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せらぶぃ

『ビフォア・サンライズ』――邦題:恋人までの距離(ディスタンス)って映画をご存知ですか?

 アメリカ人の男とフランス人の女が旅先で出会い、夜明けまでの十四時間だったかを共に過ごす……ってだけの映画であります。

 この映画、好きなのでありました。

 ウィーンの石畳を歩き、教会やレコードショップに立ち寄り、公園の大観覧車に乗り、水上レストランや古いバーで楽しみ、奇妙な占い師に出会ったり、ボートに寝転がっていた男に即興の詩を書いてもらったりしながら二人は二人の距離を詰めてゆくのでありますが、僕にとっていちばん印象的だったシーンが川辺の詩人とのやりとりだったりするのであります。

 夜、二人が川辺を歩いていると、よれよれのシャツに黒ジャケットだったかを羽織った、やつれているけど二枚目の、でもどこか崩れた印象のある男が二人に、「なんでもいいから言葉をくれよ」みたいなことを言うのでありました。
 フランス人の彼女は「ミルクセーキ」という言葉を提供します。
 すると黒ジャケットの男はすらすらと、くしゃくしゃの紙に詩を書き付けて朗読し、彼女に手渡すのでありました。
 アメリカ人の彼氏は呆れながらも同時に面食らい、お礼のマネーを差し出します。
 詩人はマネーを、少し照れたような、いくらか悪戯っ子のような表情で受け取り、二人を祝福し、そして確かまたボートに横たわったんじゃなかったかな。

 この黒ジャケットの男。

 こんな詩人に僕もなりたい、とか、かつてそんなふうに思っていました。

 かつてはアメリカ人の男側の、つまりは世界の内側を生きている人間でありましたからね、僕も。なので、世界の外側を生きていそうなマジカルにしてミステリアスなポエットに憧れたんだと思います。

 今、歳をとり、世界の外側を生きています。だからでありましょうか、詩人の目で僕は、若き刹那を眺めたりもするのであります。一夜の永遠は、ひどく切なく愛しく映るのでありました。

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 取り立てて目立った事件の起こらない一夜、その永遠性みたいなものに自らの来し方をいくらかダブらせてみたりもするのであります。

 せらぶぃ、ってことでありますかな。


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