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豆太よ、しょんべんに行けなくてもいい、やさしさは強さだから|『モチモチの木』を読んで

優しさのバトンは受け継がれる

 「モチモチの木」は読んだことはありますか?おじいさんと子供の顔の表紙が怖そうな印象を受けますが、実はとても優しい物語なんです。
このお話に出てくるモチモチの木というのは、「シモ月(11月)二十日のうしみつ にモチモチの木に ひがともる」と言われています。
なので、まさに今頃の秋から冬になる季節のお話。朝は寒くて布団から出るのも嫌になる季節です。 
 そんな「モチモチの木」のストーリーは覚えいている人も多いかもしれません。
 豆太は、夜中にひとりでおしっこにもいけないほどの弱虫。真夜中でもじさまが起きてくれて、おしっこに連れていってくれます。そんなある日大好きなじさまが腹痛をおこして苦しみ始めました……。その時、豆太は勇気を振り絞り山を下って走り出したのです。その途中で美しいモチモチの木を見たのでした。
 この絵本を私なりに一言で表現すると「優しさのバトンは受け継がれる」です。どういうことでしょうか?

「しょんべんか」じさまの子育ては愛情深い

 この物語は三つの優しさがあります。まず、じさまが圧倒的に優しい。豆太は5歳にもなってせっちんにも行けない。他の子供と比べて、できない事に親はすごく敏感です。私は発達障害の子育ての経験からこれはすごくわかります。しかし、じさまは「しょんべんか」といいながら夜中にも関わらず起きて一緒に便所に行ってくれるのです。この献身さがすばらしい。赤ちゃんが夜泣きした時にミルクをあげて寝かしつけるのって、すごく大変ですよね。そんな事をじさまは子どもが5歳になってもやっているんだから、その愛情はとても深いですよね。
 おねしょにかぎらず子供がなにかミスをしたら、経緯を聞く前にしかりつける大人がどれだけいることか。子供なんだから完璧はないのです。失敗したりミスをしても愛されていると感じることが、子供の心の発達に大きく役立つと思うのです。
 叩かれて育った子は、モデリング効果により人を叩くことが心理学でも証明されているそうです。しつけのためなら理不尽なことも許されると思っていると、負の連鎖が繰り返されるのです。だから、怒られて育った子は人の顔色を見るようになり、人を出し抜いたり、ズルをしようという発想になりがち。
 それよりも、しっかりとめんどうを見てもらった体験のある子供の方が心の芯が強くなります。そして人を頼れるようにもなるのです。

豆太に優しさが受け継がれた

 次に豆太の優しさです。豆太はじさまの愛情をたっぷりと受けて育っています。普段は泣き虫ですが、じさまがピンチになったら、夜だろうがはだしだろうが、外に飛び出してお医者様を呼びに行ける勇気がちゃんと育っていました。
 これは、普段から親が、なにやってんだおねしょなんかして!いい歳して!何歳になったと思ってるんだ!と怒っていたらこの勇気は出なかったはず。これは、親だけではない。学校の先生や塾の先生、子供のスポーツ団体の指導者も同じです。運動が苦手、勉強ができない、喋るのが苦手、みんなより遅い。そんな時にできない事を怒ってはいけません。子供にはいろんな子供がいるのです。苦手なことがあっても、必ず他の面では得意なことやできることがあるのです。一面的に見て、できないレッテルを貼ってもいい子供なんて誰一人いない。いじったり、軽い扱いを子供にしていいわけではないのです。できないことがあっても、しっかりと愛情をそそげば、どんな子供もそれを栄養に成長するのです。それが人間の強さになると私は思っています。
 私は不登校や、発達障害の子育ての経験で、子供の心に水を入れるという事を意識するようになりました。不登校の著書が何冊もある森田 直樹氏によると、子供の心が乾いた状態では子供は前に進めない。心に水を入れるように、その子のいいところを見て褒めることが大事だとおっしゃっています。
 じさまは、豆太をき虫で、おくびょうだと思いながらも、かわいがっています。これはまさに、心に水を入れるということなんですね。そして、じさまが豆太に優しさをそそいだからこそ、豆太をそのバトンを受け継いで勇気を持てるようになったのだと思います。

やさしさこそが金の発動機

 そして、最後に作者の優しさ。この本の発売されたのは1971年。まだまだ子育ては厳しくという時代でした。優しく子供を育てるというのは少数派だったと思います。親や保護者、教育者は厳しいもの。お父さんは怒ったらちゃぶ台返しをして子供たちをどなりつけるというのは、アニメ『巨人の星』や、ドラマ『寺内貫太郎一家』でよく描かれていました。私は1976年生まれですが、小学校でも中学校でも体罰は当たり前のように見られました。鍛えて強くする。大人になって社会に出たら理不尽なことばかりなのだから、子供のうちに厳しくしてそれに慣れさせておく。という考えだったのかもしれません。しかし、今考えるとおかしな事ですよね。
 そんな時代に、作者の斎藤隆介さんと滝平二郎さんは、優しさこそが人間の強さの源だというメッセージをもってこの絵本を完成させました。あの時代に、これは本当すばらしい事だと思います。当時の教育や子育てに対するアンチテーゼとして、それこそ勇気のある作品だったのかもしれない。あとがきでも斎藤さんは「滝平さんは~中略~人間のすばらしい行動の底には、やさしさこそが金の発動機(モーター)になっていることを、私と同じに信じて疑わぬ人なのだ」とおっしゃっています。まさに、この言葉は現代にも通じる子供達へのメッセージですね。
 豆太はお父さんを亡くしています。そしてお母さんの描写はない。だからこの過程は祖父子家庭です。でも二人には山でひたむきに暮らす芯の強さがあります。作者のお二人は、社会的に弱いとされている人が、けっして弱い存在ではないことも描いています。生きる強さ。それは人よりマウンティングすることだろうか。人より得をすることだろうか。そうではない、人と支え合う力や人を助ける力が生きる強さなのです。不登校、障害、家庭の環境、病気、みんなと違うことで、下に見られたり、逆に卑屈に感じたりすることもあるかもしれない。でもそれは弱さではない、生きる強さは別のところにあるとこの本は言っているのです。
 1971年はベトナム戦争の時代でした。作者の斎藤隆介さんはあとがきでは、巨大なアメリカと戦ったベトナム人に思いを寄せています。そのくらい、社会的に弱いとされている人達の心の中には、強さがあると信じているのです。やさしさをもって誠実に生きていくと、きっとモチモチの木にひが灯るように、希望が見えてくると教えてくれるのです。

 作者の優しさ、じさまの優しさ、豆太の優しさ、これらが受け継いだのが「モチモチの木」です。これが「優しさのバトンは受け継がれる」ということなのです。本当に強い人というのは、根底に優しさがあるものです。優しいからといってその人を軽く見たり、弱い立場と見てはいけない。じさまの「やさしささえあれば、やらなきゃいならねえことは、きっとやるもんだ」この一言につきると思います。このメッセージを今の子供たちにもぜひ受け取って欲しいと思います。

不思議なご縁で、この絵本を編集した池田さんと長くお付き合いをさせていただいています。当時の斎藤さんや滝平さんの思いがどういうものだったのか、いつか改めて聞いてみたいと思いました。そして、いつまでも読み継がれるすばらしい絵本を作ってくれたことに感謝したいです。

 霜月(11月)は、どんんどん寒くなり布団から出るのがつらくなります。ついつい二度寝して、寝坊しそうになり子供たちを起こすのが遅くなり、遅刻しそうになるという、負のバトンパスをついついこの時期はやってしまうのです。


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