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孤独について【Do研究会】

孤独について 河邉宏太

先日ゲスト講師に行った時に仙川駅で降りて、それは朝の8時頃、通学の時間帯で、駅のすぐ近くに桐朋高校があったから高校生がたくさんいた。僕は不意に高校生の生活の営みに釘付けになって、未だに普通の高校生活を送る人々へのコンプレックスが残る自分を発見した。そのとき、僕は孤独だっただろうか?

天気が良くて、暑いくらいの良い晴れ空だった。僕は普段だらしない生活をしているから、朝の8時にジャケットを羽織ってしゃんとして外にいるなんて、とても稀なことだった。久しぶりに僕を抱擁した朝の日差しはとても暖かくて眩しくて、柔らかい時間が流れているのを確かに肌に感じていた。

活気のある高校生たちが横断歩道を渡り、黄色い帽子を被った小学生たちが手を上げてそれに続いていく。絵に描いたような懐かしい景色がそこにあった。僕も横断歩道を渡り、その美しい景色に参加していた。子供たちが背負うランドセルは、僕の記憶にあるその景色より、少し、カラフルだった。

歩くスピード、歩く向き、みんなそれぞれ違っていて、確かにそれは生活だった。僕は小学生たちと同じように若葉小学校に向かっていたけれど、僕は一人の大人としてその場所へ向かい、小学生たちとは少しだけ行き先が違った。友人と半年間計画していたゲスト授業がやっと実現すること、7年ぶりの給食でカツカレーが食べられること、休み時間に校庭で遊ぶ時間があること、僕はこれから始まる今日について思いを馳せながら、通学路を歩いていった。僕はそのとき、いい気持ちだったはずだ。

みんな、それぞれの時間を歩いて、それぞれの生活を過ごしていた。僕は朝ごはんを買うのにコンビニに入った。僕がおにぎりを選んでいると、隣で制服を着た高校生が仲良く喋りながら飲み物を選んでいた。それは些細で日常的で明るくて、幸せな瞬間だった。それを見た僕は、孤独だっただろうか?

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