たった一枚の写真から始まった夢を叶えるまでの不思議な人生の物語

はじめまして。 Quonと申します。 すべては、たった1枚の写真から始まりました。 沢…

たった一枚の写真から始まった夢を叶えるまでの不思議な人生の物語

はじめまして。 Quonと申します。 すべては、たった1枚の写真から始まりました。 沢山の出会いを紡ぎながら、夢の実現へとたどりついた真実の物語を綴っています。

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  • たった1枚の写真から始まった不思議な人生の物語

    私にはカンボジアのシェムリアップ(世界遺産で有名なアンコール・ワットの近くの町)でゲストハウスを開きたいという夢がありました。 その夢を抱くようになったのも、そしてその夢を叶えることができたのも、始まりはたった1枚の写真からでした。 この写真を基に、沢山の出会いと不思議な出来事を紡ぎながら、夢の実現へとたどり着いた真実の物語を綴っています。

最近の記事

17/こうして奇跡は向こうからやってきた!!

翌日、タンナがホテルまで迎えに来てくれて物件探しに出発です。 この頃のシェムリアップには不動産屋はなく、張り紙や人づてでの情報で貸し借りするのが一般的でした。 今では、オンラインでの契約も可能だそうなので、カンボジアの発展の早さは凄いなと改めて感じます。 さて、一軒目は、タンナの友達の両親が所有しているゲストハウスでした。 オーキデーを閉めたあと、タンナも一時このゲストハウスに常勤していたことがあったそうです。 その後プノンペンに帰郷して、前回私が皆んなを探しに来る

    • 16/初めて夢を語ったその先に待っていたのは、、、

      翌日、ゲストハウスでコーヒーを飲んでいる時に、チェックアウトを済ませたブルガリア人の旅行者と話をする機会がありました。 彼曰く、どこからの情報かはわからないけれど、シェムリアップからプーケット方面へのツアーが出ているとのことでした。 夜シェムリアップを出発すると、翌日の夜には着くというのです。 一緒にそのツアーを探しにエージェントを廻ることにしました。 この頃になると、なんだかタイの島に行く彼が羨ましくもなってきていたのです。 パンナに会いたい気持ちはあるけれど、見

      • 15/写真を片手に意を決して海を越えての大捜索が始まる

        翌日の早朝、アンコール・ワットを背景に昇る朝陽を見に行くことになりました。 これを見ずしてアンコール・ワットを語れません。 翌朝、行きがけに通りがかったドライバーを捕まえることに。 5時前にはゲストハウスを出発します。 外はまだ真っ暗です。 誰も歩いていませんでした。 そんななか、大通りに向かって歩いていると後ろから声をかけられました。 こんな時間に歩いているのは、サンライズを見に行く旅行者くらいしかいないので。 この時のドライバーに乗せてもらうことにしました

        • 14/ふたたびの世界遺産アンコール・ワットへの道

          帰国してからも、YingとKittiの結婚式なども含め、何度かタイに行くことがありました。 帰ってきたばかりの頃は、またタイに戻ろうと思っていましたが、いつの頃かそんな気持ちも時間と共に薄れていきました。 すっかり日本の生活にも慣れ、以前とそう変わらない生活を送りながらも、カンボジアで撮った写真だけを時々眺めていました。 ただ、必ずと言っていいほど、カンボジアの写真を見るとあの頃の気持ちが蘇ってきて涙がこみあげてくるのです。 何度見ても同じように涙がこみあげてくるので

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        • たった1枚の写真から始まった不思議な人生の物語
          13本

        記事

          13/温泉のある田舎町ラノーンで最後のタイ移住生活

          翌日、まず最初にしたことは、船で魚を捕りに行くことでした。 昨日の船に乗って5人で釣りに出かけます。 釣りといっても、ただ糸を垂らすだけです。 本当に釣れるのだろうか? 結局、2時間以上頑張ってはみたものの何も釣れませんでした。 仕方なく戻ると、Jeeがバンガローの前の岩場についている牡蠣に似た貝を捕っていました。 半自給自足状態です。 お客さんの来ない閑散期は、収入もないのでこうやって食べ物を得ているようでした。 それが終わると、バンガローの裏へ行ってココナ

