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読書感想文 #13:サイコメトラーEIJI「時計仕掛けのリンゴ」

物や人に触れるとそれに残った過去の記憶の断片を読み取るサイコメトリー能力を持った少年・明日真映児が、警視庁の女性刑事・志摩亮子と協力して怪事件を次々と解決していくというミステリー作品。

Wikipedia「サイコメトラーEIJI」

本稿ではCASE 2「時計じかけのリンゴ」を扱う。
また、犯人についても前回以上にネタバレしていくのでご留意いただきたい。




電子書籍で読んでいるが、当時の紙媒体のみで読まれることを想定した作りからなのか、文字が小さく読みにくいコマが散見される。

【極!合本シリーズ】サイコメトラーEIJI 1:p.284/590

これは不満とかじゃなく業務連絡みたいなものだと思ってほしい。
中央あたりのコマのセリフなんかは画面いっぱいにズームしてちょうどくらいだ。

あと私の眼精疲労がやばいせいもある。
通勤することがなくなって室内のものばかりに焦点を合わせる生活、そして仕事でもプライベートでもほぼ常にディスプレイを見続けているので目がイカれてきた。

未だに視力は1.5あるので遠方は見えるし近いものも見えるので老眼でもないが、酷使しているせいで確実に老化・劣化が進んでおり最近は小さい文字を見るのがしんどい。そして漫画を読むにあたって老化を突きつけられるというのもしんどい。

少なくとも私がリアタイしていた頃のマガジンは小さい文字あるいは手書きで色々と書き込むというノリがとても多かったように感じるが、今の私が読むには細かすぎる。小さな手書き文字は特に読みにくい。

志摩さんをロリ修正するより先に文字の大きさやフォントなどを電子用にしてもらえないだろうか。当時は紙に直接書いていただろうしそういう補正・修正が難しいのだろうが、眼精疲労フレンドリーなサイコメトラーEIJIが読みたい。



爆弾魔「時計仕掛けのリンゴ」

火薬メーカーの倉庫が襲撃され警備員2名が射殺、ダイナマイト500kgが盗まれるという事件が起きるが、事件から1ヶ月が経過しても捜査が進展しないとのことでエイジにサイコメトリーの依頼が来る。

探偵ものや推理もので捜査関係者が無能化されるのが常とはいえ、500kgのダイナマイトの所在が不明のまま1ヶ月が経ち、最後の望みとばかりに高校生が頼られるというシチュエーションは冷静に見るとやはり面白い。

結局この事件は「時計仕掛けのリンゴ」を自称するグループによる連続爆破テロへと発展していく。

犯人と思われる黒い人影がところどころで「おお〜きなのっぽの古時計 おじいさんの時計〜〜」とニヤニヤしながら口ずさむシーンが挿入されているのだが、犯人を知ってからそれを見るとイメージが合わず笑えてしまう。

ただ、本作の犯人はみな常軌を逸したテンションだったりおかしな呼吸音(呼吸法)やキモい口癖を伴って描かれているので、ニヤつきながら「大きな古時計」を口ずさむというまあまあの奇行であっても比較的滑稽さを抑えた表現といえる。


ダイナマイトの威力

作中では500kgのダイナマイトについて「高層ビルをふっとばすぐらいの威力がある」と説明されているが、実際にどんなものなのだろうか。

威力のほどを確認しようとYouTubeで検索したところ数十kgのダイナマイトを使った実験動画など、色々あった。しかしTNTを扱っていることの方が多く意外とダイナマイトは少ない。

そのうち、爆発の際にヘヴィメタを流すというエンタメナイズされた動画ではあるものの、2kgのダイナマイトを使用した実験動画を見つけたので貼っておく。

500kgの威力を知りたくて調べたのに例が2kgというのは参考にならなそうに思えるが、他の動画に比べて様々な画角や視点から撮影してあり、2kgでこんな破壊力のあるものが500kgも行方不明て!くらいの実感を持つことはできる。


時計じかけのリンゴ

当時は気が付かなかったが、紛れもなく小説・映画「時計じかけのオレンジ」からの引用だ。

「時計じかけのオレンジ」の原作者であるAnthony Burgessがコックニー(東ロンドンの労働者階級英語)にある"Queer as a clockwork orange"という言い回しからとったらしく、

Cockney phrase from East London indicating something bizarre internally, but appearing natural and normal on the surface.
Author Anthony Burgess appropriated the phrase for the title of his novella A Clockwork Orange.

