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知らないことが罪だというなら、知っていることは罰なのか。

「知らないことは罪である」

 最近、過酷な環境を生き抜いた若者から聞いた言葉だ。この言葉を生の人間から聞いたのは初めてかもしれない。グサリ。胸と頭にきた。
 私は、様々なヒト、コト、モノに関心を持ち、調べたり聞いたり読んだり、知ろうと努めている…程度の自覚があったためだろう。「お前の努力は足りていない」と言われた気分でもあり、同時に、「いや、違うんだ、その言の刃の切っ先は」という違和感も浮き彫りになってきた―――

知るということ

 私たちは普段、様々な情報、知識をもとに思考し、判断し、生活している。さて、知識を得るとは、知るとは、どういう営みだろうか。
 哲学史上ではさまざまな議論が連綿と続いている。形而上学、経験論、認識論、知識論、言語哲学、論理哲学…。それぞれに触れるのはやめておこう。
 ところで、「知る」には「智る」「識る」以外にも「領る」「治る」と書くこともある。すなわち、「知る」ことは何がしかを「所有」することでもあるのだ。もっと日常に引き寄せて「読む」という営みに限定しよう。
  私を始め、多くの人は「読む」ことによって知識を得ている。Web記事、Googleの検索結果、Twitter、LINE、漫画、本etc…日々たくさんの文字を読んで莫大な知識を獲得している。
  私はbibliophilia(本の愛好家)を自称しているのだけれども、なぜ「読む」のかと問われると、即応する答えは出てこない。物理的な所有は有限だからそのオルタナティブとして?体型も相俟って虎痴だと思われるのが怖いから?誰かの何かの役に立ちたいから?この辺りだろうか。
  そんなこんなで私の周りには、同志と呼ぶべきテキストと格闘する友人が多くいる。私はひどく遅読家で飽き性なので読書量ではあまりにも月とスッポンポンなのだが、そんな我々に魔弾とも言うべきツイートを目にした。

  ふむ。確かに読書による(道徳的な)人格形成、学習能力の向上、知識量が増えることによる社会への理解促進…。それらを綜合すれば読書の目的は「良き市民になること」「シティズンシップ醸成」にあるのかもしれない。#ここには近代的な所有欲を満たすため、という理由も切り離せないだろう
  いったん、読書、およびその結実として「知る」ことに懐疑的になって考えてみよう。

知らぬが仏とはよく言ったもので。

  こんなことはないだろうか?「そんなこと/気持ち、知らなきゃよかった!」「知れば知るほど自分の限界が分からされる」「知らなきゃいけないことが多すぎて嫌んなるぅ」
  鋼の錬金術師での「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」だとか、ジョジョ4部のしげちーこと矢安宮重清とか、「知らなくていいこと」を知ってしまい悲惨な目に遭う創作キャラも少なくない。
  私はよく仕事でドキュメントや過去の資料を漁りまくり、「知らなくていい」情報をインプットしてしまい、それを切り離せずに主たるタスクが混線することが間々ある。人間、マルチタスク耐性が低く設計されているので当たり前なのだが。
  以上のように、「知るべき」と同じくらいに、いや、それ以上に「知らなくていい」ことは多いのだと思う。あらゆる事象を検知し、分析するなんて、しようと思ったってどだいできっこない。全てを詳らかにしたいなんて知識欲は人類悪なのだ。
  そして、(読んで)知ってしまった以上、私達はなにがしかのアウトプットを求められる社会に生活している。仕事でも、プライベートでも。知らなきゃよかった相手の気持ちを忖度して発言しなくちゃならないし、知らなきゃ楽できたはずの仕様を考慮して設計書を書かなくてはならない。
  うんざりだ。どこまで言っても伝えたい知識こそ伝わらないし、知られたくない気持ちばっかり読み取られてしまう。ガチ無知でいられたらどんなに楽だろうか。
  知ったらそれ相応の痛みが待っている。そう考えたら、知ることは、そして所有することは罰なのかもしれない。知識に対して知らないフリをすることも、所有物の扱いに思い悩むことも多かれ少なかれ苦痛を伴う。
  これが罰でなくてなんなのだろう。私達は知ろうとし過ぎていないか?スーフィズムや神秘を冒涜していないか?言わぬが花をむしり取っていないか?

免罪符を買って贖罪の旅をしよう

  とはいったものの、一度得た知識を1,2の…ポカンと意識的に忘れることなんてできない。知るとは、読むとは、世界や真理、他人と自分といった曖昧さを多分に含んだ総体を暴き、噛み砕き、消化し、自分のものとする捕食行為なのだろう。貪欲とはよくいったもので、この飢えは生涯満たされることがないのだろう。
  それならば。私たちは本という免罪符を買って、暴食の原罪を贖う旅をしよう。それがどんなに背徳的で、無礼で、残酷だとしても、この食財/贖罪の旅路は続くのだ。

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