          13/温泉のある田舎町ラノーンで最後のタイ移住生活

          12/大自然に囲まれたもう一つのチャン島でのスローライフ

          ある時、カンボジアで知り合った、プノンペンで金融業をされていた日本人の方と、バンコクの日本料理店に食事に行ったことがありました。 バンコクには大勢の日本人駐在員がいるので、日本料理店もそれこそ数え切れないほどありますが、私はあまり日本食を食べに行くことがありませんでした。 タイ料理が好きだったことや、日頃タイ人の友達と行動を共にすることが多くなっていたこともあり、たまに日本食が恋しくなった時に行く程度です。 そのお店も、その方に初めて連れて行っていただきました。 その

          12/大自然に囲まれたもう一つのチャン島でのスローライフ

          11/カンボジアの伝統的な結婚式は想像を遥かに超えていた

          シェムリアップにいた時に知り合いになった、なりた君という青年がいました。 東南アジアを旅していて、その後イタリアに料理の勉強をしに行くとのことでした。 彼はその夢を叶えて、今もイタリアでシェフとして活躍しています。 ある時、なりた君から一通のメールが届きました。 どうやら、ポイペトでたまたまレンに会ったというのです。 そして、私に伝えてほしいと言われたそうです。 レンの結婚が決まり、結婚式があるとのこと。 もし可能なら、ぜひ出席して欲しいとのことでした。 但し

          11/カンボジアの伝統的な結婚式は想像を遥かに超えていた

          10/ダイビングで有名なタオ島でのハッピーナイトライフ

          サムイ島からは高速のフェリーでタオ島に渡ります。 Simple Lifeは、タオ島の西側に位置し、遠浅で目の前の海に夕陽が沈むサイリービーチ沿いにありました。 今でもSimple Life Resortとして存在していますが、何度か経営者が変わり、場所も変わって立派なホテルになっています。 その頃のSimple Lifeは、ビーチに面してレストランがあり、その奥の敷地にダブルベットが一つだけ置かれ、バルコニーにハンモックが吊るされているバンガローがいくつか点在し、その他

          10/ダイビングで有名なタオ島でのハッピーナイトライフ

          09/バンコクが大都会だったということに気がついた

          バンコクへ帰る日が決まり、その前にパパさんの自宅で皆んなで送別会をしました。 この時は、ホンの奥さんと赤ちゃんも一緒でした。 生まれたばかりの可愛い女の子でした。 本当に楽しかったし、よく笑いました。 もちろん、写真も撮りました。 ただ、例のごとく夜は自家発電なので全体的に暗いから画質が悪かった。 そんなのも良い思い出です。 今思えば、初めてオーキデーを見た時も薄暗く感じて、泊まろうかどうしようかと迷ったことを思い出します。 疲れていたとはいえ、あの時他に行か

          09/バンコクが大都会だったということに気がついた

          08/シェムリアップでの忘れられない人生最高の夏休み

          今回はビザのためにタイを出国するのが目的だったので、一週間程度の荷物しか持って来ていなかったし、学校もそのままになっていたので、そろそろバンコクへ戻ることを考え始めていた矢先、9月いっぱいでオーキーデーを閉めることになったと聞きました。 ここは賃貸で、パパさんが持っている建物ではないとのこと。 経営が上手くいかず、大変なので辞めることにしたそうです。 それまでは、バンコクに住んでいればまたいつでも来れると思っていたのですが、ここがなくなると思うと寂しくなります。 ここ

