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短編小説 | スタートライン

 集合場所に集まった全員、メガネだった。夜行バスだからね、こうなるわなと最初に言ったのは隼人はやとだ。ワックスをつけていないせいか、いつもより髪がさらさらして爽やかに見える。はなのメガネ初めて見たかも、と言って私のメガネをひょいと奪った優里ゆりに、マジでやめて、見えないから、と返すよう催促する。みなとおせえな、と隼人がスマートフォンをいじりながら言う。湊が時間通りに来るわけないじゃん、と言いながら優里は、手鏡を持ち、ひっきりなしに前髪を撫でている。そのとき、突然背後から声がした。湊、家出るのにだいぶてこずってるらしいよ、と言ったのはけんだ。お前いつからそこにいたんだよ、と隼人が笑いながら寄って行き、健の肩に腕を乗せた。いや、さっきからいたんだけど、怪しいメガネ集団だったから近づきにくくて、と笑った健はいつも通りだった。健って視力よかったんだねと私が言ったら、良くはないけどねと言いながら、健は隼人の眼鏡をかけて遊んでいる。
 出発まであと20分だ。そろそろ乗ろうよ、寒いし、と優里が言った。
 バスの乗車口から狭い階段を上って車内に入ると、私たち以外の席は既に埋まっているように見えた。じゃあ、と別れて、それぞれの席に着く。
 私たちは約束をしてこのバスのチケットを取ったわけではない。たまたまこの春、帳面ノート町を出て行くことになった幼なじみで、なんだかんだつながりを保っていた者同士だ。
 夜行バスに乗るのは初めてではなかった。この町に住んでいる若者であれば、ほとんどが夜行バスを経験しているかもしれない。安くて、寝ているうちに目的地まで運んでくれる。なんて素敵な乗り物だろう。
 窓側に座った私は靴を脱いで、使い捨てスリッパに履き替えた。座席の角度を調整して落ち着いた頃、スマートフォンが震えた。開くと、隼人だった。
 「グループ作ったから、ここで話そ」とメッセージが来ている。すぐに、いいねまだ眠くないし、と返した。私はグループメッセージの画面を見ながら、コンビニで買ってきたジャムコッペパンを食べた。少し経つと、グループ画面に優里が入って、遅れて健も入ってきた。
 「腹減ったわ。家出るギリギリに準備してたから何も食ってねー。朝までもつかな」
 「隼人、もしかしてバイトだった? サンドイッチあるよ、いる?」
 「いや大丈夫。サービスエリア着いたら何か食うから」
 サンキュー、の大きなスタンプが動いている。続いて、湊やばいみたいよ、という健のメッセージが連続で入った。
 「彼女と揉めてるらしいw」
 「行くギリギリになって、やっぱり行かないでって」
 「きつw」
 加奈子だ、と思った。仲良くはないけど、最近湊と付き合い始めたのは知っていた。加奈子は東京に行くタイプじゃないからねー、と優里が言った。あいつんち、厳しめ? そう訊いた隼人は、確かに加奈子と接点がほとんどない。
 湊、もう間に合わないね、と言った優里は、天使が空へ上っていくスタンプをつけた。続いて、泣き顔のスタンプが画面を埋める。私は湊に、こっそりメッセージを送った。
 「なんか大変みたいだね。ひと足先に東京で待ってるよ」ファイトを表すスタンプは、ついさっき買ったばかりの、推しキャラのスタンプだ。
 「湊の席、空いちゃったね。もったいないなぁ。マッキーも乗りたかったって言ってたんだよw」
 「優里。お前絶対、マッキーには連絡すんなよ。俺、あいつに付きまとわれて大変なんだから」隼人は文章の終わりでたくさんの汗を飛ばす。 
 「マッキーはあんたに本気なんだけどねw」
 「いや、本気だから怖いのよw」
 しばらく、優里と隼人の〝ストーカー・マッキー〟談が続いた。
 私はもそもそしたジャムパンを食べながら、カーテンの隙間から外を覗いた。明るい。この町で、唯一明るいみたいに、バスの電光掲示板や、待合所が光を放っている。東京に行ったら、もっともっと明るいんだよな、そんなことを思って、わざと暗いほうに目を向けた。
 「華と健、なにしてんの?」
 優里に聞かれて、ジャムパン食べてると答えた。好きだねージャムパン、と優里が言って、1枚の画像を送ってきた。
 「私はこれ。知ってる? タンパク質補給できるパン。めっちゃ喉乾くやつww」
 私がハートを送ると、隼人は、そんなもん食って、東京デビューしようとしてんなと笑った。健は起きてる? と続けて隼人が打ち込むと、静かだった健からメッセージが入った。
 「ごめん、音楽聞いてた」
 「さすがっすね」
 「なに聞いてんの?」
 「坂本九」
 「うそつけww」
 「なあ。東京でライブやることになったら、絶対知らせてな。ライブハウスからの追っかけでいたいから」
 「アタシもー♡」
 隼人も優里も、ファンを公言して楽しそうだ。
 「華は? 来ないの?」と健に言われて、行くに決まってるじゃんと言いながら、どきどきした。
 健を好きになったのは学祭のステージ、ではなくて、その片付けのときだ。ステージを終えたバンドマンたちは、さっさと打ち上げに出かけてしまったけど、健だけはクラスの片付けに戻ってきた。
 「さっきの、早弾き、て言うの? すごかったね」と言うと、健は照れた笑いを浮かべて、
 「まじ全然凄くないから。こんな田舎ですごいって言われてもテンション上がらないって」と言った。
 「健、東京行くんでしょう?」
 「なんで?」
 「なんとなくだよ。だって、音楽に本気になる人って東京いきそうじゃん」と私は言った。健はそのとき、ただ笑っていたけど、実はあの時はまだ決めてなかったって、後から教えてくれた。
 