Your Dictionary「Origin of Queer As A Clockwork Orange」

上記によれば「奇妙な内面を持ちながらも表面上は自然で正常に見える」「何を考えているか分からない(佇まいから読み取れない)」というようなことを指すらしい。

本作の犯人にかなりぴったりくる表現だ。

また、時限爆弾を用いたテロというところにも「時計仕掛け」がかかっているのだろう。


真犯人

本作における「時計仕掛けのリンゴ」とはグループ名であるが、構成員はコードネームが付けられており、主犯格は《アップル》と呼ばれている。

【極!合本シリーズ】サイコメトラーEIJI 1:pp.360-361/590

この《アップル》の正体はラストで志摩さんの昔馴染みである「沢木さわき あきら」と判明するのだが、正体が発覚するまでの沢木の扱いが他の容疑者と違っているためなんか普通に怪しい。

CASE 2にして早くも「金田一少年の事件簿」テイストが色濃く現れた演出が入り原作者が同じだと知らなければパクり疑惑すら浮かぶレベルだが、

【極!合本シリーズ】サイコメトラーEIJI 1:pp.322-323/590

そんなことよりも、容疑者の中で沢木だけ異様にコマが小さい。

沢木ほどのツラのいい男はしっかりとコマを割かれるのが順当だろうに、まるで端役の扱いだ。

再読とはいえ断片的な記憶しか残っておらずどんな事件で誰が犯人だったかというような情報はすっかり忘れているので、ちゃんと事件を楽しみながら読んでいる。

しかし「ほら、布袋とかコワそうでしょう?西巻も気弱に見えてなんかやりそうだよね?女性二人もきっとなんかあるよ〜〜?あ、沢木はそんなに注目しなくていいです」と言われているようだ😂

別のページでも沢木だけ顔が隠れている。

【極!合本シリーズ】サイコメトラーEIJI 1:p.325/590

pp.322-323のコマの小ささはまだしも「目の隠れている人物を怪しめ」というセオリーがあるくらいなので、p.325の沢木は「私が犯人です」というプレートを首から下げているともいえる。

立ち位置的に隠れるのが順当ではあるが、調整して全員の顔が見えるように描くこともできるはず。つまりあえてそう描いていて、ちゃんと意図があるはずだ。

沢木はかなり協力的で、優秀だが人間味のあるキャラクターとして描かれ、さらに「亮子(志摩さん)のことが好きなんだ……」みたいな色恋沙汰にまで絡んでくる。

ぽっと出なのにメインキャラ側に色恋で絡んでくるめちゃくちゃいい奴なんて怪しさしかない。

初めから沢木が犯人だとバレても構わないからそうしているのか、それとも沢木を読者の犯人予想から除外するためなのか分からないが、少なくとも私にとっては「犯人こいつじゃん」と思える演出であった😂



引用:ハンニバル・レクター

沢木は「時計仕掛けのリンゴ」だけで終わるキャラクターではなく、これ以降も準レギュラーくらいの立ち位置で度々関わってくる。

逮捕後の彼が囚われているレンガ造りの留置場のような場所や彼らの位置関係は間違いなく「羊たちの沈黙」をオマージュしたものであり、ほとんどそのまま取り入れられているので「ちゃんとサンプル・クリアランス取得してますか?」と心配になるほど。

留置場の入り口から目的のセクションに行くまでの通路で他の囚人たちから卑猥な言葉を投げかけられるのも「羊たちの沈黙」と同じである。
(牢に入った囚人の前を通る時は他の作品も大体一緒だが)

