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アーティストとビジネスパーソンの協働における「期待」と「課題」——YAU SALON vol. 9「DENSO×三菱地所 アートとビジネスの関係性をどう深めてきたか」レポート

2022年3月22日夜、有楽町ビル10階のYAU STUDIOを会場に、YAU SALON vol. 9「DENSO×三菱地所 アートとビジネスの関係性をどう深めてきたか」が開催された。

「YAU SALON」は、各ジャンルのプレイヤーがホスト役となって、都市とアートにまつわるテーマを設定し、参加者と意見を交わすトークシリーズ。第9回となる今回のテーマは、YAUの活動のテーマの一つでもある「アートとビジネスの関係性」。ゲストに迎えたのは、それぞれにアーティストや研究者との協働経験を持つDENSOの清原博文と三菱地所の長嶋彩加。二人は現在、新たなプロジェクトにおいて協働する仲間でもあるという。

サロン前半ではそれぞれの経験をベースに、ビジネスパーソンとアーティストがよい関係を構築し新たな創造につなげるその方法について紹介。後半では会場からも疑問や意見が寄せられ、議論が交わされた。ホストは三菱地所エリアマネジメント企画部担当部長の井上成が務めた。

当日の模様を、メディアアート関係の記事執筆も手がける編集者/ライターの坂本のどかがレポートする。

文=坂本のどか(編集者/ライター)
写真=Tokyo Tender Table

■「文化」の重要性の見直し

まずホストの井上から、今日のテーマを考える視点となるいくつかの資料や事例が共有された。

井上成氏

井上は、「まちの持続成長と文化」と題し、2000年代初頭に国連がまとめた「ミレニアム開発目標(MDGs)」以後、まちの持続的な成長を促進するものとして「文化」が必要とされている状況に注目。

さまざまな施策や開発において、文化に重点を置くことがジェンダーや健康、環境など多様な問題の改善につながるとされていることや、「トリプルボトムライン」と言われてきた「経済」「社会」「環境」という地球全体の持続可能性を司る基盤にも、「文化」を加える必要があるとされていることなどを紹介した。また参照資料において、伝統的なものとして捉えがちな「文化」を構成する要素として「最先端技術」が入っていることも注目すべき点として挙げた。

加えて、ビジネスをはじめとした他分野とアートとの協働について国内外の事例を紹介。井上は「日本は遅れている」としながらも、オリンピック契機も手伝って変化しつつあるとし、具体例として丸の内仲通りの道路空間を活用する社会実験「Marunouchi Street Park」を挙げた。さらに海外のさまざまな事例を示した上で井上は、「じゃあそもそも僕らは、文化あるいはアートに何を期待しているんでしょう。今日はゲストのお二人が、アートの何に期待をして今に至っているのかということを掘り下げたい」と、問いを投げかけた。

■アート×瞑想×煎茶 Medichaにおけるアーティストとの協働

井上のイントロダクションを経て、まずはゲストの長嶋にバトンが渡った。長嶋が紹介したのは、同期の山脇一恵と共に立ち上げた、瞑想(メディテーション)にアートと煎茶文化を融合した没入体験型プロジェクト「Medicha(メディーチャ)」だ。そこでは空間と光と音、そして煎茶と花の融合によってつくられた4つのステップを体験者自らの足で巡ることによって、メディテーションの効果が得られるという。

長嶋彩加氏

社内の新規事業提案制度で採択され、ゼロから立ち上げたという本プロジェクト。長嶋はその具現化について振り返り、「蓋をしていた感情がポンと浮き出て、その後思いっきり脱力して……とステップのイメージをプロジェクトメンバーに話していたが、『それってどういうこと?』と、目に見えない感情や感性を扱う企画ということもあり、意思疎通に苦戦したこともあった。そんななか、出会ったアーティストが、作曲家のコリー・フラーさん。感情の変遷を説明したら、すぐに音で表現して送ってくれて。『この流れだ!』と、ぴったり来た」という。

音源をメンバーにもシェアすると、物事が進みはじめた。以後、さまざまなアーティストとの出会いと協働によって、Medichaは形になっていったという。プロジェクトの具現化には、ノンバーバルな表現を得意とするアーティストたちの存在が不可欠だったのだ。

表参道にスタジオを立ち上げて以来、さまざまな形態で展開しているMedicha。そのなかでは協働ゆえの難しさもあると長嶋。「クライアントとアーティストの思いにずれが生じたときは判断やすり合わせが難しい。Medichaは敷居が高いと言われることもあり、より多くの人にとって手に取りやすい体験を目指すのか、アーティストの方々と育んだブランドとしてのこだわりを貫くのか、せめぎ合いの末にいい判断ができたか、疑問が残ることもある」と、継続するなかで抱える問題も明かした。