 いつの間にかバスは動き始めていた。
 「思えば、最後の学祭からあっという間だったね」と私が打ち込んだメッセージには、健がすぐに反応した。
 「ほんとそう。学際のあと、真剣に親と話したり、先生とか先輩に相談したりで、卒業まであっという間だった」
 「そういえばさー。このなかで、親から東京行き反対された人、いる?」優里が言った。
 「俺はもちろん反対されたよ」と隼人が言った。隼人の家はお店やってるからね、親の気持ちもわからなくはないかな、なんて、ありきたりなことを打ち込んでみたものの、親の気持ちがわかる人なんて、この中にはいないだろう。
 「何事も経験よ」隼人は言った。店を継ぐにしろさ、帳面町にずっといるわけにいかないじゃん。特に俺らの世代は、どんどん世界広げてんだから。
 「そなの? なんか賢そうなこと言ったね」と優里が茶化す。
 「優里は? 東京ではお姉ちゃんとこ?」
 私が聞いていた話では、優里はネイリストのお姉さんのところに居候するらしかった。
 「あー。実はお姉、彼氏できたらしくてw」
 「で?」
 「だから、いとこと住むよ。男だけどw」
 「マジww」
 「うまくやれんの?」
 「大丈夫。生活のリズム、真逆らしいから」
 「へー」
 東京って目的地は一緒だけどさ、そこからはほんと、バラバラだね。今後、会うことあるかなぁ? 私は少し寂しくなって、そんなことをつぶやいた。華がもうさみしがっている、と笑う優里は、いつだってたくましい。
 思えば、私と優里は小学校から一緒だった。歳の離れたお姉さんがいるからか、優里は大人っぽくて、彼氏ができるのも早かった。私は優里に憧れていたのかもしれない。本人にはもちろん、伝えた事はない。良い機会だ。伝えてみよう。
 「優里ってさ、ほんと大人っぽくて、いつも憧れてたよ」
 なになに急に、マジやめてよ、と優里は言った。え、ここで告白大会? と隼人が 面白がっている。
 「そんなこと言うなら、俺も言っちゃうよ。華はさあ、ほんと優しいよ。いつもここぞと言う時に声かけてくれてさ、実はめっちゃありがたい存在」
 照れ隠しか、隼人は最後に〝尊い〟というお釈迦様のスタンプを押した。
 「えw 華だけ? アタシは?」
 「優里は、えーっと、美人っしょ! 器量好し!」
 「薄っ」優里が拗ねた。
 健はなにかないの? 隼人が言う。俺? 俺かぁと言って、健は悩んでいるようだった。隼人が〝please〟の スタンプを押すと、ゆりも同じスタンプを押した。
 「俺はさ、告白はないけど、宣言するわ」
 健が何を言うのか、皆、期待して待った。
 「 アリーナ埋められるアーティスト、目指す」
 健がそう言うと、さすが! かっこいい! の文字とスタンプで、一瞬にして画面がにぎわった。
 健は夢を叶えるだろうな、と漠然と思っている私は、健ならできるよと送った。華、そういうとこよ、とすかさず隼人が突っ込んでくる。そういうとこよ、と優里も真似をした。私は照れた顔のスタンプを押す。
 それからしばらく、グループメッセージの画面は静かだった。
 あとどれぐらいで〇〇サービスエリア? と隼人からメッセージが来たとき、時刻は22時30分だった。30分後だよ、と返事をすると、マジで空腹やばい、と言う。サービスエリアで降りる? みんなは? と投げかけたところ、優里も健も降りると言う。みんなで何か食おうよ、と隼人が言うと、いや私はいい、と優里が冷たく突き放す。食べても食べなくても、とりあえずみんなで降りようね、と約束をした。
 
