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結婚はつらいよ

「若手研究者」と呼ばれるくらいの年代にいる私のまわりでは、数年前から結婚ラッシュが続いています。かくいう私も、結婚というワードが気になって、ついつい、いくつかウェブ記事をたどり、結婚とはなんぞや……と考えながら、インターネットの海を漂っていたりするのでした。

さてそんな先日、「狩猟採集で暮らしている人々は、子を産み育てるという目的に応じて約4年ごとにパートナー(結婚相手)が変わる制度をとっていた」という言説を目にしました。……おや?? ころころ相手を変えたりせず、一夫一妻か一夫多妻のシステムで、長期間にわたって配偶関係を継続するのが、狩猟採集で暮らしていた時代から続くヒトの典型的な特徴である、というのが、人類学での定説になっていたはずなのですが。

気になって調べていたら、おもしろい研究*1をみつけたので、今回はその紹介です。


ヒトの結婚の形態

そもそもヒトは、夫婦という配偶関係を作り、これを長期にわたって持続させるという、どの集団にもわりと共通した特徴をもっています。この配偶関係が、現代では「結婚」という制度のもとに営まれているわけです。

そして、190の狩猟採集民社会を調べた研究*2では、以下のようなことがわかっていました。
●85%の社会で、親や親しい血縁者が、子供の結婚相手を強要する習慣がある。
●80%の社会で、結婚の際に、婚資(花嫁を受け取る代わりに花婿が支払う貢ぎもの)の交換などが見られる。
自由で平等な暮らしをしているというイメージで語られる狩猟採集民も、結婚の際には、意外にも、こうした複雑な習慣に縛られていたのかもしれない、ということをこの研究結果は示唆しています。


遺伝的な近縁関係を考慮する

今回紹介する研究*1では、新たに狩猟採集民同士の遺伝的な近縁関係が考慮され、結婚に関する習慣がどのくらい昔までさかのぼる進化的起源をもつのかが調べられました。遺伝的な情報と結婚に関する習慣の情報が存在する15の狩猟採集民について分析が行われた結果、以下のことがわかりました。

●進化の初期段階にある、狩猟採集で暮らしていたヒトが、ころころ配偶相手を変える乱婚制をとっていた可能性は低い。*3
●婚資の交換などは、ヒトの進化の初期の段階から生じていた。
●少なくとも5万年前くらい前の、アフリカを出た集団では、子供の結婚相手は親や親族が強要する形態が優勢だった。

ヒトの性選択には、配偶して子孫を残す当人たちだけでなく、その親や親族たちも影響を及ぼしていたということが、この研究結果から示唆されます。現代の工業化した社会では、結婚相手は当人が選ぶという価値観が優勢ですが、政略結婚などに代表されるような、当人の意思にかからず親や親族から強要される結婚というものもいまだに存在しており、子供と親のあいだに意図の食い違いが生じることがあります。この食い違いは、実は人類進化に深い根をもつものなのかもしれません。


おわりに

狩猟採集で暮らしていた時代から、配偶関係を長く持続し、親や親族の介入が大きい結婚を営んでいたという性質が、ヒトにはあったことがわかりました。また、最初の問題提起に戻ると、狩猟採集の時代であっても、典型的なヒト集団は、4年ごとにパートナーが変わる乱婚性を取っていたわけではなく、長期にわたって配偶関係を維持する一夫一妻 (または多妻) 制を取ることが多かったようです (もちろん例外もありますが)。しかし、過去には高頻度で見られた「ヒト本来の」性質がそうであるからといって、現代人もそうした習慣にしたがうべし、ということにはならない点には注意が必要です。離婚も、当人の意思による結婚も、現代社会では尊重されるべき行動です。

「ヒト本来の」性質をきちんと理解しつつ、そのうえで、いかにして多様な多くの人たちが暮らしやすい制度や価値観を構築していくか、ということが重要です。その点で、もしかしたら、狩猟採集民などに見られる行動や習慣を過度に美化したり、「ヒト本来の」性質の都合の良いところだけをとりあげて、自説の科学的な権威づけに流用したりするのは、ちょっと危険なことなのかもしれませんね。自戒を込めつつ、いろいろ考えてしまうのでした……
(執筆者: ぬかづき)


*1 Walker RS, Hill KR, Flinn MV, Ellsworth RM. 2011. Evolutionary history of hunter-gatherer marriage practices. PLoS ONE 6: e19066.
*2 Apostolou M. 2007. Sexual selection under parental choice: the role of parents in the evolution of human mating. Evol Hum Behav 28: 403–409.
*3 実際、この結果は、精子の数が比較的少ない、精巣が比較的小さい、親が子供に大きな投資(食物の提供や健康・生存上のケア)をする、性的二型が小さい、といったヒトの身体や行動に見られる進化的な特徴と整合的です。乱婚制だと、配偶をめぐるオス同士の競合により、オスの精巣は大きくなり精子の数が多くなったりしますし、オスは自分のコドモが誰だかわからなくなるので、子供にあまり投資をしなくなります。


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