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[アートなトークシリーズvol.4]夢をみること、アートをみること

夢をみることとアートをみること
~夢をみる時は、一人ひとりがアーティスト~


アートハッコウショは、
さまざまな方の“アートのみかた”を共有することで、
アートの体験を深め、楽しみ方を広げていきたいと考えています。
ゲストにお話をうかがうトークシリーズの第3回目は、
東洋大学社会学部心理学科教授・松田英子さんです。

皆さんは睡眠中に夢をみますか?
夢をみる人でも、よく覚えている人やあまり覚えていない人、人それぞれです。
アートハッコウショのメンバーでも、高橋は一時期夢日記をつけていたほどよく夢をみますが、染谷は夢をみたという記憶がないタイプです。
高橋が夢日記をつけていた経緯から、アート鑑賞が何か夢に影響するのではないかと考えていた頃、『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』という書籍を読む機会がありました。
松田さんはその著者であり、心理学の分野から睡眠と夢について研究されています。
今回、夢とアート鑑賞という観点から、「夢をみることとアートをみること」について松田さんにお話を伺いました。

※インタビューにあたり、事前に松田さんは高橋の夢日記を読了されています。

松田英子(まつだ・えいこ)
東洋大学社会学部心理学科教授。博士(人文科学)。公認心理師・臨床心理士。専門は臨床心理学、パーソナリティ心理学、健康心理学。
著書に『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』(朝日出版社、2021年)、『夢を読み解く心理学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年)など多数。
心理学を専攻していた大学時代、進路を決める時期によく夢をみていたことから、睡眠中の思考活動に興味を持つ。その後、睡眠や夢と結びつきが強い心の健康と成長を基盤に夢についての研究を始め、今に至る。


1 夢はライフイベントに関係する?

――松田さんは「生理心理学」や「パーソナリティ心理学」から研究を始められ、そして現在の夢についての研究に至っている、とのことですが、「生理心理学」とはどんな学問でしょうか。

松田さん(以下敬称略) 「生理心理学」は、人間の生理反応すべてと心理学が結びついたものでしょうか。
心理学は目にみえないものを測るという学問なのですが、それを脳波や筋電図などを測定することでその時点での心の活動を推測するのが「生理心理学」です。
例えば、ストレス反応や睡眠は「生理心理学」と密接にかかわっていますね。

――そもそも「人はなぜ夢をみるのか」、それ以前に「人はなぜ眠るのか」というのはまだ解明されていないのですよね。

松田 たしかになぜ睡眠が必要か、なぜ夢をみるのかというのも、まだ誰にも分かっていません。
ただし、人類は昔から夢をみていましたし、夢をみたという記述も古代ギリシャ時代の頃からありました。
人類の長い進化の中で、いまだ夢をみるという行為があるということは、人間にとって睡眠や夢は少なくとも不必要ではないということだと思います。睡眠のうち、20%は夢をみているといいます。

――人によって、夢をみる人、夢をみない人、また夢を覚えている人覚えていない人といますが、その違いはなんでしょうか。

松田 いくつかの要因があります。ひとつはパーソナリティですね。心配性の人やクリエイティブな人は夢をよく覚えています。
クリエイティブな人は睡眠時間が長い傾向があって、睡眠時間が長ければ長いほどレム睡眠[1]が多くやってくるので、夢をみる回数が多くなるのです。

――私(高橋)が夢をよくみるのも、睡眠時間が比較的長いということ関係がありそうですね。
クリエイティブな人が夢をよく覚えているという点について、もう少し伺えたらと思います。
私が夢日記をつけ始めたのは、とても美しい景色の夢をみたからなんです。アーティストだったらこれを作品で表現するのだろうなと思いました。
夢を記録しようとすると、夢の内容をよく覚えるようになりました。

松田 たしかにそうですね。夢を記録しようとしたり、夢を覚えていて作品に生かそうとすると、記憶に定着していきます。
ところで、人生の節目にみる夢って何か共通項があるような気がします。
高橋さんはニューヨークに留学されていますね。その前に、マンハッタンの高層ビルから「空を飛ぶ夢」をみていたようですが、私もカナダに行く前に「空を飛ぶ夢」をみたのです。ただ、行き先はカナダではなくハワイのような場所だったのですが。ハワイ島の上空からカルデラ湖を見下ろしているような夢で、私は夢の中で湖のそばに移動して、泳いでいる大きな魚たちを捕ろうとしていました。
どちらも海外に渡航するという人生の節目に、「空を飛ぶ夢」をみていますね。

ハワイ上空を飛ぶ自身の夢の絵をみながら説明される松田さん

――その夢はよく覚えています。たしか知らない人が夢の中に出てきました。そう言えば、私の夢には知らない人がよく現れます。

松田 知らない人、というのはその人の顔や形をよく覚えているということですね。つまり、知っている人の顔との照合を夢の中で行なっている可能性があります。
あと、高橋さんの夢日記を読ませていただいて印象深かったのは、具合の悪い時にみたという「テグスの夢」でしょうか。

