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大切な気持ちに気付かせてくれた患者さんの話。

看護学校卒業後、新卒として入職した1年目の話です。

都内の大学病院に入職し、手術室への配属が決まってからの私は手術器具や術式、解剖、疾患、麻酔、手術室に入室してから退室までの流れなどを覚えながら、ひたすら各科の手術をこなし、器械出しをするのに必死な毎日を送っていました。


一通りの術式の器械出しをマスターした頃、師長から
「器械出しも一通りやったし、そろそろ外回りも始めていこうか!」と言われました。

スムーズに器械出しが出来るようになり、先生に言われる前に器械を出せていることにやりがいを感じていたので、
「まだ器械出しに集中したいのになぁ」と正直思っていたのですが…
師長からの話もあり、先輩の指導の元、外回りにもつくようにもなりました。

日々の件数も一人辺り手術につく件数も多く、器械出しをして、次の手術の準備をして、外回りをして、翌日の準備をして・・・。

そんな毎日を送っていたので、病室に行って、
手術を受ける患者さんに術前訪問をするのが億劫で、「明日の器械の準備したいんだけどなぁ」、「入院する前に外来で済ませてほしいな」とも当時は正直思っていました。


そんなある時、子宮体癌で手術を受けることになっていた、当時私と同じくらいの年齢の患者さんを外回りとして受け持つことになりました。

術前訪問に行き、手術の流れを説明し終えると、「もう赤ちゃん産めなくなっちゃうんだなぁ」と患者さんが言いながら、涙を流し始めました

今まで訪問してきた中で不安な様子を目の前にしたことはあったものの、このような様子は初めてでした。
私はなんて声を掛けたらいいのか分からず、「それでも何とか生きてほしい」という思いから、ただ背中をさすり、ベッドに腰をかけている患者さんの横に座り、そっと寄り添うことしか出来ませんでした。


手術当日、その患者さんが入室し私が挨拶をすると、「昨日はありがとうございました。気持ちが少し楽になりました」と言ってくださいました。

麻酔導入後、手術が始まりました。

しかし、開腹してすぐ、先生の手が止まりました。
「播種だ・・・もうこれ以上手術はできないなぁ。洗浄して閉腹しよう。家族を呼んで!」と言い始めたのです。

私は突然のことで動きが止まってしまい、ふと前日の患者さんが言ったことを思い出しました。
子宮体癌ということで、全ての女性生殖器を摘出し、赤ちゃんを産むことが出来なくなってしまうことを悲しんでいた患者さんが、赤ちゃんを産むことが出来なくなるどころか、あとどれくらい生きられるかどうかという現実を目の前にしたら、この患者さんは一体どうなってしまうのか。

今までただ手術件数をこなしてきた一件一件の中には、同じ疾患、同じ術式であっても、それぞれが一人一人違った個性を持った患者さんたちであり、きっとそれぞれに様々な思いがあったのだと、その時初めて考えさせられました。

私はその様々な思いに寄り添ってこれていないことに気付かされました。

手術室看護師を志したのは、器械出しをしている姿が単にかっこよく映っただけではありません。
当時指導にあたってくださった手術室の看護師に言われた言葉に魅力を感じたからです。

「手術室のイメージって単に器械を先生に渡したり、患者さんは入室したらすぐ眠ってもらうことの方が多いし、そんな場所に看護ってあるの?って思わない?でも、そこが手術室看護師の面白いところで、他の病棟や外来では感じることのできない、ここにしかない看護があるんだよ!もし手術室に興味を持ったら是非探してもらいたいな」

そう言われた時、何とも言えないかっこよさを感じたからです。


私は日々の業務に追われ、看護師としても、手術室看護師としても、目の前にいる患者さんを看護するという基本的なとても大切なことを忘れていました。

その後、ご家族に説明があり、手術は閉腹に向かっていました。
患者さんが麻酔から覚め退室する時、説明を受け泣き崩れているご家族を目の前にし、涙がこみ上げてきました。

患者さんにも先生からの説明があり、化学療法が始まりましたが、その半年後息を引き取りました。
カルテでその患者さんの状況を毎日追っていた私は亡くなったことを知り、「どんなに忙しくたって、患者さんが教えてくれたこの気持ちを忘れちゃいけない」そう思いました。

それからの私は、自分が担当する患者さんへの術前訪問を積極的に行い、その際どんな所が一番不安か、心配なことは何かを聞き、患者さん一人一人のその気持ちに触れるよう心がけています。
ほんのわずかでも安心して手術を受け、退院していただけるように日々取り組んでいます。

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