こうしてイギリスから熊がいなくなりました ミック・ジャクソン
イギリスの熊といえば「くまのパディントン」。故エリザベス女王のお茶会に招かれていたのが記憶に新しい。
そのニュースと動画を見たときに調べてみたのだけれど、あの紳士的な熊は実はイギリス生まれではない。
英国女王と英国的に優雅なお茶をする人気者パディントンは、ペルーからやってきた外来の熊だった。とても意外だ。
書店の平台にあったこの本が目を引いたのは、表紙の熊の線画が好みの佇まいだったからだ。タイトルは何かしらの隠喩なのだろうと思った。
パラパラとめくると多くのイラストが差し込まれていて、挿絵というには存在感が強く絵本みたいだ。
帯にも寓話とあることだし、100パーセント寓話のつもりで読み始めた。
1話目の夜の森の精霊熊はおとぎ話のようだった。イラストレーションも物語そのままにリアリスティックで精緻、表現力豊かにデフォルメされて、ぴったりと寄り添っている。
2話目の罪を食べる熊の物語には、まさに寓話っぽく、人の弱さや身勝手が描かれていた。贖宥状を連想して、背後の現実味がすこし濃くなったなと感じる。
そして3話目、4話目、闘熊場やサーカスの熊が出てくるに及んで、強まる実話感がどうにも気になってきた。
何か大前提があるのだろうか。訳者あとがきのページを開くと、イギリスの熊やうさぎ、数多の動物たちが現実に受けた悲惨な扱いが、かいつまんで書かれてあった。
1冊に収められているのは8編の寓話。でも、タイトルは実話だった。
原題は「Bears of England」で、訳題が「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」。
イギリス人には「イングランドの熊」という言葉だけで、「うちの先祖が…」と何かしら思うところが生まれるらしい。日本人には説明されないとわからない歴史的背景があっての邦訳だった。
現在、ブリテン島には野生の熊は生息していないそうだ。元からいなかったわけではなく、乱獲、駆逐されて絶滅した。11世紀にはもう狩り尽くされていたとかで、え、平安時代じゃんと驚く。早いよ。まだ猟銃もなかっただろうに。
何しろ色んな側面から身勝手に好まれすぎたことにより、ほんとに、イギリスから熊はいなくなってしまった。
だからパディントンは外来種なのだ。
イギリスの熊といえば、もうひとり、今はアメリカに生活の拠点を移したのかと思しき有名な黄色い方がいる。(訳者あとがきにも名前を伏せられて少し登場したけれど、たしかに名前を言うのが憚られる気がする…。)気になって少し調べると、その方もどうやらイギリス原産ではないらしい。
イギリスには”くまさん”はいるけれど、熊はいない。
それを知って、続きをまた読み始める。
今でもイギリスのいたるところに熊はいる。
真夜中の暗闇、その森の奥。死んだ人の家の前。闘熊場、サーカス、地下道、街の中。そして臆病者の想像の中に、罪悪感や怖れと共に息を潜めている。
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