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エッセイ|見えることと分かること

"Just because your eyes are open, 
 doesn't mean you can see"

翻訳は「あなたの目が開いているからといって、あなたが見えているというわけではないんだよ」。Jetという豪州出身バンドの"Bring it on Back"という曲の一節。題名を考えると「目が開いていても、背負ったものは見えない」という意味になる。"see"の意味を考えると「目が開いていても、分からないことはある」という意味になる。

「目が開いていても、分からないことはある」と聞くと、「かんじんなことは、目に見えないんだよ」という『星の王子さま』のキツネのセリフが思い浮かぶ。小説がそれを語るというのはまさに象徴的だ、多くの人が目に見えないかんじんなことを分かりたくて本を読んでいるに違いない。時には家で、時にはカフェで、時には道で、また、時には電車の中で。

例に漏れない私は中央総武線に乗っていた。角の椅子を占めて文字に目を走らせていると、急に隣の席が騒がしくなった。座っていた女性が席を譲ったのだ。代わりに、私の隣にはサングラスをかけた白杖の高齢の女性が座った。私は少し自責の念を感じたが、白杖の女性はしきりに重ねてお礼を言うので、それは慇懃無礼にも思えるほどだった。

お礼を言い伝えると、白杖の女性は耳に当てる式の古いタイプのイヤホンを鞄から取り出し耳につけた。降車駅を聞き逃しやしないかと不安に思ったが、それは、私が本を読むのと同じようなものなのだろう。2、3駅もすぎると、席を譲った女性は電車から降りていった。白杖の女性は何も言わず、イヤホンから流れる音声に耳を傾けているようだった。

その都度、いくつかの違和感が漂い離れなかった。どうして席を譲った女性は白杖の女性に気づいたのだろう。どうして白杖の女性はあんなにもしきりにお礼を言ったのだろう。どうして白杖の女性は席を譲った女性が降車しても何も言わなかったのだろう。降車までの数分間、私は目をつむって考えた。そうしてみて初めて、かんじんなことは分かった。

キツネも本も白杖も見なければいけないものを教えてくれた。でも、キツネも本も白杖も何がかんじんなことなのかを教えてくれなかった。

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