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朝の公園(短編小説)

タクシーにデュクシーとねられて入院した患者が寝間着のまま抜け出してまだ薄暗いベンチで煙草に火をつけると公園の一日が始まる。「カン専用」と書かれたゴミステーションから溢れる空のペットボトル。遊具の向こうで悠久の時を刻む老婆の太極拳。野良猫に囲まれた高齢男性は「野良にエサをやるなとか言うバカどもがいる、目の前の飢えたミーちゃんを救わないで何が愛護だ」と独り話す。コンビニの袋から餌っぽい何かを撒いた後、つられて寄って来た鳩を蹴散らしながら男は公園を何周かする。中央の広場に日が射し始め、ゲートボールですか?と聞くといえグランドゴルフですと死ぬほどどっちでもいい返事をしてくる老人達が集まりだす。楽しそうに娘夫婦や孫の話をしながら準備運動をする彼らの横を、コンビニの袋を持った同じ世代の高齢男性が上がらぬ片足を引きずりながら歩く。足が痛ければ立ち止まればいいのに、辛ければベンチに座ってしまえばいいのに、彼は止まろうとしない。彼の孤独な戦いは始まっている。日の当たるベンチに隣の病院の女性職員らが院内にあるコーヒーショップで買った何とかチーノを持って腰掛け、仕事前のひとときを過ごす。その隣で地獄の一夜が明けた救急研修医が院内にあるコンビニで買ったニンニクマシ何とかチーノを啜った後、連続勤務へなだれ込む。餌を貪り終えた研修医は容器をその辺に投げ捨て煙草に火をつけると深く、深く吸い込む。女性職員らが煙たがりベンチを後にする。遠くで鳴り始める救急車のサイレン。悪いのは誰なのか。煙の向こうにそびえ立つ白亜の巨塔、流れ出したAmazing Graceはゴミ収集車の呑気なメロディにかき消された。ゴミステーションの山は片付けられ、前の道路工事の警備員が公衆トイレに用を足しに行った9時21分、ドアをノックする音。「おはようございます山本さん、採血しますね」コンビニの袋を持った高齢男性が工事中の道路をダンプカーの影から渡ろうとしてタクシーに撥ねられるのが病室の窓から見えた。

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