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3月29日 Piknikの日

(※いつもより長めです。約2,400字) 


 ピクニックびよりだねと、まもなく小学生になる息子が言った。

 そのとき、外は確かに晴れていた。生ぬるい暖かさはいかにも春のそれだったし、吹きすさぶ風もやはり春のそれである。ピクニックびよりかどうかは分からないけれど、たまには外で思い切り遊んだり、お弁当を持って出かけるのもいいと、私も思っていた。
 小学校に入る前の平日の思い出にするのもいいかもしれない。

 ピクニックに行くのはよく行く近所の公園だと思っている。今は桜が満開の季節であり、もしかしたら同じような考えの親子がたくさんいて混雑しているかもしれない。

「うーん、きっと公園でピクニックするにしても人が多すぎて難しいんじゃないかなぁ」

「でもこんなにいい天気の日に外でご飯食べたらきっとおいしいよ」

 なんと純粋に訴えかけてくるのだろう。おっしゃるとおりである。ならば、と私は応戦した。

「お弁当を作るにも買い物には行かなきゃならないからさ、まだ時間も早いし、まずはスーパーまで買い物に行こう。帰りに公園に寄って人が少ないようなら、お昼にお弁当を持ってピクニックしよう」

 私が歩み寄ると、息子はやったぁ!と大きく飛び跳ねた。

 公園、予想通り混雑していたらどうしよう。今更、後悔する私であった。

「からあげと、卵焼きと。あ、あとおやつも買っていい?」

「うん。いいよ」

 にこにこと嬉しそうに満面の笑みで私と繋いだままの手を空にむけてぶらんぶらんと喜んで見せた。公園、混んでいないといいなと私が思うと、息子が今度は何か思い出したように言った。

「あ、あとピクニックのジュースも買わなきゃね」


 スーパーに着き、手早く買い物をする。途中、お菓子売場でなかなかおやつを決めきれずに息子は少しごねていたが、ピクニックの為だと思い直したのか、いつもよりはすんなりと会計を済ますことができた。

「公園、通ってみようか」

 予定通り、遠回りして公園を通ってから帰宅することにした。公園までの道が狭まっているせいか、妙に生ぬるくて強い風がたびたび吹き付ける。それを抜けて公園に着くと思ったよりも人は少なかった。

「これならピクニックできそうだね」

「やった!早くお弁当作ってもう一度来よう」

 そう言うと、息子はくるりと向き直りきた道を戻り始めた。そこに一粒ぽつりと落ちてきた。

「あ」

 あわてて空に顔をむけると、その頬にもう一粒の雨が落ちてきた。

 生ぬるい風の正体は雨である。

「ピクニック、できないじゃん」

 わかりやすく肩を落としてそのまま公園を振り返ることなく息子はとぼとぼ歩き出した。

 幸いにも大雨になる前に家路に着く。息子は帰宅して早々に、無言でリュックにピクニック用品を詰め始めた。そしてそれをそのままにテレビを付け始めたのだ。

 ピクニックに行きたいけれど行けない、悲しさを埋めているのかもしれない。

 ここは私がフォローしなくては。

 私は2階の部屋に上がり準備を始める。ものの5分で仕上がったので、そこはそのままにして今度はキッチンへ。彼のリクエスト通りの弁当を作るのだ。あまり手間のかからないメニューをセレクトしてくれたので助かった。30分もあれば完成した。ランチクロスで丁寧にお弁当を包み、息子に渡した。

「はい、リュックに入れてね。テレビは消して、行くよ」

 私が言うと、彼はぽかんとしつつもテレビを消して急いで弁当をリュックに詰めた。私も自分の分を手に持ち2階に上がる。そして案内するのだ。

「さ、ピクニック始めよう!」

「すごーい!ピクニックキャンプだ!!!」

 ポップアップテントにレジャーシートを敷き、ベランダの前に準備しておいたのだ。良かった。どうやら喜んでくれているようだ。彼はテントの中のテーブルにいそいそとお弁当を出し始めた。

「あっ!!しまった」

 何かを忘れたらしくあわてて1階へ駆け下りていった。いったいどうしたのだろう。私もお弁当を出しながら、ベランダから見える春の雨を見ていた。こんな風に雨でも楽しめるのだから、きっとピクニックはどこでもいつでもできるんだ。

「ママ!これがないとピクニックにならないよ」

 そう言って、息子は私の分のそれを差し出した。それは私と息子が好きな紙パックジュースの「piknik」であった。そういえば彼がスーパーで一番にかごに入れたものだった。

「ママはカフェ・オ・レね。僕はフルーツ・オ・レ」

 新発売のメロン・オ・レにしようか迷ったけど、俺はやっぱりこれなんだよなー。急に格好付けていたずらに言うものだから思わず笑ってしまった。

「じゃあ、今度外でピクニックするときにはメロン・オ・レにしよう。そのときはママもパパも同じものを飲もうかな」

「いいよ!一緒に飲もう」

 そう言って二人で乾杯をした。

 雨はいつの間にかシトシトではなくザーザー降りになっている。ピクニックができなかったと言うよりも濡れずに帰れて良かったと言うべきかもしれない。

「雨でもピクニックってできるんだね」

 卵焼きを口にほおばりながら彼は言う。

 晴れた空の下でお弁当を食べたいと言っていたのに、もうこんな風に考え方や見方を変えることが出来るようになったのだと知る。

 もう、小学生になるのか。

 いつまで、私とピクニックに行ってくれるのだろうか。そう思うとやっぱり今日の雨は悔しいけれど中止にしないで家ピクニックを開催して良かったなと思う。これでもきっと彼の中のピクニックの思い出は1つ増えてくれるはずだ。そしてやっぱり。

「ああ、フルーツ・オ・レはおいしいな!ピクニックはやっぱりこれだね」

 「piknik」を飲む度に今日のこの日をちょっとでも思い出してくれるといい。

 雨が上がり、空は少しずつ晴れてきた。ベランダの窓を開けると春の風がテントを揺らす。

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【今日の記念日】

3月29日 Piknikの日

日本を代表する飲料ブランドの「Piknik(ピクニック)」を発売する森永乳業株式会社が制定。「Piknik」は紙容器に入った乳製品で、ストロベリー、フルーツ、ヨーグルトテイスト、カフェ・オ・レ、コーヒーなどの製品があり、その味の美味しさと常温で賞味期限が90日という保存性の良さが人気。日付は29日を「Piknik」の語尾のニックと読む語呂合わせから。親しみやすい飲み物なので毎月の29日を記念日とした。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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