見出し画像

月刊読んだ本【2023.08】


方舟は冬の国へ

 西澤保彦 (双葉文庫)

 超面白い。そんな展開の話だと思ってなかったけど、よく考えたら西澤さんそういうの好きじゃん。普段はそれを前提にミステリを構築するけど、今作は逆にそこをミステリにしていたのが良かった。
 主人公たち三人が高額の報酬をもらって別荘で家族を演じる。その裏にはいったいどんな陰謀があるんだっていうのが話の主軸なわけだが、その着地点が意外で文庫本の裏の紹介文にあるもののとおりだった。そんな話にはならんやろとかどんなふうにそんな着地点にたどり着くのかと考えながら読んでしまう。でもある意味ではネタバレなので、あらすじを読まずに読んだほうがいい気もする。ていうかその部分は解説に書くだけにして(解説なかったけど)文庫裏に書かないほうがいいのではないかと思った。
 あと、タイトルが詩的すぎるというかピンとこない。どんな内容かわからないという意味ではミステリとしては正解なタイトルなのかもしれないが。
 先月は西澤保彦を読めなかったので、今月は2冊読むと思います。

文盲 アゴタ・クリストフ自伝

 アゴタ・クリストフ/堀茂樹 訳 (白水Uブックス)

 あのアゴタ・クリストフの自伝である。
 悪童日記のシリーズの作品のひとつと言われても違和感がない。それだけ自らの体験に基づいてあの物語たちは作られていったのだろうし、語り口調も同じ口調だから、同じ語り手が語っているように感じるのだ。一方はフィクションで一方は自伝であるにも関わらず。ある意味ではあの三部作は彼女の自伝的側面もあるのだと気付かされた。
 アゴタ・クリストフは亡命先のスイスで生活のために覚える必要があったからフランス語を習得したのであって、フランス語を「敵語(p.43)」と表現している。「この言語(フランス語)がわたしのなかの母語をじわじわと殺しつつある(同p.43)」とも表現している。皮肉なことにそのフランス語で書かれた作品が世界で話題になりベストセラーになったのだ。フランス語で書かれなかったら、母国語で書かれていたら注目されずに終わったかもしれない。母国語じゃない言語で書く作家という点も注目された点なのだから。ハンガリー語はフランス語に比べてマイナーな言語なので翻訳者の数も少なく、そういう点でも注目されづらかっただろう。そう思う反面、何語であっても、中身の面白さ興味深さが人々を惹き付けたかもしれない。「フランス語を母語とする作家が書くようにはフランス語を書くようにならないことを承知している(p.90)」とあるが、母語じゃないから文章に独特のリズムが生まれるのかもしれないので様々なジレンマがつきまとうように思う。
 いちばん大切なことは、彼女がフランス語で書こうと決めて書いていることだ。最後に、「これは挑戦だ(p.91)」と、フランス語で文章を読めない文盲者の挑戦だと書かれていて、かっこいいと思ってしまった。それは決してハンガリー語を忘れたわけではなく、フランス語に屈服したわけでもない。なんなら、フランス語という敵語に対して挑んでいるのだと思った。フランス語で文章が読めなくても、書きたいことがあって書くことが救いだったからで、ものを書くという人類の営みの素晴らしさに気づく。書くという行為は人類の偉大な発明なのだ。

勝手にふるえてろ

 綿矢りさ (文春文庫)

