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「暗闇のスキャナー」という題でした

『スキャナー・ダークリー』フィリップ・K. ディック (著), 浅倉 久志 (翻訳) (ハヤカワ文庫SF– 2005)

カリフォルニアのオレンジ郡保安官事務所麻薬課のおとり捜査官フレッドことボブ・アークターは、上司にも自分の仮の姿は教えず、秘密捜査を進めている。麻薬中毒者アークターとして、最近流通しはじめた物質Dはもちろん、ヘロイン、コカインなどの麻薬にふけりつつ、ヤク中仲間ふたりと同居していたのだ。だが、ある日、上司から麻薬密売人アークターの監視を命じられてしまうが……P・K・ディック後期の傑作、新訳版

SFというよりパルプ・フィクション。ブコウスキーやバローズに繋がるSF。筋がめちゃくちゃだけど、あの頃のカウンター・カルチャーの一端を伺える。ジャンキー文学と言ったほうがいいかもしれない。

ディックの麻薬依存症体験を元に『電気羊~』の現実版みたいな作品。ジャンキーを追う捜査官がジャンキー化していく。ソニーのテープレコーダーの性能が凄いとかあと車のメカニックな話が日本の70年代から80年代。スクランブル・スーツは、映画『透明人間』に出てくるようなアイデアがあると思えば通信で画像も送れない世界だった。ジャンクSFの世界。

それともう一つ重要なのは、当時の東西対立の世界は、赤狩りによるスパイ潜入捜査があったことだ。ディックも被害妄想だったのか本当にあったのかその現実(幻想)がSFになっている。ドラッグ中毒であったのは間違いないんだけど。そのヒッピー文化と監視国家の対決が、オーウェル『カタロニア讃歌』(スペイン市民戦争)のあとがきを連想させるということ。オーウェルは無名戦士の名前を出さなかったのだが、その彼らに捧げられたルポルタージュだったと。ディックのこの小説もそうしたヒッピー世代の若者に捧げたルポルタージュだった。とにかく、「あとがき」だけは名文です。

最後に翻訳について。最初に読んだのはサンリオ文庫であとがき以外は何がなんだか良くわからなかった。まあ、ジャンキーなんだと思ったけど。サンリオ文庫は表紙が素晴らしくて、まったくそういう文学とは思えない表紙だったので、友達が借りたまま返してくれなかった。そして、創元社SF文庫は山形浩生氏の翻訳。ジャンキー文学ではバロウズなんか翻訳していたので適役だったのか、でも自分には「おれ」的な自我剥き出しの訳が合わなかった。このハヤカワは安定のSF翻訳家の浅倉久志さん。「わたし」に戻してくれて、晩年の作家が振り返るあとがきになっているのが良かった。

それと映画化されていたけど、いまいちだったような。


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