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中3理科 電流が流れる水溶液

 先日は教育実習の振り返りを行う授業に参加しました。中学校に行った実習生が,3年生「水溶液とイオン」の中の「電流が流れる水溶液」の授業を行ったそうです。ここは化学分野でも最後の難所,理解が難しいところです。そこで,私なりにもう一度中3の理科の教科書を読み直し,単元内容をまとめてみました。

A 電解質と非電解質

 まず,いろいろな水溶液に電極を入れて,電流が流れるかどうか実験します。また,電極付近の変化をよく観察させます。水溶液にすると電流が流れる物質を電解質,水溶液にすると電流が流れない物質を非電解質に分類します。そして,次のような問いに導きます。

電解質の水溶液に電流が流れているとき,どのような化学変化が起こっているのだろうか。

B 電解質の水溶液に電流が流れているときの変化

 まず塩化銅の水溶液に電流が流れているときの炭素電極や水溶液の変化を観察します。陽極に発生するのは塩素,陰極に付着する物質は金属の銅であることを確かめます。この化学変化は以下のように表現されます。

塩化銅 → 銅 + 塩素

$$
CuCl_2 → Cu + Cl_2
$$

 次に塩酸の電気分解をします。十分な電圧をかけると,陰極から水素が,陽極から塩素が出てくることを確かめます。これを以下のような化学反応式で表現することを学びます。

塩化水素 → 水素 + 塩素

$$
2HCl → H_2 + Cl_2
$$

C 電解質の水溶液と電流

 中2の「電流の正体」の中の「電流と電子」において,金属に流れる電流の正体は電子の流れであると学習しています。しかし金属や炭素棒に電流を流しても化学変化は起こらないけれども,電解質の水溶液には化学変化が起きます。このことから,金属と水溶液では違うしくみで電流が流れているのだろう,と推測しています。

 ここで,どんなしくみで電流が流れるのか,皆で話し合います。教科書には「電解質水溶液に溶かした物質は+とーの粒子に分かれるのではないか?」とか「+の粒子は陰極に,ーの粒子は陽極に動くのではないか?」といった意見が,漫画の吹き出しの中に書かれていますね。

電解質水溶液に電流が流れる理由

 その後,こんなことが書いてある:食塩水は塩化ナトリウムが溶けた水溶液だけれども,この塩化ナトリウムは+の電気を帯びた粒子とーの電気を帯びた粒子からできていて,水溶液中では2種類の粒子が散らばる。この電気を帯びた粒子を陰イオン陽イオンと呼ぶのだと教える。電解質が水の中で陰イオンと陽イオンに分かれることを電離と呼ぶ。

 結論としては,電解質水溶液は水中で電離し,イオンが電気を運ぶため,回路には電流が流れる。これが次の「原子とイオン」につながっていきます。

何が難しいのか

1 化学反応式の解釈

 教科書では2つの化学反応式を並行して記載しています。一つは物質名だけを矢印で結んだ「物質名反応式」で,もう一つは記号で表した化学式を使った式です。ここで何が難しいかというと,どうして塩化水素が$${2HCl}$$,水素が$${H_2}$$,塩素が$${Cl_2}$$というふうに置き換えるのか,その理由がよくわからないということでしょう。

 同じことは中2のときにやっていました。水の電気分解の実験では,水から水素と酸素の2種類の気体が発生したと認識させます。そのときは以下のような物質名反応式だけを教えていました。

水 → 水素 + 酸素

 これは実験前と実験後の物質を文字に置き換えたものなので,ここまでならなんとか理解できるでしょう。ですがその後,原子や分子の(少々退屈で長めの)講義が挟まり,酸化還元反応の話に入っていくのです。ここで原子・分子のイメージを持てなかった生徒は,化学反応式の意味がわからなくなります。つまり,中2でイメージを持てなかった場合,中3でもわからないままとなるのです。

 教科書では水溶液に電流が流れる理由について議論を行うことになっていますが,原子について何のイメージも持っていない場合,この議論はかなり厳しいでしょうね。ほとんど意見が出ないまま,時間だけが過ぎていくのではないでしょうか。

2 水溶液中における電流のイメージ

 もう一つ,結構難しいなと思った点があります。それは水溶液中で電流が流れることをどのようにイメージするかということです。教科書の説明(いや,教科書でははっきりと説明しておらず,漫画の人物が出した一つの意見)では,陰極に向かって陽イオンが移動し,正極に向かって陰イオンが移動すると説明されていますが,これは金属中の「電流」イメージとは大きく違います。

 電流と聞くと,どんなイメージを持ちますか?負電荷を持った電子が一方向に流れることであると考えないでしょうか?ところが水溶液中では正負の電荷を持つ粒子が,左右両側の電極に向かって両方向に移動するのです。

 もちろん,電線内で電子が一方向に流れるためには,正の電荷を持つ銅イオンが陰極で電子を受け取り,負の電荷を持つ塩化物イオンが正極で電荷を放出するという現象が同時に起こらなければならない。ですが「電流とは一方向の流れである」と強く理解していればいるほど,水溶液中の電流の理解が自分の中で妨げられるのを強く感じました。

 そうではなく,負電荷の流れる方向と正電荷の流れる方向は互いに逆方向であり,電流とは正電荷の流れる方向に定義されている,と理解した方がよさそうです。

 一度獲得した概念を一旦捨て去り,より正確な説明を受け入れるのは,とても難しいですね。

水溶液中における電流の「本当の」イメージ

 ただ,この電流のイメージを「非科学の極み」と強く主張する論文*もあります。確かに,大学の電気化学の視点から見ればごもっとも。

 電極に電圧をかけると,まず電極表面に電気二重層が形成され,コンデンサーのように電荷が蓄積される。この状態では水溶液中のイオンは電極の電荷からの力をほとんど感じることはできない。

 次に電圧が十分な大きさになれば電極付近のイオンが電極と電子をやりとりしてイオン濃度が変化する。この電荷の過不足を解消しようとして,イオンが溶液内を動く。その結果,電流が流れる。だから,イオンが動くのは電極のせいじゃない。

 ただ,正確にはそうなのかもしれないが,中学生に「正しい」説明はあまりにも難しすぎます。結局イオンが動くのだから,それが本当は電極とイオンの間の静電的な引力のせいではないとしても,そこは「正と負の電荷の間に引力が働くから」という非常に嘘に近い単純な説明をせざるをえない。この「単純すぎる説明」でも,中学生にはかなり難しいでしょう。

 教育というのは「正しいこと」を正確かつ丁寧に教えれば教えるほど,情報量が増えてしまってますますわからなくなります。あまり正確ではないけれどもまず最初に知る必要があることだけを,単純化して教えるということが,中学理科では必要なのかなと思っています。本質を教えるのは大学に入ってからで充分なんじゃないかな,と思います。

*渡辺正,電解の基礎,化学と教育60巻3号(2012年)114-117.

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