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ほんとに同じ人!?正反対の世界観を1人で描いた画家


名画はどれも個性豊かです。作品には画家のクセや特徴が表れるので、誰が描いたか一目で分かったりします。

それでは、同じ画家が手がけた作品は全部おんなじ作風になるのでしょうか……そんなことはありません!
次の2つの絵を見てみてください。

『「起源」 Ⅲ. 不恰好なポリープは
薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた』


『縦長の花瓶に生けられた野の花』


同一人物が描いたものですが、全然違いますよね!
作者はフランスの画家、オディロン・ルドン(1840~1916)。前者は画家が43歳のとき、後者は72歳のときに描かれました。
作風の変わり方がものすごいですが、この間、画家の身に何があったのでしょうか。その人生と作品の変遷を辿ってみます。


まずはルドンの生い立ちを見てみましょう。

ルドンは裕福な家庭に生まれましたが、なぜか0歳で里子に出されました。
幼少時代を過ごしたのは、ペイルルバードという侘しい田舎。ブドウ畑と林しかないような場所で、これといった娯楽もありませんでした。
おまけに彼はいわゆる陰キャで、友人も少なかったといいます。

無為に過ぎていく日々の中、ルドンは独自の感性を磨き空想癖を募らせていきます。
孤独なルドンには、自分の内面と向き合う時間がたっぷりあったことでしょう。彼は当時をこう振り返っています。

子供のとき、私はくらがりが好きでした。
厚いカーテンのしたや、家の暗い片すみや、いろいろな遊びをする部屋などに身を潜ませると、不思議な深い喜びを味わったことを覚えています。

髙橋明也・山本敦子.もっと知りたいルドン 生涯と作品,株式会社東京美術,2014,p.6


この「くらがり」で培った妄想力が、のちの作品の原動力となります。
ルドンが画家デビューした当初の作品は、まさに「くらがり」のイリュージョンでした。

『笑う蜘蛛』1881年
グロテスクですが可愛らしさもあり、ユーモラスです。


『眼=気球』1882年
エドガー・アラン・ポーの小説に着想を得て作られました。
水木しげるの「目玉おやじ」のインスピレーションにもなっています。


『「起源」II. おそらく花の中に最初の視覚が試みられた』1883年 


ルドンは黒を「最も本質的な色」だと語り、約10年もの間、不気味な黒い絵ばかり描き続けました。この期間は「黒の時代」とよばれています。

黒の時代にルドンの評価は着々と高まります。
しかしその間、彼自身の私生活も黒い影に覆われていました。
弟、妹、尊敬する師匠が次々に亡くなり、さらに、生まれてわずか半年の長男まで亡くなったのです。
ルドンの悲しみは深く、制作意欲を失いかけるほどでした。

そんなとき転機が訪れます。待望の次男の誕生です。長男を亡くして3年後のことでした。ルドンが次男をどれほど溺愛したかは、想像に難くありません。

幸福な彼の心境にリンクするかのように、作品は「黒」から「色」へ変わっていきます。

『目を閉じて』1890年


『ロベール・ド・ドムシー男爵夫人の肖像』1900年
淡く美しい背景に、現実感のある女性。黒の時代には考えられないような組み合わせです。


『ヴィオレット・ハイマンの肖像』1910年


題材も、技法も、画材も様変わり!
これまでの木炭や鉛筆、版画に代わり、カラフルな油彩やパステルが多用されました。

温かく美しい色彩に溢れた作品は、生活を彩るのに相応しかったのでしょう。
邸宅などの装飾画の仕事も次々に舞い込みました。

『グラン・ブーケ』1901年
食堂を飾る装飾画の注文を受けて制作されました。
全長約2.5メートルの巨大なパステル画です。


ルドンはこのように語っています。

私は昔のように木炭画を描こうとおもいましたが、だめでした。それは木炭と決裂したということです。
じつをいえば、私たちが生きながらえるのは、ただただ新しい素材によってなのです。それ以来、私は色彩と結婚しました。

髙橋明也・山本敦子.もっと知りたいルドン 生涯と作品,株式会社東京美術,2014,p.50


あっさり「黒」と離婚したルドンは「色彩」を生涯の伴侶とし、晩年まで色鮮やかな傑作を生み続けたのです。

『キュクロプス』1914年
晩年に描かれたルドンの代表作。一つ目の怪物の巨人キュクロプスが、愛するガラテアをのぞき見ぅる場面を描いています。


同じ人とは思えないほど、大胆に作風をチェンジしたルドン。
その変化は、彼自身が大きく変わったからこそ可能だったのでしょう。
「黒」から「色彩」、「闇」から「光」と、正反対の表現にもかかわらず、どちらも高く評価されているのもすごいところです。

ルドンの作品を見るときは、その作風と人生の変化も楽しんでみてください!

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