。大好きだから、痛い痛いはしないでね」

 そう言って抱きしめる。するとそっと背後に気配を感じる。

「汐ちゃん、ママ、見てみて!」

 二人で振り返ると変顔をした香織が踊っている。

「ねぇね変なのー」

 今の今までしょんぼりしていた汐菜がケラケラと笑う。

「汐ちゃんもママも踊って」

 香織が言い、即座に汐菜も踊りだす。

 二人を見ると、もちろん笑うしかなく、脱力もいいところだ。そしてふわっと軽くなった頭でふと気付く。私はこの10分もない時間で喜怒哀楽の全てを感じていた。喜怒哀楽なんて、1日のうちどれか1つを感じればいい方だと思っていたけれど、そのすべてを感じたのだ。

 でもこれって、今日に限ったことではなく、ほぼ毎日。毎日、私はこの子たちに喜怒哀楽をもらっているのかと気づき、充実し過ぎだなと笑う。

 この贅沢な日々を忘れないために、今日は子供たちとの喜怒哀楽の記念日にしよう。

 さて、踊りに加わります。

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