読書感想文(378)恒川光太郎『白昼夢の森の少女』


はじめに

こんにちは、笛の人です。
読んで下さってありがとうございます。

今回は読書会で紹介された短編集を読みました。読書会では自分がこれまで読んだことのなかった本に出会えるのが嬉しいです。

尚、今回はかなりがっつり感想を書いたので、物語の内容にも触れます。
推理小説ではないので内容を知ってから本を読んでも楽しめるとは思いますが、ネタバレが嫌な未読の方はご注意下さい。

感想

とても良かったです。
短編集なので一つ一つについて書くとキリがないのですが、特に良いなと思った「焼け野原コンティニュー」を中心に感想を書こうと思います。

「焼け野原コンティニュー」について。
まず最初にいいなと思ったのは、主人公が、自分が何者かわからないまま、やがて行くべき場所を求めてとにかく進むところです。

「とにかく先に進むことだ。少しずつでもいい。やがて己の行くべき場所がわかるだろう」

P33

この主人公の境遇に自分を重ねつつ、読み始めました。
序盤に、主人公が「豪雨を避けたことが嬉しかった」という描写が出てきます。
豪雨=降りかかる災難を一時的に逃れたからといって、現状の問題が解決するわけではないし、仮にずぶ濡れになっても後に晴れればいずれ乾いて元の状態に戻ります。けれども、一つ何かを達成できたことが確かに嬉しい。ここにも共感できます。でも、豪雨を避けたことを喜んで終わりではありません。そこから、自分が何者なのかを求めて歩かなければなりません。

次に、記憶の断片について。
無意識に流れるアイドルの音楽、誰かわからない子供の記憶。
これらはかつての主人公にとって大事な思い出ですが、今の主人公とは無縁なものでもあります。
『山月記』の一節が思い出されます。

一体、獣でも人間でも、もとは何か他ほかのものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?

終盤、主人公は自分が死ぬたびに復活すること、その度に記憶を失うことに気づきます。
そして、自分の娘が死んでしまったことも思い出します。辛い思い出ですが、同時に子供との大切な思い出でもあります。
しかし主人公は、この思い出を忘れることを選びます。忘れるために、自殺し、次の記憶を失った自分に対して「失われた過去を探るな」と手紙で伝えます。
これが良かったのかどうか、何を基準に言えるのか私にはわかりません。
けれども、辛い思い出と一緒に大切な思い出が失われたことは事実です。
確かに、私達は沢山の思い出を忘れながら生きています。大切な思い出というものは虚構であって、忘れてでも前を向いて今を懸命に生きることが大切なのでしょうか。

この点について、本文ではシャレードとして、焼け野原に草が生えている描写があります。災厄の後、過去の痕跡が全く無くなったとしても、また生命が芽生え、時が経てば何事も無かったかのように元に戻る、或いはあるべき形となる。
そしてまた、何らかの理由でまっさらになるのかもしれません。
我々が生きているのは確かにそういう世界であって、ビッグバンの前に世界がどうであったのかは知る由もないし、遠い未来に宇宙が縮小していった時にどうなるのかもわかりません。
けれども確かに、生命は自分の記憶にある範囲の中で考え、今を生きています。だから、前を向いて進むのが良いのかもしれません。いや、良いかどうかはまた別の話か。

途中、「死の風」というのが出てきますが、これは戦時中における爆弾と、生きることの偶然性と同じだと思いました。焼け野原というのも戦争と重なります。
そう考えると悲惨な記憶を消してしまうのは確かに楽だけど、良いことではないような気もします。
でも、自分だって戦国時代の戦の辛い記憶なんかは全然ピンときません。第二次世界大戦くらい最近の話なら教科書にも載っているので想像できることもありますが、同じく多くの人が亡くなったであろう戦国時代の人の死、平安時代に流行した疫病による大量死も、自分が悲しいと思えるところまでシンパシーを持つことができません。1000年後には、第二次世界大戦も歴史的事実の一つとなってしまうのでしょう。となると、辛い記憶は忘れて前を向いて生きていくべき、というよりは、実際のところ我々は辛い記憶も楽しい記憶も忘れながら生きている、と言えるでしょうか。

辛い記憶を消すという点については、途中で出てくるおばさんが印象的です。
災厄の起こった時の記憶があるおばさんは「あたしゃ死んだ方が良かったと思うよ」と言います(ただし、それでも生きようとしているのも注目するべきですが)。これに対して記憶のない主人公は、「あまり賛成したくなかった」と思います。記憶が戻った後、主人公は自殺する時に復活することを見込んでいるので、最終的に「死んだ方が良かった」 と思っているのかはわかりません。自分に宛てた手紙に「がんばれ。希望を捨てるな」と書いているので、やはり生きること自体には前向きなのかもしれません。でも、記憶を維持したまま生きることには耐えられなかったのは、ある意味死んだ方がマシと思ったのかもしれません。

