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糞便が示すアメリカ先住民の盛衰

日本では、2020年10月20日までの回答期間で国勢調査が実施されています。人口や世帯の状況を把握するとても重要な調査です。現代でこそ、こうした大規模な調査によって、ある地域に暮らす人びとの数がわかったりしますが、過去の場合はどうでしょうか? 文字も残っていないずっと昔に暮らした人びとの人口の増減を調べるにはどうすれば良いでしょう?

以前このブログでも取り上げたように、過去の人口を推定する古人口学という研究分野があります (参考: モカシン靴の古人口学)。遺跡の数、古人骨の死亡年齢構成、離乳年齢などさまざまな指標から、過去に暮らした人びとの人口やその動態を推定できます。

今回紹介する研究では、なんと糞便に着目して、過去の人口動態が復元されています。いったいどういうことなのでしょうか?


カホキア遺跡の盛衰

White博士たちの研究グループは、米国イリノイ州にある約1000年前の巨大なカホキア遺跡に着目して、人口動態を復元しました*1。カホキア遺跡はアメリカ先住民の築いた大規模な墳丘群で、その規模は米国の先史時代のなかでも最大と言われており、世界遺産に指定されています。

ヒトを始めとする動物の糞便には、コレステロールが腸内細菌に分解されて生じるコプロスタノールという物質が含まれています。カホキア遺跡から流れ出した生活汚水は近隣のホースシュー湖に流れ込んでおり、この湖の底に長い時間かかって堆積した土壌に含まれるコプロスタノールの量を時系列に沿って調べることで、カホキア遺跡に暮らした人びとの人口規模が推定できるのです。

糞便に由来するコプロスタノールから人口動態を復元したところ、カホキア遺跡の人口は西暦850年くらいから増え始め、1050–1100年頃にピークに達した後、1500年くらいまで低下しつづけるという結果が得られました。これは、従来の古人口学の手法で得られた先行研究の知見とも一致していました。


洪水と干ばつ

White博士たちはさらに、湖の堆積物から、当時の環境も復元しました*2。その結果、遺跡の近くを流れるミシシッピ川の大規模な氾濫と、暖かい季節におこった干ばつが、人口減少の原因であるらしいということがわかりました。このような災害や気候変動が同時に起こることで、カホキア遺跡の人びとが人口を維持できないくらいの被害が継続してしまったものと考えられます。


終わりに

人間が生きて活動していれば、環境にはさまざまな記録が残ります。糞便もそうした記録のひとつです。糞便はふだんは垂れ流すだけの汚いものと捉えられがちですが、研究対象として見ると、とても多くの可能性を秘めているのです。

(執筆者: ぬかづき)


*1 White AJ, Stevens LR, Lorenzi V, Munoz SE, Lipo CP, Schroeder S. 2018. An evaluation of fecal stanols as indicators of population change at Cahokia, Illinois. J Archaeol Sci 93:129–134.
*2 White AJ, Stevens LR, Lorenzi V, Munoz SE, Schroeder S, Cao A, Bogdanovich T. 2019. Fecal stanols show simultaneous flooding and seasonal precipitation change correlate with Cahokia’s population decline. Proc Natl Acad Sci 116:5461–5466.


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