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ミクの妄想日記

おならというものをしたことがない、という人がいる。
そんなわけないだろ、と思う。

雑多な喧騒の中で、ミクはひそかに妄想する。
「あそこのお兄さんはホンモノで、毎晩歳上の彼氏に迫られてるの。」「あっちのお髭のお兄さんは実はすごくドMで、毎晩ふわふわの手錠をして、セクシーなお姉さんに責められてるんだ。」「あ、あそこのお兄さんタイプ!あの柱の裏で、手を回されて弱いところ弄られたい〜。」

頭の中であられもない妄想をしながら、涼しい顔をして足早に都会の街を通り抜ける。まだ5月だというのにムシムシとしてまとわりつくような熱気を、ミクは振り払うように手を振った。

「アケちゃーん、またせてごめぇん。」
「ううん、いいよ。今来たとこ。」
「あ、そーお?なんちゃって。ほんとごめん、フラペおごるねぇ。」

ミクは片手で拝むポーズをしながら下からアケちゃんを見上げる。アケちゃんはしょうがないなぁ、と言いつつも満更でもなさそうだ。
アケちゃんは隠してはいるがレズビアンかバイセクシュアルだ。ミクに嫌悪感は全くない。Fカップの胸をさりげなく強調しながら腕に抱きつく。遠慮なく喜んでもらえるよう、目線を前に置いたまま歩き出す。

「えぇ、ちょっと、歩きにくいって。」
「アケちゃんに嫌われちゃってないか不安だから、フラペおごるまで離さないもーん。」
さっきリップを塗り直したテカテカの唇をとんがらせて、目をしっかり見つめたらニッコリ。アケちゃんもとても喜んでいるのがわかった。あぁ、女の子って楽しい!

近況報告をしながら、お互いのアクセサリーを探しながら、ミクの頭はすぐに別の所へ行ってしまう。前を行くカップルの男性のお尻をエロい目で見たり、すれ違う綺麗なお姉さんの茶色い髪を愛でたり、匂いを嗅いだり、ミクの胸は多種多様な愛で溢れていた。

みんなそうだと、ミクは思う。
泣かない赤ちゃんがいないように、大人のカップルがどんな二人でも大体はセックスをしているように、何も不自然なことじゃない。
赤ちゃんのような純粋さで、ミクはキラキラとした世界を胸いっぱいに感じて喜んでいた。

小学生まで、ミクはとても真面目な子だった。恵まれた家庭に育ち、失敗を恐れ、少しおとなしいくらいの子供だった。第二次成長期に、自分がパパとママがセックスをして出来た子供だって、向かいの夫婦も、あんな風に見えて中出しで子供作ったんだって、知るまでは。

レモンホイップの乗ったNYチーズケーキを大きな口で頬張りながら、窓際席で喧嘩しているカップルを見る。アケちゃんに向かって「おいし〜〜っ♡♡」と満面の笑みで微笑みかけながら、『チーズケーキめちゃくちゃ美味しい!!』と思いながら、3メートルくらい先で拗ねながら怒りを吐き出しだした女の子の顔を眺めた。

彼女からは、もうすぐ涙がこぼれ落ちそうな、悲しい気持ちが漂ってくる。相手の男は、あんまり何もわからず、あたふたした顔。でも行動を起こす気配はなく、じっと申し訳なさそうな顔をしているだけ。
『あんな守りの男、あなたの王子さまじゃないよ。早く別れちゃいなよ。』ミクは思う。

目の前のアケちゃんを見る。「いつもありがとう、アケちゃん。大好きよ。」
伝えられる喜びを噛み締めながら、胸に去来する暖かな感情を言葉にする。アケちゃんも嬉しそうに笑ってくれた。ミクはもっと幸せな気持ちになる。

愛を知らない人は損していると思う。
いや、本当は知っているのに受け入れられない人、かな。
愛は内なるものだし、人は一人では生きていけない。

ミクは愛が大きい。自分の声を大事にしていたら、自分を認められるようになって、大好きになって、楽しくて仕方がなかった。
すぐ寝たりすると安売りだとか、もっと自分を大事にして、とか言われるけど、ミクは誰にも負けないほど自分を大切にしている自負がある。

「女の子だけそんな風に言われがちのはなんでなんだろうね?」
笑顔でアケちゃんの口元へレモンホイップとチーズケーキの特製ひとくちを運ぶ。
「男の人は幻想を抱いてるのかもね、淑女というか、清純な女の子の。あとは、女性がそういうことで傷つくのが嫌なのよ。」
「心配しすぎだよぉ。なんで遊ぶと女の子が傷つくのが前提なんだろ。」

えっという顔をされたけど、ミクは気がついていないふりをした。
確かに身体的なリスクは男性よりも高いかもしれないけど、性病とか考えたらどっちも同じだし、ミクは出して終わり、すぐ虚無感に襲われる男性よりも、体温とか行為でずっと愛を感じられて楽しめる女性の方が、リターンがとても大きいと思う。

でも遊ぶのなんか良くないよ、と口を揃えて言う大人たちは、すっごく"良い人"ばかりだったから、嫌われたくないし余計なことは言わなくなった。
ミクがこの20年間で学んだことは、余計なことを言わないことと、自分の人生を謳歌する楽しさ。せっかく産まれたのに、色んなことしないと損。ミクの幸せを、ミクは常に考えて生きていた。

私が育ったのは、海も空も近い町でした。風が抜ける図書室の一角で、出会った言葉たちに何度救われたかわかりません。元気のない時でも、心に染み込んでくる文章があります。そこに学べるような意味など無くとも、確かに有意義でした。私もあなたを支えたい。サポートありがとうございます。