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特許による先行者優位はあるのか?-バーニーの『新版・企業戦略論』より-

「知財情報を組織の力に®」をモットーに活動している知財情報コンサルタントの野崎です。

ジェイ・バーニーの名著『企業戦略論』の新版が出版されたので、早速購入しました。

ジェイ・バーニーはリソースベース・ビュー(RBV : Resource Based View)の著名な経営学者ですが、この『企業戦略論』ではマイケル・ポーターのポジショニング論も踏まえつつ、戦略の基本(上巻)、事業戦略(中巻)、そして全社戦略(下巻)が解説されており、とても好きな戦略論のテキストです。

マイケル・ポーターの『競争の戦略』や『競争優位の戦略』も良いのですが、ポジショニング論の方に偏っているので。。。(あと本が分厚いので読むのにちょっと不便)

企業経営にとって特許を始めとする知的財産、より広義に言えば無形資産の重要性が高まっているとはいえ、こういう経営戦略の本に特許や知的財産のことが書いてあることは稀。

旧版にも第5章「企業の強み・弱み」で特許への言及があったのですが、今回の新版では改訂された内容が盛り込まれて別の記載になっていたので、抜粋して紹介したいと思います。

該当箇所はp96の第2章「外部環境の分析」と、p139-144の第3章「内部環境の分析」です(他にも特許について言及されているところはありますが、主だった箇所ということでこの2か所を取り上げました)。

第2章「外部環境の分析」では、新興業界における機会としての先行者優位として

1.技術リーダーシップ
2.戦略的に価値のある経営資源の先約確保
3.顧客のスイッチング・コストの創出

の3つを挙げており、特許は「1.技術リーダーシップ」で取り上げられています。

いくつかの例外(製薬業界や特殊な化学品など)を除き、ほとんどの新興業界においては、先行企業が特許それ自体によって得る利益機会は小さい。ある研究グループは、特許を基にした先行者優位は、先行者が費やしたコストの平均65%で模倣可能という事実を発見した。この研究グループは、すべての特許の60%は、その公開から約4年で、先行者が取得した特許権が侵害されることなく模倣されることも明らかにした。第3章で詳しく議論するが、それがたとえ新興業界だっても、特許の保有が持続可能な競争優位の源泉になることは稀である。

”特許の保有が持続可能な競争優位の源泉になることは稀”というのはちょっとショックでした。。。

ここで言及のある”研究グループ”というのはEdwin Mansfield氏、Mark Schwartz氏、Samuel Wagner氏で、論文のタイトルは「Imitation Costs and Patents: An Empirical Study」です。

1981年の古い研究であるため、現在の経営・テクノロジー環境とは異なるので、同じことが現在にも通じるか分からないと思いますし、(論文を読んでいないので詳細は分かりませんが)特定の業界・業種または製品・サービスのみを取り上げて分析されているのではないかと思うので、一般化して良いものかという疑問はあります。

ただ、経営学者の論文で”特許の保有が持続可能な競争優位の源泉になることは稀”というような言及されていたのを明確に把握していなかったので、今後はもう少し先行研究を調べてみようと考えなおした次第です。

もう1か所、特許について言及があるのがp139-144の第3章「内部環境の分析」です。

ここでは内部環境の分析ということで、バーニー教授が提唱されたVRIO(V:経済的価値、R:希少性、I:模倣困難性、O:組織)のI:模倣困難性で特許が取り上げられています。

(他社にとっての)模倣困難性を高める、模倣コストが高くなる要因として、

・独自の歴史的条件
・因果関係不明性
・社会的複雑性
・特許

の4つを挙げています。特許については以下のように言及しています。

一見すると、企業の特許は他社がその製品を模倣するコストをかなり高めるように思える。実際、特許がこのように作用する業界もある。たとえば、製薬業界や特殊化学品業界における特許は、少なくとも期限が切れるまでは他社による動揺性品の商品化を事実上阻止する。(中略)
しかし別の観点から見れば、特許は模倣コストを増大させるどころか、減少させる可能性もある。企業は特許を申請する際、自社の製品について多くの情報を公開しなければならない。政府は、その情報を用いて製品が特許要件を満たしているかどうかを審査する。したがって、企業は特許を取得すると、製品の模倣方法に関する重要な情報を競合に手渡してしまう可能性がある。
さらに業界内での技術の進歩は、それが特許を取得していても比較的短期間で業界全体に拡散する傾向にある。特許を取得した技術であっても低コストでの模倣は免れないからだ。したがって特許は、直接的複製を一定期間抑制するかもしれないが、機能的に同等な技術による代替の可能性をかえって高める可能性がある。

”企業は特許を申請する際、自社の製品について多くの情報を公開しなければならない”など一部記載(翻訳?)に疑問が残るところはありますが、なんでもかんでも特許出願してしまうことによる、積極的な技術流出のリスクを主張しています。

裏返せばオープン領域・クローズ領域をしっかり意識した特許出願および知財戦略が重要であると言えると思います。

特許を始めとした知的財産が競争優位性構築に全く寄与していないとも思わないですし、かといって特許や知的財産の寄与率が100%近いとも思いません。特許や知的財産というのは企業が競争環境において、対競合優位を確保するための1つの手段であって、対競合優位を確保する手段は他にも様々あります。

上記では特許が効く業界・業種として製薬業界や特殊化学品に言及していましたが、これ以外にも特許が効く業界というのはあると思います(ただし、それが1~数件の特許で効いているのか、それとも数百~数千件のポートフォリオとして効いているのかの違いもあります)。

あともう1点、感じたのはキョウソウといっても、最近は競争から共創(オープンイノベーション)が重要になってきているので、共創するための特許・知的財産という観点も含めて考えなければいけないと思いました。

「知財情報を組織の力に®」をモットーに掲げて各種分析・コンサルティングサービスを提供している身としては、もう少しこのあたりのアカデミックな研究についてもサーベイしておく必要があると感じた次第です。

アカデミアにおける経営戦略・事業戦略における特許や知的財産の貢献度合いに関する研究論文等の内容についてはおいおい本noteでも共有していきます。

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