「サブタイトルはいらない」(by 鈴木敏夫)その1

「空をゆく巨人」にはサブタイトルがない。よくいろんな人に指摘されるけど、おかげでどんな本かさっぱりわからない。だから、実は出版の直前まで、なにかサブタイトルをつけたほうがいいだろう、いや、絶対つけようと思っていた。

自分のなかで候補にしていたのは、「現代美術のスーパースターと9,9000の桜を植える男」。長いサブタイトルだけど、「蔡國強」とか言ってみたところで、知っている人は限られるだろうし、蔡さんだけじゃなくて、志賀さんのこともタイトルにこめたいし・・・「いわき」というと、いわきに限定されてしまうし、と悩んだ末に考えたのがこれ。

長すぎる? いいのいいの、ノンフィクションには長いサブタイトルついてるもの多いし。思いっきり、わかりやすくなちゃ! てなわけで、よし、これでいくぜ!と思っていた。9月の終わりの、ある夜までは。

そのちゃぶ台をばーんとひっくり返したのは、スタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫さんである。鈴木さんにはもともと帯の文章を頼んでいた。いま本を持っている人なら知っていると思うのだけど、鈴木さんは、わたしが子供の頃から本当に近所に住んでいる。だから、帯を頼んで数日経ったある日曜日の夜、鈴木さんがふらっと家ににやってきた。

残念ながらその時わたしは不在だったが、鈴木さんは話したいことが炸裂しているらしく、わたしの夫を相手にして色々と話して帰っていったようだ。30分ほどあと、わたしが家に戻るなり、夫は「いま鈴木さんがきたよ。色々言ってたけど、サブタイトルを取れだって」と、聞いたばかりの話をものすごいダイジェスト教えてくれた。

へ? サブタイトルをとれ? なんのこと?
わたしはやや混乱しながら、鈴木さんの自宅に向かった。すると、鈴木さんは不在で、事務所「レンガ屋」にいることが発覚。そこで、わたしもすぐに「レンガ屋」に向かった。

ソファーに座った鈴木さんは、「空をゆく巨人」のゲラを見ていた。

「面白かったよ。二日間で読んじゃったよ」と聞いて安心したのもつかの間、すぐに発せられた一言は、爆弾だった。

「ねえ、この本を売りたいの?売りたいならサブタイトルをとったほうがいい」

えー!急になんで!? せっかくわかりやすくしてるのに・・・。とわたしは激しく動揺した。しかし鈴木さんは一切の迷いのない調子でいう。

「人はわかりにくいものに惹かれるんだ。ん、これなんだろう?と思わせることが大事なんだよ。せっかくこんなに雰囲気のあるいいタイトルなんだから、わかりやすくしたらもったいないよ」

な、なるほどー! 鈴木さんは稀代の映画プロデューサーである。その意見は貴重なものだ。それでも、わたしはまだ迷っていた。だって、わかりにくかったら、書店で誰も手に取らないんじゃないかしら・・・。それをすぐに見抜いて、鈴木さんは言った。

「サブタイトルで説明をするのは、自信がない奴がやることだよ。ねえ、『風の谷のナウシカ』ってわかりにくいでしょ?あれわかりやすかったら、きっと売れなかったと思うんだよ」

へ? 急になぜナウシカ? 

それから、鈴木さんはいかにして周囲と激論をかわしながら、「風の谷のナウシカ」というタイトルを守っていったかを話してくれた。色々な人が色々な「わかりやすい」案を出し、鈴木さんを説得しようとしたが、全てつっぱねたという。

ナウシカか・・・。 ナウシカまで話に出されたら、わたしにはもう抵抗できるような勇気も飛び道具もありませぬ。ナウシカは聖典みたいなものだから。

「うん、わかった。とるよ、サブタイトル。『空をゆく巨人』それだけでいくよ」

そう答えて、編集者に電話をする決心をした。

すぐさま、話は帯の話に移っていった。
「ねえ、それでいま考えている帯なんだけど・・・見る?」

これがまた面白い話なので、続きはまた次回。

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