見出し画像

【短編小説】新人エージェント

(任務初日に上司が殉職、敵陣で孤立)

僕は西の国のエージェントだ。今、僕は東の国の軍事情報を奪取する任務を遂行している。エージェントとしての仕事は今日が初めてだ。

国家が管轄するエージェント養成学校ではトップの成績だった。だが、現場となると話は別だ。右も左も分からない赤ん坊。当然、僕を指導する人が必要になる。

僕の教官はこの道30年のベテラン、Kと名乗る男だった。今、僕の横に倒れて死んでいる。

もう一度言う、Kは部屋中に張り巡らされた赤外線に引っかかり、壁に設置された銃口から放たれた弾丸によって胸を貫かれて死んでいる。僕の真横で。

先ほどから警報がうるさい。5メートル先にある金庫が警報の赤いランプを反射させ、目に刺さる。Kが引っかかった時点で部屋に張られた赤外線は解除されていた。警備員がこの部屋に入るためだ。

僕はKの体を抱え、近くの柱にその背中をもたせかけた。本当にこの男は30年もエージェントをやっていたのだろうか、僕の頭の中に浮かんだのはKの死に対する無念さではなく、そんな非難にも似た気持ちだった。30年という実績が作り出した自信過剰、一瞬の驕り、Kの死因はきっとそんなところだろう。

「僕は実戦初日なんですよ、まったく」

僕は低く呟いた。Kから離れ、部屋の入り口のそばの壁に背中をつける。

ここは東の国の実験施設だ。僕のいる最上階の金庫室には新型兵器に関する機密情報が秘められている。そのため緊急時には施設のすべての扉はロックされる。開けられるのは警備員だけだ。警備員と言っても、人質救出のための特殊部隊のような見た目をしている。

足音が部屋の外の廊下から聞こえてきた。4人、いや5人いる。ドアの開錠を知らせる電子音が鳴った。

滑らかに横にスライドして開いた入り口から、黒いサブマシンガンの銃口が、部屋の中に入ってきた。僕はそれを思いきり殴りつけた。

5人を沈めるのに30秒もかからなかった。さすが僕。ちょっと楽しいかも。思わずプッと声が洩れる。慌てて笑みを振り払い、僕は4人の体を跨いで廊下を進んだ。奥には先ほど吹き飛ばした最後の一人が倒れている。微かな呻き声と共に言葉が吐き出された。

「……おい……聞いて、ない」

「ああ、悪い悪い。最近運動不足で」

「俺らは、ただあいつが……死んでいるか確認しに来た――」

僕は最後まで聞かず、非常階段を伝って地上まで降りた。

「隊長、お疲れ様です」

施設のエントランスを抜けると、出迎えた僕の部下がそう言った。

「西の国のKという奴は強かったですか」

僕は少し笑った。

「強いとか弱いとか知る以前に、体を赤外線の方にちょっと押せば終わりだってば」

そのセリフに部下もつられて笑った。

僕の母国は東の国。職業、スパイ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?