【極!合本シリーズ】サイコメトラーEIJI 1:pp.555-556/590
左2枚「羊たちの沈黙」/右2枚「レッド・ドラゴン」


「人格より役割」の不満

ハンニバル・レクターシリーズからの引用はファンとしてとても喜ばしく、どんどんやってほしいのだが、拗らせているファンとしてはどうしても納得しかねる点がある🫤

このCASEの終盤、沢木が真犯人と判明するもののアクティベートされたままの時限爆弾が残っていて、赤と青のワイヤーの切断を迫られるというお決まりのシーン。

口を割らない沢木をエイジがサイコメトリーし、爆弾と共に監禁されていた裕介へ電話越しに切るべきワイヤーの色を伝えるのだが、実際はサイコメトリーでは正解の色を読み取れていない。

読み取れなかったエイジは裕介に切断するワイヤーを伝えるふりをし、切断が完了したと思い込んだ沢木がうっかり勝利宣言してしまい、それを聞いたエイジが正解のワイヤーの色を伝えて無事爆弾解除という流れで解決に至るのだが……

【極!合本シリーズ】サイコメトラーEIJI 1:pp.539-540/590
【極!合本シリーズ】サイコメトラーEIJI 1:pp.541-542/590

作中におけるハンニバル・レクターともいえるような人物をこんな間抜けの小物犯罪者みたいな扱いにしないでほしい笑

これ以降の沢木は「刑事である志摩さんのことさえ長年騙し通してきたソシオパスかつ天才心理学者」として君臨していくというのに……
なんかザコっぽいよ!笑

そしてエイジもサイコメトリー能力こそ持っているが、あくまでただの高校生である。
心理戦では百戦錬磨らしき設定の沢木を騙せるほどの演技力を持ち合わせているような描写はない。

なにせ初対面の志摩さんにサイコメトラーだとバレるような言動をしているのだから、むしろ「振る舞いに出やすい」方で前振りがされていると言える。

それなのに、親友である裕介の命がかかったタイムリミットまで数十秒のところで一か八かのブラフを張るという凄まじい肝の据わりようと冷静さを見せた上、サイコメトリー直後で臨戦体勢のはずの沢木を騙すほどの演技をし、そして沢木も沢木ですっかり騙され、愚かにも「ぼくの勝ちだな」などと口にしているのだ。

このエイジと沢木の描かれ方は私の苦手な「人格より役割を優先させた描写」と言えると思うが、エイジの主人公補正や沢木が油断して負けたことよりも負けてからのセリフの方が酷い。


……初めて知ったよ
ゲームは負けがあるから面白いんだな?
最高にエキサイティングなポーカーゲームだった…

沢木 晃


うるっせえ〜〜〜〜〜〜😫

「最高にエキサイティングなポーカーゲームだった…」じゃねーんだが〜〜????
ザコみたいな負け方した分際で浸ってんなよ〜〜〜〜
起爆するまで沈黙貫いて涼しい顔しとけ〜〜

とはいえ、沢木はレクター博士とものすごく似ている。

本家「レッド・ドラゴン」のレクター博士は精神科医としてFBIに携わり、沢木と同様に自身が真犯人である殺人事件の捜査に協力、いよいよ正体に気付かれたと判断した瞬間に躊躇いなく主人公であるウィルの腹を切り裂く。

自分を追い詰めたウィルに対して敬意を払い笑みさえ浮かべながら、嬉しそうに"Remarkable boy. I admire your courage. I think I'll eat your heart."と呟くが、この時のレクター博士も勝利宣言(I think I'll eat your heart.)をしたものの隙を突かれ逮捕される点が同じだ。

しかしレクター博士は時に怒りを滲ませるほど自身の敗北を真摯に受けとめているし、間違っても「最高にエキサイティングなポーカーゲームだった…」などという自己陶酔と負け惜しみの入り混じったような安いセリフを吐いたりしない。

もっとも、この「ポーカーゲーム」というワードは、真犯人だと露見した沢木が「"クライム・イズ・ライク・ポーカーゲーム犯罪はポーカーのようなものだ" ──1954年に処刑されたボストンの爆弾魔 J・S・ハミルトンの言葉だ。この意味がわかるかい?亮子……」と志摩さんに向けて語りかけていたのをラストに拾い直したものである。

本項目の「納得しかねる」は半分冗談・半分本気だが、ハンニバルをモデルにしたキャラクターにその辺の犯罪者がナルシシズムに浸って発したような平凡な言葉なんかを引用してほしくない😂