 天才って存在するんだな。
 同僚に恋愛相談するのが個人的には理解不能だし、案の定言いふらされている。主人公は他人がそういう生き物だと知らずに育ってきたというのもあるだろう。そしてそれはイチが自分の名前を憶えていなかったことでようやく気づいたのだ。自分のことをいかに二が思ってくれているか。でもそれも肉体が目当てなんでしょみたいに思ってしまうのもリアルだ。素直に受け入れられないし、現実は自分の理想通りにはならないと気づいてそれでいいのか葛藤する様が丁寧に描かれていて好感度高い。
 主人公が絶滅した動物の話がしたいとかいうの、とてもわかってしまう。マニアックな知識を話し合ったり、昨日読んだ本の話をしたい。そういうキャラ造形がとてもよい。そんなんだから恋人いないんじゃんという話がこの小説の主題のひとつなのかもしれないが、そこを妥協してそんな話ができない人と一緒にいたいとは思えない。そのときはいいかもしれないけれど、のちのちやっぱり無理、になると思ってしまう。それともそういうことが話せる間柄になっていくのを目指すのか。それは非常に困難を極めるしお互い疲れるだろうと思うのだ。
 結婚願望が強いのとか、母親に相談とか、(こういう言い方はあまり良くないんだけれど)一般的な20代女子には普通のことなんだろうか? 全く持って理解不能だけれど、そういう一種のステレオタイプを描くことで共感を呼ぶのだろう。僕は片思いの人を遠くから眺めているだけで終わる人生でも構わないと思ってしまう。世間がどう思っていようと。周りの雰囲気に流されるのが一番嫌だと思ってしまう。そういうダークな(?)小説も書かないのかな? 綿矢りさの文章でそういう作風なら読みたいと思った。こっちのパターンだけじゃなくて違うパターンも覗いてみたい。痛々しいままで老いていってでも本人は満足、というのが。

秘境駅へ行こう!

 牛山隆信 (小学館文庫)

 去年生まれた子供がどうとかいう話もしていて、1歳になるかならないかの子供がいるのにこんな旅をしているのはさすがにドン引きだよと思った。本業でやってるとか仕事で出張したついでとかじゃなくて当時は完全なる趣味でやってるからやばい。あと駅寝する気持ちが全然わからない。
 今では廃止になった路線や駅も多数紹介されていて、それも時代の流れで仕方のないものだとは思うが寂しいものである。本書が執筆された当時か少し前ぐらいが鉄道マニアック旅をするのに一番いい時代だったと個人的には思っていて、それに対するあこがれみたいなのがある。今では(定期)夜行もサンライズだけになってしまったし、周遊券もない。そういう時代なのでなおのこと秘境駅に到達するのは難しくなった。しかも廃止予定の駅や通年通過でいつなくなってもおかしくない駅も増えていく。そのなかで秘境駅が注目されて多くの人が訪れて観光資源として存続していくのはいいことなのだろう。でもそんな駅も土砂崩れなどで路線ごと復旧困難になってなくなってしまうこともある。諸行無常である。そして、秘境駅に人気が出て訪れる人が多くなるとそれはもはや逆にメジャーな駅で、秘境感がなくなってそれはそれでどうなのと思わざるを得ない。誰も降りない駅に俺だけが降りるという少し恥ずかしく緊張感もあり、背徳感に似た高揚を感じることがなくなってしまう。だから秘境駅とは認識されていないけど、利用者の少ないマニアックな駅で降りたいものであります。
 そしてやはり駅はいいよね。

人間の証明

 森村誠一 (角川文庫)

 もちろん以前から森村誠一も代表作である本作も存在は知っていたし、ずっと積んでいた。僕は以前、碓氷峠を歩いた際に霧積温泉の看板を見かけた。そしてこの小説の舞台になっていると知って興味が湧いた。霧積温泉に行こうと思っていたけれど、読んでから行ったほうがいいかと思って行かなかった。読みもしなかった。そして作者が先日亡くなってようやく読んだ。今度、霧積温泉に行こうと思います。
 一見どのように収束していくのかわからない物語が、ひとつのテーマというかタイトルに向かって行くラストは美しかった。どのエピソードも悲しい話ばかりなので新子には平穏に暮らしてほしいものですと思う。悲しい話というか因果応報というか、悪い事したら自分に返ってくるんやというのが描かれていてよかった。それは罪の意識が心のどこかにあるからで、そこから逃れ安堵感を手に入れてしまって過去を隠し通さねばならないという人間の心理が人間を突き動かす。
 この小説では実在の霧積温泉が出てきて旅館の建物や詩やダムやらが出てきて、半分ぐらいは実際にあった出来事なんじゃないかと錯覚する。富山に行くのもどの列車に乗って行くのかの描写があって、この時代の空気感も伝わるしリアリティがある。そう感じてしまうのは、実際に僕がそれぞれの土地の空気をだいたい知っているからだろうか(富山に行ったことはないけど)。高崎がどんな規模の街か知っているので高崎という地名が出てきたときに僕はイメージできる。松井田町が平成の大合併で安中市になってしまったことも知っているし横川の駅も行ったことがあるから土地の雰囲気も知っているし高崎からの距離感もわかる。小説ばかり読んで引きこもっていた少年だった僕はそれらをすべて架空の漠然としたイメージでしか描けなかっただろう。もしその時代にこの小説を読んでいたらまた印象が違ったことであろう。僕が年齢を重ねて経験を重ねたからフィクションの世界の解像度が上がったのだ。でも同時に歳をとった。時は無常に過ぎ戻らない。そういう普遍の悲しみがこの小説を包んでいた。もしあの時あの選択をしなければ……。もし二十歳のときにこの小説を読んでいれば……。嘆いても仕方がないし、その選択をしなかったのが人生なのだ。もっと早くあの本を読んでいれば、とならぬようにもっと本を読むのだ。