全くクリアではないが、
地上500mの地点まで一直線に上る、そんな夢。
自分の体にからまる、地上と天をつなぐものは
テグスのような大量の白い糸。
一本の糸にしがみついているならかなり心細いが、
大量につながっているのでそれほどの恐怖はない。
地上を見下ろす爽快感が残った。
                        (高橋の夢日記より)

松田 実は体調不良の時に、「テグスの夢」をみる方が多いんですよ。明晰夢[2]をみる方々の調査のなかでも、「テグスの夢」をみた男性が2人いました。今までの調査ですと、具合の悪い時には「回る夢」をみる、例えば目が回る、らせん階段を回る、障子の紙が破れて風で回る、といったように回転性の夢が多かったのです。
しかし、意外や意外、高橋さんも含め「テグスの夢」をみた人も何人か現れてきて、「おっ」と思いましたね。

――テグス=細い糸のようなもの、ということで、体の繊維か何かと関係しているのでしょうか。

松田 夢の中で血管が切れたような、プチッという音がしたという方もいらっしゃいましたね。


2 夢と記憶、夢とアート

――明晰夢をみる人は、音まで鮮明に覚えているそうですね。明晰夢をみている時は、誰でも五感が働くのでしょうか。

松田 明晰夢では、五感が働くと言われていますね。触覚や味覚なども働くようです。
明晰夢をみる方の中には、レム睡眠がやってくるごとに夢をみていて、レム睡眠ごとにみた夢をはっきり覚えていたりします。

――夢を覚えていることと記憶力は関係ないと聞きますが、その方の記憶力はすごいですね。

松田 鮮明な夢は記憶に残りやすいのですが、たしかにアルツハイマーの人や加齢によって夢の記憶は少なくなっていきますね。
夢自体は、レム睡眠そのものが減る80歳くらいになってから減ってくると言われています。

――そもそも私が明晰夢に興味を持ったのは、こうした視覚的な夢をよくみることと、よくアート鑑賞することとは何か関係があるのかと思ったからなのですが、アートをよくみていても夢をみないという人もいますよね。

松田 個人差が大きいところです。人によって夢をみる人夢をみない人、また夢を覚えている人覚えていない人の違いは、パーソナリティと睡眠時間、あとはストレスですね。
差し迫ったストレスがある時、例えば私自身の話ですと、進路を決める時など人生の節目に夢をよくみていました。ライフイベントをどのくらいストレスととらえているか、ということですね。夢をみていない、あるいは覚えていないという人は、現実をしっかり生きていて、またその場その場でストレスを対処できているのかもしれません。
ただ、クリエイティブな活動する方は、夢をみないとなんだか損した感じがしますよね。

――差し迫った時にみる夢といえば、締め切りに追われる夢や遅刻する夢など、夢の中で現実のリハーサルをする人もいらっしゃいますよね。

松田 そういう人は、現実の世界では締め切りをきちんと守ったり遅刻しなかったりします。現実の中で首尾よく進めなくてはいけないことと夢の筋書きがリンクして、同じような状況になると夢の筋書きが活性化するのでしょうね。

――または脈略のない夢をみる人もいますし、夢もいろいろですね。
アート鑑賞も、作品についてよく知っていても、まったく脈絡なくみることもありますし。だから面白いのですが。


3 夢日記を書くことと、アート行為との共通性

――夢日記をつけていた頃、「夢日記をつけると狂うからやめた方がいい」と言われたことがあるのですが。

松田 それは迷信ですね。フロイトの時代は夢を病理的にとらえていたから、そう言われていたのかもしれません。
例えば蛇の夢を例にあげてみましょうか。蛇は西洋や中国などでは悪夢でも、日本では白蛇=神様という意味があり縁起のよい夢、とされる場合があります。文化や宗教の違いなどで夢の解釈も変わってきます。
ちなみに、夢日記をつけることはセリフモニタリングとしては有効だと思います。夢日記を通して、自分の調子をみることはできると思います。夢の中で出てきた印象的なものを夢占いで調べて、その日の自分の気分を測ったり心理状態の制御をしたりする人もいますね。

――夢はメタ認知[3]とは違うのでしょうか。アート鑑賞はメタ認知を鍛える働きがあったりするのですが。

松田 夢は、自分のことを客観的にとらえるという意味ではメタ認知と同じでしょうか。たしかに、アートもメタ認知の働きがなかったら、いい作品ができないですよね。

――アートのつくり手だけでなく、みる側の鑑賞者の場合も、作品をみて自分で感じたことを言葉にしたり、考えをまとめたりする時に、自分を客観的にみているという点でメタ認知が働くわけですが、それと夢をみて分析することとリンクするところがあるのかなと思いました。

松田 再構成、再構築して自分が生み出したものを客観的にメタ認知するところは、夢日記と共通性があるかもしれません。みえてくるイメージを覚えておいて、夢の語りにするところで再構成が入るかもしれないし、その夢の話を再構成するということは客観的にみるということになるかと思います。

