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もっとも哲学的な曲「WISDOM」

「助川久美子というアーティストの代表作は?」と問われたら、私はまず「薔薇の刺青」を挙げるだろう。
「パフォーマーとしての助川久美子を知りたい」という人には、「風の人」のあの幻のライブ録音を薦めるだろう。
「薔薇の刺青」は、歌うというより「語り」に徹して、ドラマ性を極限まで追求している。一方「風の人」は、孤独な魂の心象風景を、必要最低限の音楽的要素で情感豊かに歌い上げている。
いわばこの二つの作品は、地球の北極と南極の関係のようなものかもしれない。一言で言うなら、「薔薇の刺青」は女性性の曲で、「風の人」は男性性の曲である。現に、彼女の熱狂的なファンは、概ね「風の人」派と「薔薇の刺青」派に分かれるようだ。

この二曲と同じように、いわば「対」の関係性にあるのが「グレートマザーズ・ソング」と、今回ご紹介する「WISDOM」(叡智)という曲だろう。後日ご紹介予定の「グレートマザーズ・ソング」が「母性」なら、「WISDOM」は「父性」を象徴する。しかし、どちらも人類の叡智に属する。同じ叡智への異なるアプローチと言ってもいいかもしれない。「グレートマザーズ・ソング」は人間の営みのすべてを肯定し、限りない優しさで包み込むのに対し、「WISDOM」はやや距離を置いて、人間の営みを怜悧に見詰めてみせる。
この二曲の違いが象徴的なのは、「グレートマザーズ・ソング」が「~なさい」から始まるのに対し、「WISDOM」は「~するなかれ」から始まる、という点だろう。

私にとって作詞とは、自己の哲学・思想を語るひとつの手段であるとも言える。その意味合いを最も前面に押し出したのが、この「WISDOM」という作品だ。だから、この曲を聴いて「理屈っぽい」とか「説教くさい」という感想が出たら、成功だと思っている。
若い人にとっては「説教くさいのは御免だ」となるかもしれない。しかし、年を経るごとに、この詞の内容は胸に沁みてくるはずである。
この曲を聴いて、「この詞の内容は、本一冊分に匹敵する」と言った人がいる。その人ももちろんかなりの熟年者だ。

助川がこの曲を歌うとき、私は「神が人間を叱りつけるように」と助言している。それでも彼女の歌声は、大いなる母親が優しく子どもを諭すように響く。それで、「父性」にも「母性」にも偏ることなく、いわば「全人格的表現」になり、ちょうどいいのだろう。

この曲も、メロディがまずあった。助川久美子の弾き語るスキャットを聴いている側から、いきなり私に言葉が訪れた。
「その花を摘むなかれ・・・」
私には確かにそう聞こえたのだ。その瞬間、自分の中から何が引き出されようとしているのか、私は即座に理解した。人類を至高の地点へと導く大いなる「智慧」・・・。

助川の作曲法が、半ばチャネリングのようにして「アカシック・レコード」から音をダウンロードしてくるのだとしたら、私の作詞法は、彼女の取り出した音を、なるべく正確に日本語の言葉に翻訳することかもしれない。いわば、音から言葉への自動翻訳装置に徹すること・・・。

最初のフレーズが言葉に置き換わった次の瞬間には、1番の歌詞が出来上がっていた。あとは無制限「接続」状態で、4番の歌詞まで引き出すのに2時間も要しなかった。

「Wisdom」

その花を 摘むなかれ
ただ 野に あるがまま
そが胸に 抱くもよし
地に落ちて 果てるまで
加えるべき ものはなし
ただ かけがえなきを知れ

その水を 汲むなかれ
ただ 川に あるがまま
渇きに 浸るもよし
疲れ果て 眠るまで
歩み止める ものはなし
ただ 心の声を聞け

その夢を 忌むなかれ
ただ 闇に あるがまま
恐れに もがくもよし
その時が 満ちるまで
光あてる 故はなし
ただ 道示す友と成せ

その影を 踏むなかれ
ただ 背に あるがまま
振り向きて 見るもよし
翼持ち 飛ぶまで
分け隔てる すべはなし
ただ かりそめの空蝉(うつせみ)たれ

その花を 摘むなかれ
ただ 野に あるがまま

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