最後に、この手紙を読んだ主人公は次のように思います。

「とにかくまずは、進むことだ。少しずつでもいい。いつかは行くべき場所がわかる」

P62

一見、冒頭と同じ台詞のように見えて、よく比べると少し違います。特に印象的なのは最後の一文です。冒頭では「やがて己の行くべき場所がわかるだろう」と推量を伴っているのに対し、最後の方は「いつかは行くべき場所がわかる」という言い切りの形に変わっています。
過去の自分からの手紙が主人公を勇気づけたのか、失った記憶の断片が心の奥底で作用したのかわかりません。いずれにせよ、日々忘れ続けている小さな記憶が、より主人公を前向きにしたということなのではないかと思います。

と、ここまでが「焼け野原コンティニュー」の感想となります。
最後に他の作品についてもいくつか言及しておきたいと思います。

他に印象に残ったのは、まず表題作の『白昼夢の森の少女』です。
感想を書くのが難しいのですが、一つ一つの心理描写に共感できる所が多かったです。これは、緑人という存在が一即多多即一であるため、最近勉強して影響を受けている仏教の考えに近い所が多かったからかなと思います。
もう少し深読みできそうだったのですが、今の自分には難しそうでした。

次に、読書会で紹介された『銀の船』について。
主人公は最終的に船に乗ったことを後悔します。
この究極の選択について、少し考えてみました。
選択というのは決定した時点でその後の道にしか選択肢がありません。例えば就職について、一度就職したら転職することはできても、就職したことを無かったことにはできません。
故に選択肢を狭める選択には慎重にならねばなりません。
「銀の船」は究極的に選択肢を狭める選択です。だから主人公は後悔することになりました。
また、このお話は「人生のゴール」という考え方を見つめ直すきっかけにもなると思います。
「人生には理想の状態があって、その状態になるために逆算して行動する」という目的論的な考え方があります。
もし銀の船の生活が本当に人生のゴールならば、船に乗ることは正解になるはずです。しかし、主人公にとってはそうではなかったようです。
これは意外と身近にあると思います。
例えばお金持ちになりたい人がいるとします。
お金持ちになってみないとお金持ちの生活を実感はできませんが、意外と退屈かもしれません。(ただ、お金持ちになることは選択肢を広げることになるので、その点では良いことです)
こういった問題点の解法はいくつがあるのでしょうが、最近よく言われるのは「足るを知る」ということでしょう。
また、仏教的に言えば「真我」に目覚めることも一つの解法だと思います。
私は後者を採用しています。人生のゴール設定というのは定義からして自分の人生のスケールに収まる目標設定しかできません。
と、ここまで書いて、めちゃくちゃ脱線していることに気づきました。
本文に立ち返ると、主人公は銀の船を発見する少し前に「生まれてくる命を犠牲にしてまでやりたいことや目指していることがあるかといわれれば、何もない」と考えています。また、船に乗った後に後悔する時には家族のことを思います。
だからその、つまり、なんなんだろう。えーと、普段から自分の人生についてよく考えてみよう!ってことかなあ、うん。
この辺りは今後の課題とします。
あ、あとそういえば、この「銀の船」と「焼野原コンティニュー」に共通するのが「あるべき自分」「本当の自分」というものを想定していることが気になりました。これは作者の問題意識の表出なのでしょうか。他の作品をもっと読んだらわかるかもしれません。
この本に収録されている「海辺の別荘で」や「オレンジボール」は変身譚であることも、自分とは何かという本質を探る問題意識の表出かもしれません。
「相」は「体」から生じて可視化されたもの(或いは視ているもの)に過ぎない、という話を先日読んだ『維摩経』の本で学んだばかりですが、変身譚を読む時には一つの読む指標になりそうな気がします。
ここまで思うままにつらつらと書いてきましたが、多くの作品に何となく仏教的な思想が通底しているように感じました。今自分が学んでいるから結びつきやすいだけかもしれませんが……。

最後に、全体的な印象として、文が短くてとても読みやすいと感じました。
まるで童話や詩を読んでいるような心持ちで読むことができ、そのリズムが独特の世界観を成立させているように思います。
普段、文体の力というのはあまり意識しないのですが、珍しく文体が気になる本でした。

おわりに

思っていた以上に長くなってしまいました。
いつも通り脱線しまくりの何が言いたいのかわからない感想文ですが、いつもよりはちゃんと書けたような気がします。

やっぱり誰かにオススメされた作品は面白いことが多いです。
この作者は他の作品も気になるので、近いうちに読んでみようと思います。

ということで、最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


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