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短篇小説「あの人にあいたいの~入れ替わり~」2/3

それ程長い年月ではなかったけれど、私たちは気もピッタリ合っていて、すでに一つの形を成したいい夫婦だったように思う。
初めは気負ってそれぞれの生活を尊重しすぎていたけれど一度大きなすれ違いを経験して、ああこれではダメなんだ、ずっと一緒にいたいなら、素直にずっと一緒にいなきゃダメなんだって思いなおして、そうして同じ時を過ごしてきた。
あの人が心から好きだったから、笑ってる顔がまるで砂糖菓子のように思えた。だから、ずっと見ていてあきなかった。もうそれも出来ないんだ、と思うと残念だけれど、悔いはなかった。
「いろいろと思うところはあるとは思いますが」
係員が同情して声をかけてくれる。
最後に誰にあうのか、ということだけれど、もう頭に浮かんでることがあった。
記憶って不思議なもので、自分の影のようにずっと離れないで、驚くほど鮮明さを保ってるものがある。
それで、旅立つ前にあって確かめた人がいた。

「クリスマスにね、学生のころよ。ワインとピザが食べられる店で彼と食事をしたことがあったの」
係員には唐突だったかもしれないけれど、きっと心は読めているはずだから大丈夫と思って話し始めた。

探偵が主人公の彼好みの映画を観たあとだったので、私たちはその話をしていた。
小さなジャズバンドがクリスマスツリーの隣で生演奏してて、特別な雰囲気があった。
そのうち隣の席にやはりカップルがやってきてグラスを傾けてた。
彼には見えなかったと思うけれど、私にはそのカプルがよく見えた。
ふたりとも素敵だった。特に女性が私の目をひいた。
髪型もカーディガンもとてもオーソドックスで、そのシンプルさがゆるぎなさを感じさせた。
お店にいる間私はとても幸せに過ごしたけれど、ただ、その女性のようでないことが気にかかった。
この店のこの地点から私とこの人はある角度をもって永遠に遠ざかってゆくのだと思えて気がめいってしまった。
この人ほど強く美しければ、彼をもっと幸せにしてあげられるのではないかともどかしかった。
今会うの、その人ですか?と親族が私を非難するとは思うけれど、私はその人のその後の人生がどうしても知りたかった。
最後の願いがそれだった。

「わかりました」
係員はそう言いながら書類に何かを書き込んだ。
私は、別れを告げるために夫を探した。
見つけると、一歩一歩近づいていって彼をまじまじと見つめた。
それから彼を抱きしめてその感触を心に刻んだ。
ありがとう、大好きだったよ。
また必ず会えるから。

私は船着き場に並ぶ人たちを眺めながら座っていた。
「船はもうすぐでます」
アナウンスが流れる。
少しずつ前進する人々を私はぼんやりと見送っていた。
すると慌てた様子で人をかき分けてくる係員が見えた。
「もう一度、こちらに来てください」
と言われて先ほどのベンチに戻った。
「あなたがあいたいと言った女性はですね、あなたの事故の相手の車に同乗していたんですよ」
「まさか」

つづく
⁑「あの人にあいたいの~入れ替わり~」3へとつづきます。
そして『異界の標本』にまとめてゆきます。⁑

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