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[展覧会から生まれる「物語」]

9月になり、ようやく秋の気配が感じられる時期となり、芸術の秋が到来しました。
このコロナ禍で、まだまだ入場規制等行なっている美術館もありますが、展覧会に足を運ぶ方も少しずつ増えてきたように思います。
さて、これまでのブログでは、「作品をみること」「作品を体験すること」といったように、作品そのものを通しての鑑賞について考察してきました。今回のブログでは、少し違った角度からの鑑賞の楽しみ方を紹介してみたいと思います。

唐突ですが、私は展覧会に行った際に妄想することがあります。脳内で勝手に「物語」が生まれてくるのです。内容的には、その展覧会や展示作品と関連していることもあれば、全く関連していないこともあります。でも、その「物語」のおかげで、例え展覧会や展示作品をきちんと理解していなくても、展覧会に対する印象がとても深いものになります。
アーティストが他のアーティストの作品をみて刺激を受け、自分の作品に反映する、という話をよく聞きますが、アート作品というものは、大なり小なり鑑賞者になんらかの影響を与えているように思います。

その一例として、現在東京国立近代美術館で開催中の「ピーター・ドイグ展」で私が妄想したショートストーリーを挙げてみます。皆さんも、展覧会に行った時に意識的に脳内で「物語」を綴ってみませんか?もしかしたら、作品が発する何かをつかみやすくなるかもしれません。

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そもそも、美術館に来たのなんて初めてだった。
都心にありながら、夏休みに入る前の平日だからか、
訪れている人も少なく、ここ数日の暑さしのぎには最適な空間だ。
とはいえ、自分にとって美術館は、これまで全く未知の世界だった。

数か月前のこと。
教室の窓際の席から、いつも一人で外の空を見ている女の子がいた。
友達がいない訳ではなさそうだったが、一人でいることが心地よさそうだった。
空を見上げているその顔は、決して美人の類ではないが、
修学旅行で見た仏像に似た微笑みを持っていた。
教室に入ると、ついその子を目で追っている自分がいた。

ある時、その子が机の上に何かのチラシを広げて眺めていた。
わざと通りかかったふりしてちらっと見ると、
「ピーター・ドイグ展」と書いてあった。
どうも美術室にあったチラシをもらってきたらしい。
自分も、美術室の前にあったそのチラシを一枚持ち帰った。

偶然は重なるものだ。
明日から夏休みという一学期最後の日、
その日は部活もなかったので真っ直ぐ家に帰る予定だった。

その帰りの電車の中、空いた席に座ろうとしたら、
なんとその子が自分の隣の席に座っていた。
そして見上げると、電車の中吊り広告に「ピーター・ドイグ展」の文字が!
こんな偶然ってあるんだろうか。
ドキドキする心臓をなんとか落ち着かせようと努力しながら、
隣に座っていたその子に話しかけた。

「同じクラスだよね、帰りこっちの方向なんだ」

下を向いていた彼女は驚いた顔をして、横に座る自分を見つめた。
そしてやはり仏像のような微笑みで、首を縦にふった。

「あの広告のチラシ、学校で見てたよね。僕もチラシ持ってる。」

中吊り広告を見上げて、さらに驚いたような顔をして、
鞄の中から「ピーター・ドイグ展」のチラシを取り出した。

「…アート好きなの?」

まるで蚊のなくような声で、彼女はたずねた。
アート、という言葉の響きも新鮮だった。

「うーん、どうかなあ。でもなんかこれはかっこいいかなって。もう見に行った?」

「…これから行くの」

今日から夏休みの間、高校生は美術館に無料で入れるらしい。
その美術館は、自分が降りる駅からさらに30分ほど乗ったところにあるという。
思いがけない言葉が彼女の口から出てきた。

「…一緒に行く?」

今度は自分が驚いた顔をして、彼女を見つめた。
彼女はチラシを見たまま下を向いていたが、
耳まで赤くなっていた。

その美術館は都心のど真ん中で、駅を降りたほど近くにあった。
彼女は美術館に行き慣れているようで、
窓口で学生証を見せて無料のチケットを受け取った。
自分も慌てて後に続き、チケットをもらった。

外光が降り注ぐエントランスから展示室に入ると、空気がガラっと変わった。
大きな絵画が並ぶその空間は、まるで静かな寺院のようだった。

お客さんはそれほど多くなく、複数で来ている人もいたが、
皆おしゃべりもせず静かにみていた。
美術館って話しちゃいけないのかよー、とちょっと堅苦しく思ったが、
自分の少し前で作品をみている彼女の横顔が、これまで見た中で一番きれいで、思わず声を飲みこんだ。
そして、彼女の視線の先にある作品をみた。

その作品は、森と湖、夜空が描かれていた。
画面の上に描かれた空には天の川のようなものが水平にたなびき、
湖は鏡のように森と空を逆さまに映し出していた。

急に彼女が自分の方に顔を傾け、小さな声で話しかけてきた。

「…こんな星空、実際みたことある?」

近づいてきた彼女の顔にドキッとしながら、
日頃、空どころか夜空だって見上げたことがない自分を振り返った。
彼女は教室にいる時いつも空を眺めているから、
夜になっても家から夜空を見ているのだろうか。

「見たことないかも」

夜空を見上げなくても、都会は街灯の明かりで煌々として、
夜になっても空が明るいことは想像にかたくない。
きっとこんな星空を見るためには、山奥とかに行かないと難しいだろう。

「作品の中に入ったら真上にみえるね」

彼女が言ったその意味が分からなかった。

でも、作品をじっとみていると、絵の中央に、小舟に乗る人が描かれていた。
作品に描かれたこの人だったら、夜空に浮かぶ星が真上に見えるだろう。

実際にこんな森で星空を見たことはないが、
なにかの映画でそんなシーンがあったことを思い出した。
実際見た訳はないのに、たしかにその星空は美しかった。

他の作品は正直よく分からなかったこともあり、あまり覚えていない。
というより、作品をみている彼女をずっと目で追っていたからかもしれない。
作品をみる彼女の顔は、いつもの空を見る仏像のような微笑みとはまた違った、
もっと鋭く、そして遥か彼方を見つめているような、
大げさだけど何か神々しささえ感じられた。

でも、あの森と湖と星空の絵だけは当分忘れられそうにない。
もしかしたら、初めての美術館の思い出と共に、一生忘れないかもしれない。

※「ピーター・ドイグ展」は、10月11日(月・祝)まで東京国立近代美術館にて開催。公式サイト → https://peterdoig-2020.jp/


アートハッコウショ
ディレクター/ツナグ係 高橋紀子 

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