▽碓氷峠を歩いたときの記録

世界史を変えた植物

 稲垣栄洋 (PHP文庫)

 植物のことも世界史のことも全然わからないので勉強になった。
 たしかに、冷静に考えれば植物は食料やら衣服やらであり、その奪い合いが起こるのは当然で、植物はその地域の特産品として経済を回していく。
 例えば、南北戦争で北軍が勝ったことすら知らなかった僕は、どういう経緯で戦争が起こったか、奴隷解放とはどういう意味か、等を論理的に植物の観点から説明してくれて理解が深まった。もちろん、植物がどうこうというのは一側面でしかないのかもしれないけれど。
 本の内容とは関係ないけれど、文庫本の帯のようなデザインで帯じゃないのは気持ち悪い。コスト削減という意味では理にかなっているけれど。
 じゃがいもとかトマトのようなヨーロッパからしたら外来種の食べ物がいかにして食べれるようになって、今ではドイツ料理やイタリア料理に欠かせない素材になったかという話が興味深かった。あと、いちごは野菜という雑学が面白かった。

新版 ビールの図鑑

 一般社団法人日本ビール文化研究会/一般社団法人日本ビアジャーナリスト協会 監修 (マイナビ出版)

 ビールはうまい。
 世界には無数のビールが存在していて、本書に紹介されているものだけでもほとんど飲んだことはないというのに、すべて飲むなど不可能である。麦芽と水とホップと酵母という主原料だけで作るビールですら多くの種類があって、それぞれに違いがある。とても面白い。もちろんそこにいろんな副原料を入れたものも多くあって、これはビールなのか? というものも含めてビールなのだ。普段目にするピルスナーでも色々あって、キリンが好きとかアサヒが好きとか、そういう感情が世には渦巻いていて、企業側もそのなかで売れるビール、美味しいビール、型破りなビール等を生み出そうと努力をしていて、ビールを追求する情熱はこれからも変わらないであり続けてほしい。そのためには、消費者側としても様々なビールを飲んで、違いを楽しんで業界を応援したいものである。

あなたの人生の物語

 テッド・チャン/浅倉久志 他 訳 (ハヤカワ文庫)

