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さようなら、私の五つ星「パッソ・ア・パッソ」

2022年2月28日、20年の歴史に幕を下ろした店がある。それが、東京都深川、地下鉄東西線門前仲町駅から程近いところにこじんまりと構える知る人ぞ知る名店Passo a Passo。

お茶目な有馬邦明シェフ

お店が閉じるとか、行楽地が閉園するとか、あるいは音楽家や俳優さんが引退したり廃業するなんて言う時には、人それぞれに胸に去来する思い出があるものですね。予め断っておきますが、これから記すことはあくまでも私の回想であって、その美しさを文字に認めておくだけのこと。世の中に星の数ほど素晴らしいお店があって、それぞれに愛されている事も知っているし、同じ店を語っていても他の方の違う見解はあって然るべきだと思っていて、それを否定するつもりは毛頭ない。ただ、私にとっては数少ないとても美しい店だったと言う話しをします。料理も、サービスも、しつらえも。

フロアはこの方の仕切り。隅々まで目が届いていました

その心地良さと驚きのメニューを味わうために何度足を運んだことだろう。本当に大切な大切な宝箱のようなお店で、大事な人をお連れする場所でもありました。どのくらい大切な場所かというと、大切な空間過ぎて一度たりともお付き合いしている人と行ったことがないのです。伝わるでしょうか、この感じ。

オープン当初はもう少しあったのですが、お店の運営方針で徐々に席を減らして最大でも4、5組。椅子の数は12程度。吟味した食材で心尽くしの料理をして、ゆったりと召し上がって頂くというコンセプト。それだけに、ひと晩にその奇跡を味わえる人数はほんの一握りでした。

彼の真面目で熱い人柄は文字にするより語り口を聞いてもらうのが一番。YouTubeにインタビューがアップしてありました。どうぞ聞いてみてください。

こちらでは、実際に調理する姿を目にすることができます。

この、シェフの有馬邦明氏とは、中学の同級生でした。お互いの兄弟同士も仲が良く、いわゆる「幼馴染み」と言うヤツですね。ただ、シェフと私は同じクラスになったこともなければ、さほど接点があった訳ではないのですが、後にお互いを親友として尊敬しあって信頼するのですから人生は分からないものです。確かに「似た者同士」というところがあって、とことん拘って追求していく姿勢だとか妥協しないところは響くところがあります。

「マタギ・シェフ」とあだ名がついた彼のジビエのエッセンスが詰まった本です(彼は猟師さんや漁師さんと信頼関係を築いて、猟場や漁場は訪れたりしますが「自分は料理人だから」と彼らの領域、狩の現場に入らない事を徹底していている「プロ」でもあります)

その美意識は彼の店の隅々にまで行き届いており、ナプキンから皿の一枚一枚に至るまで見事でした。私は彼のようなセンスがないのでただただ感心するばかり。けれども、ヤツの投げる料理と言うボールをキャッチする能力は、まあまあ有ったのではないかと自負しています。シェフ有馬の茶目っ気あるお皿の上での悪戯にニヤニヤしながら美味しく頂く時間は至福でした。

今夜はどんな品が並ぶのか、お任せメニューしかない店に来たワクワク感は楽しいものでした
季節をふんだんに取り入れた前菜も、いつも楽しく美味しかったです
ウニのリゾットに手作りのカラスミとトラフグの白子と黒トリュフ…だったかな?ともかく美味でした
デザートもいつも楽しみでした。この晩のアイスクリームにはツキノワグマの脂が使われていました

以前何度か仕事でお世話になった、とある芸能人の方をご招待した時にも、予約の時に伝えたら「おう、任せろ!」の頼もしい一言だけで持て成してくれて、ヨーロッパ滞在歴も長く、ジビエにも一家言あるその人が「ヨーロッパでもこんなに美味しいものは食べられない!」と満足して帰って行ったのも良い思い出です。元々なかなか感情の起伏が厳しい方だったし、到着した時すでに不機嫌だったので、お見送りした後は心底ホッとしたのを覚えています。シェフお見事。

また別の日には、今やとても有名な「先生」になっている某料理研究家さんとお子さんたちをお連れしたら小学生のお兄ちゃんがその美味しさにハマってしまい、後にお家で出されるご飯にも「これ、アルデンテじゃない」などと言うようになってしまったと笑いながら教えてくれました。彼は「大きくなったら有馬シェフになりたい」と言っていたけれど、あれから20年。すっかり疎遠になってしまいましたが一体どうしていることでしょう。子供の夢になれるオトコって格好良いなと眩しく思ったことを思い出しました。シェフさすが。

コロナ禍で成人を迎えた子をお祝いで連れて行った時には「感覚が鋭くて偏食だけれども平気かな…」と言う心配をよそに、偏食で普段は食べられない食材も「美味しい」と食べてくれたので、吟味された素材の鮮度とシェフの料理の技術が、逆に感覚が鋭い彼をして料理を受け入れさせたのかなと驚きました。シェフすげー。

厨房では、ふとした瞬間に真剣な表情を見せます

なぜ店を閉めるのか、この先どうするのかを聞くのは野暮だから、一切何も聞いてないのでワカリマセン。ただ、いつかまた邦明の作った物を食べられたら嬉しいな…とは思っています。「あそこへ行けば絶対美味いものが食べられる!」と心の中で安心させてくれるお店が一つ減ったのはとても残念ですが、良い思い出は私の中で益々美しくなる一方なので良いお別れができたと思っています。20年間の幸せをどうもありがとう。ごちそうさまでした。またいつか!

あぁ、美味しかった!
お店の前でオーナー夫妻と最後の記念撮影

ボタンアコーディオン安西はぢめ


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