 サービスエリアに着くと、幾分疲れ顔の四人が集まった。あれ、と三人が声を揃えた。お前もメガネじゃん! 隼人が健の肩に腕をかけた。
 「実は俺、使い捨てコンタクト。めっちゃ視力悪いから」と健が笑った。メガネの健も爽やかだ。
 休憩時間20分しかないから早く行こう、と歩き出す優里に続き、明るい光を放つ売り場へと向かう。俺はここで待ってるよ、特に買うものないし、と健はベンチに座った。華は? と聞かれて、私はトイレだけ行って、健とここにいる、と伝えた。
 夜風が吹いて、肌寒い。上着の前を合わせるようにしてトイレへ向かいながら、夜の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。頭がすっきりした。ここからは星は見えない。そのかわり、車のライトがきれいに並んで光っている。
 トイレから戻ると、まだ健は一人だった。何してたの? と聞くと、何もしてないよ、車を見てただけ、と言って駐車場に並ぶ車を見ている。うちらも車とか持つようになるかな、と言ったら、東京なら無くても大丈夫じゃない? と言った。俺は車より、良いギター買いたいなと言う。そうだよね、と私は言った。健はやりたいことが決まっていていいなあ、と思った。私は大学に入るという目的があるだけで、その他にやりたい事は、今のところ見つかっていない。
 あのさあ、と健が私の方を向いた。そのとき、優里と隼人が走ってきて、時間やばいよ、バスに戻ろうと言った。二人とも、ホットスナックやら、飲み物で両手を塞いでいる。もうそんな時間? そう言いながら、健と私は、二人に遅れをとりながら、並んで小走りにバスへ向かった。
 あいつら、なんかいろいろ買ってんな、と笑った健の横顔を盗み見る。こんなに暗い夜なのに健は輝いて見える。ふと、東京に着いたら健は遠い人になってしまうかもしれないと、勝手に思って泣きそうになった。無言で走る私に健は、どした? と言った。なんでもないよ、と言ったけど、ほとんど泣き顔になっていたかもしれない。健が、そんな私の手をとった。言葉なく繋がれた手を、私は強く握り返した。
 「あのさあ」
バスに乗る直前、健が声を押さえて言った。
 「東京で、たまに会おうよ」
 うん、と私が返事をする前に、健はバスに乗り込んでしまった。
 座席に着く前に隼人の席の横を通った。
 「めっちゃうまい。生き返る!」と、隼人が幸せそうに微笑む。バスの後部座席に座っている優里をみると同じく食事中だった。私は席に着き、スマートフォンを開いた。
 バスは再び動き出した。健が座っている方を見ると、座席を倒しているようだった。もう寝てしまったかもしれない。私は健へメッセージを打った。
「東京で、ご飯行こうね。ライブも行くよ! 健と一緒に東京行けて、ほんと嬉しい」
 それだけ送るとスマートフォンを閉じた。その先の想いは、今はまだ伝えたくない。
 バスは真っ直ぐ走り続けている。私たちの旅は、始まったばかりだった。





[完]


#短編小説
#夜行バスに乗って


 豆島さんの企画に参加させていただきます!

設定が面白く、様々なシチュエーションが浮かんで、脳内が楽しくて仕方ありませんでしたが、豆島さんから「 個人的には、新年度に向けて旅立つ明るい&泣ける話が読みたいです 」とありましたので、青春小説にしてみました。
しかしまさかの、乗車約2時間地点で物語終了です。

夜行バス、若い頃は新宿から京都までの区間、よく利用しました。朝五時について京都タワーのタワー浴場に寄って、固まった体をほぐすのが好きでした。

素敵な企画、ありがとうございます°・*:.。.☆


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