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『人のころ』

 物心ついたら家にネコがいた。

 幼い頃、ぼくは父親の両親の家、つまりぼくにとって父方の祖父母の家に住んでいた。その家には ”みつ” と呼ばれるネコがいた。みつはとても賢く、まるで人間のルールを理解しているかのような振る舞いをした。

 横断歩道を渡る時は車が来ないことを確認して渡ったり、信号のある大通りの交差点では、歩行者信号が青にならないと渡らなかった。ある日、ぼくが「みっちゃんはおりこうさんですね」と言ったら、ニヤリと笑ってから「ミャウ」と言い返してきた。

 トイレやご飯は誰も文句が言えないぐらい完璧な所作。いつもきちんと綺麗にしてあった。

 時々、みつはお母さんのようだった。怖い夢を見て泣いていると、布団の中に入ってきて、柔らかくていい匂いのする体をぼくにギュッと付けた。そうすると怖い夢はスウッと消えていった。
 そんな時、ぼくはみつをぎゅっと抱きしめた。みつは「ミャウ・・・」と少し悲しそうな声を出した。


 ある土曜日の夜、家族全員で ”ズバリ当てましょう” を見ながらくつろいでいた。土曜日は少し夜更かしができる。なにか大人の時間を覗いているような、お腹の下の方がモゾモゾする感覚が好きだった。

 その時、いつも一緒にテレビを見ているみつの姿が見えなかった。

 ぼくが「みつは?」と聞いた。
 おばあが「あら、もうかね?」と言った。
 おじいが「今回のは早いな。」と言った。
 お母さんが「もうそんな迷信みたいな話やめてくださいよ。」と言った。
 お父さんが「どこか遊びに行ってるだけでしょ?」と言った。

 みんな淡々と当たり前のように話していた。ぼくにはなんのことかさっぱりだった。

 ぼくが「どういういこと?」と聞いた。

 お母さんが「あのみっちゃんは3代目なんだって。みっちゃんは死ぬ時期が来ると、知らない間に居なくなって、知らないところで死んじゃうんだって。そうすると、みっちゃんがまた赤ちゃんになって、この家に来るんだって。おじい、おばあだけじゃなくって、お父さんまでそんなことを言うのよ。そんな訳ないのにね。」とやれやれといった表情で答えた。
 お父さんが「みつは俺が中校生ぐらいの時からいるんだよ。最初は信じられなかったけどな、ただ、ここまで続くとね。なんか本当のような気がしてきてさ。」と言った。

 「こんなことは、昔からよくあることだよ。特にネコに関してはねぇ。まぁ信じ無くても良いけど、みつが死ぬところは絶対に見ちゃいけないよ。絶対にだよ。」
 そう言うおばあの顔がちょっと怖かった。

「ミャウ?」
 少しすると、みつがどうしたの?という顔をして帰ってきた。


 ずいぶん経ってから、ぼくはおかあさんと一緒に、新道にある八百新へ買い物へ行った。その時、みつが周りをキョロキョロ見ながら、ぼくたちの少し前を歩いていた。

 ぼくは「あっみつだ!」と言った。
 お母さんが「でも様子が変ねぇ。」と言った。
 ぼくが「そう?」と言うと。
 お母さんは「そっと後をつけちゃいましょうか?」と言った。「ひょっとして死ぬ場所に行くかもよ。」と続けた。

 ぼくは、おばあの言っていたことを思い出した。

「おかあさん、ダメだよ。おばあが絶対ダメって言ってたよ。」
「大丈夫よ。そんなの迷信だし、もし本当に死ぬ場所のようだったら、すぐにやめるからさ。」
 お母さんはケラケラと笑いながら言った・・・

 みつがこっちをチラッと見た気がした・・・

ぼくは何度も止めた。

何度も止めたのに・・・



”トントントントン・・・”

「みつ!どこにいるの?チュールいらないの?」
「ミャーウ・・・」
「あらぁ、こんなところでおねんねしてたのぉー。」

またあの頃の夢を見ていた・・・
チュール食って、もうひと眠りするか・・・


おわり

『人のころ』のアナザーストーリー・・・
『ネコのころ』もぜひお願いいたします。雪丸


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