他者の命を弄ぶことや犯罪をゲームやギャンブルに例えるなんて、悪役として「普通」すぎる。

(その辺の犯罪者が、と書いたが文法的にCrime is like poker game.ではなくCrime is like a poker game. とするのが正しい気がするし、J・S・ハミルトンなんて名前の爆弾魔を検索してもヒットしないし、架空の人物かもしれない)

実力に見合っているがプライドが高く支配的で、周りの人間を弄んで暇つぶしをするような人物という点ではレクター博士と沢木は非常によく似ているが、ハンニバルという(それこそ架空の)人物を理想化・神格化してしまっている私のような拗らせファンからすると、沢木はあと一歩のところで小物感が出ているように感じてしまう。


ウィル=エイジ/ウィル+クラリス=志摩さん?

沢木に対する理想の押し付けはこのくらいにして、軽めに別の比較もしてみたい。

ハンニバル・レクターシリーズ内でも原作小説・映画・ドラマで登場人物の性格や登場人物同士の関係性、ストーリーが異なるのだが、沢木のみならずエイジと志摩さんもレクターシリーズに置き換えることができそうだ。

1981年刊行の『レッド・ドラゴン』の主人公であり、異常犯罪の専門家。特にプロファイリングについてはFBI内部でもよく知られており、FBI特別捜査官ジャック・クロフォードのチームに所属する。ハリスの創作した代表的な人物であるハンニバル・レクターを逮捕した人物であり、直接登場しない続編『羊たちの沈黙』によればアカデミーでも伝説的存在として知られている。

優秀なプロファイラーであるがゆえに犯人へ必要以上に同調する問題を抱えており、精神病院への通院歴がある。この設定は、2013年のテレビドラマ『ハンニバル』で特に重要な要素として扱われている。事件そのものについては一切の証拠を残さなかったレクターが捕まったきっかけも、彼の遊びを無意識に読み取って正体に気付いてしまったためである。

Wikipedia「ウィル・グレアム」

レクター博士を逮捕に追い込み、また驚異的な能力によって殺人鬼たちの心理を読み取り・再現するという点でウィル・グレアムとエイジは共通しているし、レクター博士に情を持たれ特別扱いされている捜査官という意味でクラリス・スターリングと志摩さんに共通点がある。

ウィルは後にエイジが苦しむことになる「能力の使用が本人の身体や精神に悪影響を及ぼす」という点でも似通っているが、優秀なプロファイラーという点では志摩さんとも似ている。

「サイコメトラーEIJI」は1996年〜2000年の作品で、
映画「羊たちの沈黙」は1991年、
映画「ハンニバル」は2001年、
映画「レッド・ドラゴン」は2002年、
ドラマ「HANNIBAL」は2013年〜2015年の公開。

原作小説からも取り入れているのかもしれないが映画からの引用は「羊たちの沈黙」からのみだ。映画の公開から数年のうちに本作の連載が始まっているが、当時の読者の反応はどんな感じだったのだろう。

沢木の小物感については少々不満に思っているが、大人になってから改めて読んでみると猟奇殺人鬼や心理戦が大好物な私にとってはレクターシリーズがコミカライズされたようでもあり、本作の存在は僥倖といえる。



おわり

2つめの事件でそこそこの大物を登場させるというのは結構思い切りがいい……と思ったが、漫画界では割と定石だったりするのだろうか。

やはりいい作品には魅力的な悪役がいないと張り合いがないし、前述のような理想の押し付けこそしたものの、沢木が出てくる回は結構わくわくする。

端正な顔立ちの犯罪者というのはなぜかいつの世も一定の人気を誇り、信奉者さえ生み出したりするが、沢木はまさにそんな感じのタイプだ。

のちに登場する際も結構ナルシシズムを感じさせ、気だるげで、アンニュイで、ミステリアスっぽさを漂わせ過ぎている感はあるが、漫画作品ではそれくらいキャラがついていた方がいいのかもしれない。

現在、後半まで読み進めてあるが、引き続き彼の動向が楽しみだ。

それにしても一度最後まで読み終えているはずなのに「メビウス」と「心頭滅却すれば火もまた涼し」以外何も覚えていないとは……当時の私に猟奇殺人鬼という概念の理解は難し過ぎたのかもしれない。



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