――小説など文章を書く人は、メタ認知と言語中枢も発達していて、夢日記もひとつのストーリーに構成されていそうです。

松田 夢日記と思考発達は影響あると思います。夢日記には、その人の思考スタイルが表れるのです。新聞記者の方の夢日記は、まるで新聞記事のように事実に基づく記述のようでした。
子どもも、言語発達と認知発達、特に空間認知の発達が早い子どもの方が、夢の想起は多いですね。

――断片的な夢でも、再構成することでひとつの夢日記にする、といった行為もあるかもしれませんね。

松田 断片と言えば、明晰夢も、最初に夢に出てくる場所やもの、人などは自分の意識とは関係なくランダムに現れるんですよ。ただその後の夢は、イメージリハーサルをするように、ストーリーを操作することができます。
他の夢と違うのは、明晰夢の場合、“夢をみている”と夢の中で理解していることです。
そのうち自分で夢のストーリーを自由自在に操作できる人は、これまでの調査協力者の中では今のところ9人いらっしゃいます。非常に少ないです。
さらに、自分でこれからみる夢の内容を指定できる人も稀にいて、寝る前に「今日はこの夢をみる」と思って寝ると、その夢がみられるそうです。その人は小さい頃から手先が器用で、自分が作ろうと思うその先をイメージできたそうです。

――アーティストも、作品の完成形をイメージして制作する人もいます。自分が作りたいものの形が頭の中でみえていて、そのイメージを辿りながら作っていくそうです。

松田 ちょっと先をイメージしながら進む、という点でも、実際の目標や夢と同じですね。
みたい夢をみるには、寝る前に夢でみたいものをみたりエピソードなどを思い出したりするといいのかもしれません。


4 夢の価値、アートの価値

――アートの場合は作品の履歴が重要で、その履歴に伝説が加わって金額が上がるという、相対評価で価値が成り立っているのですが、夢においても価値というものはあるのでしょうか。

松田 昔は「夢を買う」という話[4]もありました。自分ではみられない夢を買うことで縁起をもらうといった、ある種の夢の意識づけが働いて、相対的に夢に価値をつけていました。
ただ、夢の価値は夢をみた本人だけにしか分からない、人と共有できないという点で、人の価値には左右されないものです。
アートも相対的価値だけではないですよね。誰かからの評価ではなく、自分だけがみて自分で自由に解釈していいものだと思います。そういう意味でも、夢をみる時は一人ひとりがアーティスト、まさに夢アーティスト、になっているのかもしれません。

――夢を意識づける、という点ですが、寝ている時にみる夢と現実に持っている夢がリンクすることはあるのでしょうか。

松田 それも人それぞれです。私はどちらかというと睡眠中の夢と現実がリンクしてくる方ですが、まったくリンクしていない夢をみる人もいて、面白いですよね。
英語でも、睡眠時にみる夢と実現させたい理想はどちらも”dream”で同じ単語ですが、現実の世界で夢を持って生きている私たちが夢をみているわけで、どこかでは紐づいているのだと思います。
もしくは、実際紐づいていなくても、紐づけることによって自己成就的な夢、自分が行動するからこそ実現する、それはプラスの夢の利用法ですね。

――自分で意識して紐づけることで、ポジティブな夢の活用ができるのですね。

松田『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』でも夢をコントロールすることを書いています。実は、同書の編集者が、睡眠時間があまり取れない多忙な現実生活を鑑み、「せめて夢の中くらい楽しみたい」という話から、本の企画と連載が始まったのです。

『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』は朝日出版社より発売中

本書では、貴重な睡眠とみた夢を楽しむ秘訣を紹介しています。また昨年出版された『夢を読み解く心理学』の方は、8月に中国語版が発売されました。夢を通して、世界中の人とつながることができるのは面白いですね。

――夢は人それぞれで解明されていないこともまだまだ多そうですが、アートをみることによって思考が刺激され、知識の引き出しが増えて、夢のバリエーションが広がり楽しめる可能性はありそうですね。
明晰夢をみることはできなくても、これからは眠る前に夢でみたいものやエピソードを思い浮かべて、夢の世界も楽しめたらと思います。
本日はお忙しい中ありがとうございました。



(取材=アートハッコウショ、協力=朝日出版社、松平節  2022年6月29日)


[1] 睡眠時は、夢を見る「レム睡眠」と大脳を休める「ノンレム睡眠」が約90分周期で変動する。レム=Rapid Eye Movement(急速眼球運動)睡眠時は眼球が素早く動いている。
[2] 睡眠中にみる夢のうち、自分で「夢」であると自覚しながらみている夢。
[3] 自分の認知活動を客観的にとらえる、つまり、自らの認知(考える・感じる・記憶する・判断するなど)を認知すること。
[4] 自分の身に幸運がめぐり来るようにと、他人の見た吉夢を買い取ること。鎌倉時代前期の『宇治拾遺物語』には、「夢買ふ人の事」という逸話が掲載されている。

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