          08/シェムリアップでの忘れられない人生最高の夏休み

          はじめましての『自己紹介』

          -Life is a Journey- 私の大好きな言葉です。 はじめまして。 Quonと申します。 私には、カンボジアのシェムリアップ(世界遺産で有名なアンコール・ワットの近くの町)でゲストハウスを開きたいという夢がありました。 その夢を抱くようになったのも、そしてその夢を叶えたのも、すべては1枚の写真から始まりました。 ここに書かれていることは、一部の個人名を除き、私に起こった紛れもない真実の物語です。 それは、当時弁護士事務所に勤めていた私が、昼休みにたまたま

          07/ここはどこ?ローカルアイランド・コン島での過ごし方

          翌朝目を覚ますと、雨はすっかり止んでいました。 ゲストハウスの玄関先の水も引いたようです。 だけど、乾いてはいないので思いっきりぬかるんでいます。 一旦外に出てみるけれど、本当に何もないザ・ローカルな島でした。 近くを一周りするも、あったのはカンボジアで主流のコーヒーショップのみです。 ビーチチェアのような、カラフルな色のビニールが全面に張ってあるリクライニングできるタイプの椅子が一方向に並んでいて、その先の大きなスクリーンにはドラマや映画が流れていました。 それ

          07/ここはどこ?ローカルアイランド・コン島での過ごし方

          06/プノンペンを経てたどり着いたのは知らない島だった

          あまりにも疲れたので、やっとの思いでシャワーを浴びるとすぐに横になりました。 すると、あかねがカメラがないと言い出します。 ベットの上に一旦荷物を全部出して確認してみるも、やはり見当たりません。 しかも、いくらか中身の位置が変わっているとのこと。 車内に荷物を置くスペースなんてなかったので、全員の荷物が荷台に積んでありました。 どうやら荷台に乗っていた欧米人の旅行者に取られたっぽい。 荷物のすぐそばに、ずっと同じ欧米人が座っていたのを彼女は何度か見かけていたそうで

          06/プノンペンを経てたどり着いたのは知らない島だった

          05/カンボジアのポイペトで驚愕の国境越え体験

          一週間程度の荷物をバックパックに詰めて、陸路で国境越えをし、カンボジアのシェムリアップを目指します。 カオサン通りの旅行会社でもバスの手配は可能だけど、朝カオサンに行くまでに渋滞に巻き込まれる可能性を考慮して、通称東バスターミナルのエカマイから路線バスでタイの国境の町アランヤプラテートまで行くことに。 朝8時頃のバスには乗れるようにエカマイに向かいます。 バンコクの東バスターミナルはBTSのエカマイ駅を降りてすぐ。 チケット売り場でアランヤプラテート行きのバスのチケッ

          04/世界有数の渋滞を避けてタイ語学校と賃貸物件探し

          バンコクでのホテル住まいの日数をなるべく少なくするために、早く学校を決めて部屋を借りなくてはなりません。 まず、最初にしたのが学校探しでした。 学校を決めてから、通える範囲のところに部屋を借りることにしたのです。 東京に住んでいた私からすると、最初は関係ないのでは?と思ったのですが、バンコクは世界でも有数の渋滞都市です。 ときに、100メートル進むのに1時間以上かかることだってあるのです。 だからこそ、BTS(高架式鉄道)の駅の近くか学校の近くでないと、通学するだけ

          04/世界有数の渋滞を避けてタイ語学校と賃貸物件探し

          03/思いもしていなかったバンコク移住生活の始まり

          なんとか準備も整い、バンコクへの片道航空チケットをゲットしました。 今はなくなってしまいましたが、当時の直行便としてはバングラディッシュ航空とインド航空が安かったので、インド航空の片道チケットを38000円で購入しました。 出発は、3月31日。 成田空港まで数人の友達と弟が見送りに来てくれることに。 この時期としてはめずらしく、行きのスカイライナーの中で雪がちらつき始め、見る見るうちに大粒の雪となって空を舞っています。 空港に着いた頃には、吹雪いて外がよく見えないほ

          03/思いもしていなかったバンコク移住生活の始まり