 表題作の映画『メッセージ』は劇場公開当時に観に行ったけれど、やはり映画とは印象が違うなと思った。映画よりも原作は淡々としているというか、わりとあっさり終わった感じだ。しかし短編小説を映画にするというのも大変だと思うが、映画化したいと思わせる魅力的な物語であることにはかわりはないのだろう。
 全般的にファンタジーよりのSFだったのが意外だったけれど、それはわざとやっているように感じた。各地に、物理の法則やちょっとした知識を忍ばせて、でもだからといってその知識をひけらかすわけでもなく、さり気なく述べられる。解説にもあるけど、作中でそれが必要だから勉強したけどそれだけだよって感じがかっこいい。勉強したけど、サラッと済ますのがスマートだ。もっとハードなSFを書こうと思えば書けるけどあえてそうしないスタイルに思えた。
 2作目の『理解』がとても好き。薬物によって強化されてしまった主人公はアメコミ的で、でも主人公は悪役でライバルの方が主人公感があってその構図も良かった。小説的にはその方が面白いと思う。敵が常に自分の上を行くことによる主人公の焦りと、でも裏をかいてやるという思いが描かれていてよい。すべてを破壊してやるんだというダークヒーロー的な主人公像が僕の好みです。この作品も映画化が進行中とかそうでないとか。
 5作目の『七十二文字』も、人形に文字を与えることでその命令に従った行動を取らせることができるという世界で中世ファンタジーみがある。でもその行為はプログラミングのようで、真の名辞という概念はDNA解析のようである。というかそのメタファーを意識しているように読者は感じると思う。そして生命を生み出そうという問題、種の終りが来るという話題は生命倫理をテーマとしていてやはりSF的趣向の作品であった。つまりとても面白い。
『地獄とは神の不在なり』も外せない作品である。現代社会でありながら、天国や地獄そして天使という概念が実在する。これはかなりファンタジーよりの作品だった。僕は読んでいて『コンスタンティン』という映画がちらつくので主人公はキアヌ・リーブスをイメージした。天使の降臨という自然現象(災害?)をありがたがる人々の姿は狂信的で神の御業だと自らを納得させないと受け入れられない心理を描いているようで良かった。そんな世の中でひとりもがく主人公は正気なのか否か、善とはなにか悪とはなにか、そんなことを思う名作。
『顔の美醜について――ドキュメンタリー』という最後に収録されている作品は、非常にセンシティブな話題というか、人類古来の問題だ。多様性の時代とかいうくせに、イケメンがどうとか美女がどうとかそういう話題は尽きない。なんだこいつらって人類に思うあれだ。美醜失認処置を是とするか否とするか。それはユートピアのようでディストピアのようで表裏一体の危うさを感じる。道徳の授業で取り上げてほしい作品だ。自分のルックスに自信がある人とない人とでは考え方は違うだろうし、でもお前きれいな顔してるじゃんとかいう反論もある。今まで顔のことで悩まされたことがないからそんな綺麗事が言えるんだという意見も生まれることだろう。でも生まれてこの方そんな概念が存在しない世の中に生まれたら? そんな事も思ってしまう。人間以外の動物も顔の美醜問題を抱えているのだろうか? と思うが、様々な動物は求愛行動をとって相手の関心を惹くのだ。つまりそれは自然な行為。それに反しようというのはやはりディストピアを感じる。

海外SFハンドブック

 早川書房編集部 編 (ハヤカワ文庫)

 今年の目標はSFを読むことだと決めたけど、何を読んだらいいのか、気になる作品が多すぎるので、参考にと思って読んだ。4月ぐらいから時間を見つけてはちょっとずつ読んでようやく読み終えた。
 聞いたことのある作家、作品もある一方で初めて聞く作家や作品もある。僕は紹介されている本の10分の1も読んでいない。逆に言えば、僕の前にはSFの大海原が広がっているのだ。大海原で迷わぬようにこれからの僕の指針となるであろう。そして本書が刊行されてからも多くの名作が生まれているので、泳ぎ切ることはできない。
 必読書と紹介されているのに、現在絶版ていうのはどういうわけだ。ぜひ復刊してくれという作品が多い。そういった作品を古書店で探し出すのも読書の楽しみの一つではあるけれど、もう少し名作にアクセスしやすいと助かります。
 巻末のハヤカワ文庫SF全データが狂っていてよかった。

赤い糸の呻き

 西澤保彦 (創元推理文庫)

 思いつきを口にして、そう考えたら辻褄が合うけど、それが本当に真実なのかわからないといういつもの西澤保彦だった。でも世の中そんなもんだよ。
 個人的にはもっと重たいドロドロした西澤保彦が読みたい。

ひとこと

 読みたい本が多すぎる! 本屋行きたすぎる! 暑くて家から出たくなさすぎる! そんな八月であった。

この記事が参加している募集

読書感想文

もっと本が読みたい。