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カレイドスコープ (短編小説)

県道85号線の阿羅木町と下谷の境に洗川という川が流れている。
付近の用水を集めて流れているような小規模の川で、県道を渡す為古い橋が架けられている。
この橋の名前を長く知らなかったが、聞くと橋の袂にある沢木米穀店に因んだ沢木橋や米屋橋というのが周囲の住民の呼び名であるようだ。
米穀店の前には朽ちかけた長椅子が置かれていて寄合バスの待合所となっている。

百舌鳥が一羽、しきりに鳴いている。
何処で鳴いているのか、しかし独りで器用に鳴くものだ。
長椅子でギキキキと鳴き声を真似ていると下校途中の少年が怪訝そうに通りかかる。
手に奇妙な筒を持っているので訊ねたら学校で作った万華鏡だと言う。
見せるよう催促すると「こここんにちは!」と震える手で筒を渡す。学校でそのように教わっているのだろう。
手に取り筒を覗いてみる。
回転させる度赤と紫と青の三角形が妖しく曖昧に混じり合いくっついたり離れたり現れたり消えたりを繰り返すが子供が偏光や屈折率を計算して作る訳もないのであちこちで不規則に凸凹の三角形が乱立してただ気持ちが悪い。
回していると四十五度らへんで一瞬だけあの美しい三菱の形が現れる。方々で自堕落に転がっていた幾つもの不細工な三角形が急にMITUBISHI。
白地に赤の社旗が風にはためく。三菱護謨ごむという三菱グループの子会社を定年まで勤め上げた。鉛筆の端についた消しゴムを作る会社だった。
良質な護謨を求め何度もインドネシアへ渡った。
容赦ない亜熱帯の太陽、覚束ないジャワ語での会話、バナナの木の下での佐和子との出逢い、照れ隠しterima kasih。
哀しいものだ。絵空事のようなマントラの世界を覗いても、私には現実が思い出される。
我に返り万華鏡から目を離すと少年は何処かに消えていた。多分家に帰った。

百舌鳥がまだ鳴いている。
メモ帳に「百舌鳥の声 良く鳴く佐和子 白髪渡る万華橋」と記す。

次のバスはまだ来ない。


「Collideascope」 The Dukes Of Stratosphear

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