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シリーズ「ヤル気を伸ばす」(その4):「強制」か「自律性支援」か

「動機づけ」とは何でしょう?
簡単に言うと「人があえてやりたがらないことをやるよう仕向ける」ことです。
つまり、人から自発的な意欲をいかに引き出すか、ということです。これは、そう簡単なことではありません。
親や教師は、子どもからいかに学習意欲を引き出すか、日夜奮闘しているでしょう。
会社でも、社員からいかに労働意欲を引き出すかが大問題であるわけです。
本人から自発的な意欲を引き出すことも難しいし、外側から目標を押しつけることも簡単にはいきません。人は、子どもであれ大人であれ、強制には抵抗を示します。強制に素直に従いすぎることにも問題があります。
こうした「動機づけ」の中でももっとも難しいものとして、長年の間に習慣化してしまっている行動パターンを修正する、というテーマがあります。これは、「やってほしくないことを止めるよう仕向ける」というマイナス方向の動機づけと捉えることもできます。
たとえば、ヘビースモーカーに禁煙させる、とか、肥満傾向にある人にダイエットの習慣をつけさせる、とか、あるいは逆に拒食症の人にしっかり栄養を摂るよう仕向けるとか・・・これは生死にかかわる問題でもあります。

心理学の歴史を振り返るなら、こうした行動への動機づけに関し、大まかに言って二つの対処法に分かれるようです。
臨床例を見てみましょう。
患者はS子さん(二十歳)。彼女が11歳のときに母親が恋人を作って家出。以来父親と二人だけの生活を強いられますが、学校では頑張ってよい成績を上げ、トップクラスの大学の看護学科に入学します。そこから食べ物に対して奇妙な行動をとるようになります。彼女はすでに痩せ細っていたにもかかわらず、たとえば、ピザからチーズだけこそげ落として食べたり、ドレッシングなしでサラダを食べたりなど・・・友人に勧められ、摂食障害の専門クリニックへ。
そこで、「神経性食不振症」と診断されます。
このクリニックでは、「行動変容法」を用いて、S子さんの食習慣を変化させる治療プログラムがスタートします。
食事の目標量を決め、食べたものをすべて記録させ、一定カロリーの摂取を義務づけ、進行表を用いて体重増加をモニターする、というプログラムです。
S子さんは、この治療計画への同意を示す契約書に署名させられ、生活の改善がみられない場合は、さらに厳しいプログラムが用意されると言い渡されました。
ところが、S子さんは、治療中、目標体重に届いたことがただの一度もありませんでした。クリニックでの検査の日、彼女は体重を重く見せかけるため、大量の水を飲んでいたことが後に判明したのです。

ここで治療者が交代し、まったく違うアプローチが用いられました。
新しい治療者は、S子さんが示す特定の不適応行動にはあまり重きをおかず、彼女の話に注意深く耳を傾け、彼女の視点から世界を見ようとし、彼女の内面で何が起こっているのかに集中しました。たとえば、彼女がピザからチーズを取り除いたとき、何を考え、どう感じていたのか、といったことです。
すると、S子さんの方から次のような話が持ち出されました。
○彼女はすでにガリガリに痩せていたにもかかわらず、まだ自分は醜く太っていると思い込んでいる。
○こうした異様な自己認識は、彼女が無能だとか、批判されているとか、審査されていると感じるときにだけ現れる。

やがて彼女は、自分の傷つきやすさを、母親に捨てられ、父親から必要以上に統制されてきたという出来事と結びつけて考えられるようになり、もうそれほど厳しく自分の身体を統制する必要はないと思うようになりました。

簡単に言うと、前者の治療プログラムは、「行動主義」「経験主義」などと呼ばれる心理学理論に基づいています。人の行動を引き起こすのは、その人が受け取った「強化」であり、したがって、特定の行動に向けて人を適切に強化すれば、人は期待される行動をとる、という考えです。つまり人間の意思決定はあくまで受動的メカニズムであり、刺激、強要、扇動、指示などの外的働きかけによって支配されている、というわけです。
後者の治療法は、「人間性心理学」(マズロー)、「クライアント中心療法」(ロジャース)、「ゲシュタルト療法」(パールズ)などと呼ばれるもので、人の行動は、個人の内的な動機や感情の力動過程によって引き起こされる、という考えです。したがって、内的な(しばしば無意識の)力動過程を意識の上に引き上げること(無意識の意識化)によってのみ、人を行動へと促すことができる、としています。つまり、人は誰しも本来「自律的に振る舞って成長したい」という「自己実現欲求」をもっており、それによって、より大きな内的調和や統一性の方向へ向かうものである、という考えです。

さて、世はリモートワーク時代です。個人が組織に所属しながら、自宅で仕事をするわけです。その人が仕事に強く動機づけられているかが、生産性に直結します。そこで、仕事のマネジメントとして、「統制」「強制」という方法を用いるか、それとも、人間が誰しも本来的に持っている「自己実現欲求」を引き出す方法(いわば「自律性支援」)を用いるか、という問題です。
「仕事のマネジメントとは、監督・監視・強制にほかならない」と思い込んでいる人にとっては、「相手の自律性を支援してしまったら、仕事なんかするわけがない」となるのでしょう。では、そう考える当の本人は、何に動機づけされて仕事をしているのでしょうか?
「強制か、それとも自律性支援か」という問題はもちろん、子どもの教育方針にもかかわる問題です。

※参考:エドワード・L. デシ/リチャード・フラスト著「人を伸ばす力」新曜社

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