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31番バスのりば (短編小説)

例えばいま目の前のバスに乗るとする。

31番のバスは背山のイオンを経由して植物園へと至るが5分後に来る53番の快速を花見坂下で降りると31番と同系統の30番に4分先回りして接続し花見坂下で30番に乗車後7分の勤労会館前で浜口団地方面左回りの9番快速に乗り換え3分の希望ヶ丘入口で下車48分歩くと31番より1分早く植物園に着く。


バスターミナルには乗りもしないバスが次々と入っては出ていく。行先は同じでも辿る道が違うせいでバスは別の数字を与えられ、14番は市民病院へ行くから井堀1丁目にも停まるとでも思ったか、と酷い仕打ちをうけることになる。広いターミナルの隅でアジア人女性が手元のメモ紙と行先案内板を何度も往復している。見かねた中年女性が声を掛けるが、あまりにもネイティブな発音の母国語に字幕のない字幕映画を観ている気分になる。「チョパセリテミ、ナカタミノカマテリ、ヤクーバラセンテ」「なか…ヤクバ?」「ヤクーバ」「ああ役場ね!」「ヤクーバ!」「役場だったら市役所とかいてあるのに乗ればどれも行くわよ。これ、この文字ね」中年女性はそう言ってアジア女性のメモ紙に市役所と書く。「ンパリ、ヤクーバラセンテ?」「そうよ、日本でも平日行くのはだいたい役場よ」ネイティブスピーカーアジア人女性が市役所を役場と呼ぶはずもなく、僕には笑顔でシェイクハンズする2人を止める術も謂れもない。異国の知らない役場の前で降ろされて、市民セミナーの料理教室に招かれたスパイスカレーの先生と間違われ役場の調理室へと連れていかれる運命とも知らず、アジア人女性は市役所経由の6番バスに乗り込んでいった。


長距離移動に疲れ果てた若い乗客が、洗い終わった洗濯物のように団子になって夜行バスから吐き出される。
空腹とすり減った精神を満たす為に、目の前の朝マックへと全員が吸い込まれていく。
その横で発車していく空港行きのリムジンバスの乗客はまだまばらで、サラリーマンが出張の気配をさせている。

街に朝が来ると、人がバスに乗る。
君が降りたバスと、僕が乗らないバスが何台も先のバスの左折待ちで渋滞するターミナル。
混む朝マック。


31番バスのりばから
植物園行きのバスに乗り、イオンで降りる。

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