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ハイエナの糞に型取られた人類最古の毛髪の証拠

過去の人類の容姿を復元するには、化石の形態を調べるのがもっとも手っ取り早い方法です。硬組織である骨や歯は遺跡から出土しやすく、身長、体格、運動様式など、容姿についてさまざまな情報をもたらします。

しかし、もっと柔らかい組織についてはどうでしょうか?皮膚、筋肉、臓器などは、埋没中に分解されつくしてしまうため、遺跡からは非常に稀にしか出土しません。最近では、古代DNAの研究によって、目の色や髪質などは推定できるようになりました。しかし、ほかの多くの容姿の特徴や、良好な古代DNAの残存していない古い時代の人類については、柔らかい組織のことまで含めてその容姿がどうであったかを復元するのはとても難しいのが現状です。

人類の毛髪も、そうした復元が困難な特徴のひとつです。これまでのところみつかっている最古の人類の毛髪の例は、9千年前のチリ北部でみつかった世界でも最古のミイラに付随したものであると言われています*1。それ以前の人類の毛髪がどのような形状や構造をしていたか、確かめるすべはなかなかありませんでした。


ハイエナの糞溜まりからみつかった「毛髪」

そのようなところ、2009年に、人類のものと推定される最古の「毛髪」が、南アフリカの約20万年前の遺跡からみつかったという報告がなされました*2。今回の記事ではこの研究*2の内容を紹介します。

南アフリカのグラディスベール洞窟は、アウストラロピテクスの化石が出土したことでも知られる遺跡です。この遺跡の発掘において、動物の糞が堆積してそのまま化石になった糞溜まりの層が出土しました*2。糞の形態的な特徴と、当時の動物相、そして現生種の行動上の習性から、この糞はカッショクハイエナが洞窟のなかの決まった場所に何度も糞を残すこと (溜め糞) で遺跡に堆積し埋没したと推定されました。この層の上下に位置した流華石や石筍の年代から、糞溜まりの年代は19.5万年から25.7万年前のあいだにあると推定されました*3。

一部の糞の中には、線状の細かい組織が認められました*2。これらが電子顕微鏡によって観察されたところ、毛髪に存在するキューティクル構造がみつかりました。キューティクルの形態は動物の種ごとに異なり、毛髪の判別は犯罪捜査でも行なわれます。この地域に暮らすさまざまな動物の毛髪と比較されたところ、糞のなかにあった毛髪は霊長類のものであり、なかでもヒトともっとも形態が似ていることが明らかになりました。

この線状の組織に対してアミノ酸の分析も実施されましたが、残存するアミノ酸は一切検出されず、毛髪を構成するケラチンはすべてミネラル成分に置き換わっていることが示唆されました*2。恐竜の羽毛が型取りされて化石になるように、この毛髪は、柔らかい糞に型取りされて形が残ったようです。


人類最古の毛髪

形態的な分析の結果が正しければ、今回発見された「毛髪」は、現在みつかっているなかでは最古となる、形態の観察できる人類の毛髪の化石であることになります。また、この研究の結果は、当時の人類が、なんらかの形でハイエナに捕食されていたことも示しています。研究者たちは、ハイエナが積極的に人類を狩っていたというよりは、死肉あさりなどによって人類の毛髪を口に入れていたと推測しています*2。

最後に、この「毛髪」の主の人類は誰だったのでしょうか? 年代的には、最初期のホモ・サピエンスが東アフリカに現れるすこし前くらいの時期です。しかし一方で、この洞窟は、ホモ・ナレディの人骨が豊富にみつかるライジングスター洞窟と同じ地域にあり、ホモ・ナレディの年代はこの糞溜まり層の年代と重複しています。新たな発掘成果や分析結果が得られれば、この「毛髪」の主が誰だったのかもわかってくることでしょう。

(執筆者: ぬかづき)

*1 Aufderheide AC, Muñoz I, Arriaza B. 1993. Seven Chinchorro mummies and the prehistory of northern Chile. Am J Phys Anthropol 91:189–201.
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砂漠のミイラ文化、チンチョーロ|ナショナル・ジオグラフィック

*2 Backwell L, Pickering R, Brothwell D, Berger L, Witcomb M, Martill D, Penkman K, Wilson A. 2009. Probable human hair found in a fossil hyaena coprolite from Gladysvale cave, South Africa. J Archaeol Sci 36:1269–1276.

*3 Berger LR, Pickering R, Kuhn B, Backwell L, Hancox PJ, Kramers JD, Boshoff P. 2009. A Mid-Pleistocene in situ fossil brown hyaena (Parahyaena brunnea) latrine from Gladysvale Cave, South Africa. Palaeogeogr Palaeoclimatol Palaeoecol 279:131–136.


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