■結果を求めない交流 逆転の発想

続くもう一人のゲスト、清原博文は自動車部品を扱うグローバル企業、DENSOの東京企画室で長年ユニークかつ革新的な活動を続ける人物だ。本社(愛知県)とは少し距離のある東京企画室では、本社ではできないような企画を立ち上げ実践してきたという。

清原博文氏

紹介したプロジェクトは大きく二つ。一つ目は2009年にスタートし、継続的に実施した「シナジー交流会」および「クリエイターズトーク」だ。社内外問わずさまざまな人物を定期的に集め開催したパーティやトークイベントで、スタート当初は「本社には黙ってはじめた」という。「とにかく人と出会って交流することがメイン。自社の開発中の製品を見せる企画も併せてやったが、あまり評判は良くなく、人と繋がることの方がはるかに大事だと学んだ」と、ビジネスでは当たり前になりがちな、結果や利益ありきの価値観から離れた活動の重要性を語った。

次に、現在手がけるプロジェクト「モビリティゼロ」を紹介。建築家の黒川紀章が「ホモ・モーベンス」(動く民)という言葉で表したように、移動は人間にとって原初的な衝動とされてきた。しかしながら、コロナ禍や技術革新によりその前提は揺らいでいる。

「XR(クロスリアリティ)やメタバースによって、人は移動しなくてよくなるのかもしれない。移動体を扱うDENSOとしては、もっと人を移動させることを考えるべきところだが、東京企画室では、それならいっそ、移動を積極的になくしてみようと。それがモビリティゼロと銘打った思考実験」と清原。東京大学の研究者たちがその逆転の発想を面白がり、プロジェクトを共同で進めているという。

■時空を超越する移動体=瞑想ポッド

「移動をなくす」とはいえ、そこで開発しているのは従来とは異なる在り方をする「新たな移動体」だという。世界を「リアル(現実世界)」と「時間と身体」「空間と身体」「意識」それぞれを超越した先の、4つのフェーズで捉え、「これらの間を行き来する、それを新たな移動と捉え、乗り物を開発しようと考えた。そのなかで扱うのは精神的な超越や健康。瞑想やアドボカシーといった要素、人に寄り添うようなバーチャルな存在を探していた」と、ここで清原からも「瞑想」という長嶋の事例と共通するキーワードが出た。

そう、二人は現在、モビリティゼロプロジェクトで協働し、超越する移動体「瞑想ポッド」の研究開発を行っているのだ。三菱地所によるウェルネスプロジェクトのプレゼンをDENSOメンバーが聞き、関心を抱いたことから議論がスタートしたという。

プロジェクションで映し出されたのは、球形の瞑想ポッドのイメージスケッチだ。「瞑想で辿り着く境地には完全体になるようなイメージがある。ポッドの形状が球なのは、球が完全体を表す形状だから」(清原)と、ポッドの形状にもMedichaとの協働が現れていることを明かした。

■アートの価値とは?

二人のプレゼンを受け、サロン後半では井上からの問いかけや会場からの質疑に答えるかたちで、それぞれの経験や、思い描くアートとビジネスの協働の形についてさらに深掘りされた。

最初の質問者は、「企業と表現者の協働において、著名なアーティストと、美大生など駆け出しのアーティストの作品に差はあるか」と質問。この問いに清原は「作品自体の価値はどれも同じで測れない。ただ、互いの目的や文脈が重要になったときに、プロが培ったこれまでの積み上げが価値になることはあると思う」とコメント。

長嶋は、「ネットでたまたま見つけた作品が琴線に触れることもある。協働においてはアーティストの方向性と私たちの方向性が一致して、互いに共感が生まれるかどうかが大事」と、両氏とも作品ではなく、アーティストに軸を置くことを重視した。とはいえ、「協業においては、ビジネスパーソンが必ずしもアートに造詣が深いとは限らず、得られる情報の多い有名なアーティストを起用する傾向は一般的にあるかもしれない」と長嶋。駆け出しのアーティストとビジネスパーソンをつなぐ存在が必要と話した。

■アーティストの自由度を担保する

さらに、現在美術大学に通っているという学生からは、「アーティストは本来、湧き出るものを表現するもの。ビジネス側が求めているのはアーティストではなく、やりたいことを形にしてくれるデザイナーなのではないか」という問いも。清原は「おっしゃる通り、アーティストは本来、何の制約もなく表現する人。それにとやかく言うべきではない」と前置きし、アーティストとの協働の理想像を語った。

「ものづくりのための施設を企業が抱えて、アーティストはそこで自由に活動する。企業側はアーティストが生み出したものをこっそり見に行くんです。そうしてそこから新たな問いや課題を見つける。ただそのときには、間にデザイナーも必要」と、アーティストの自由度を担保することの大切さを話した。長嶋は、ホテルの一室を一人のアーティストに任せることで自由度を担保している他社の事例を紹介。「宿泊料の一部がアーティストに還元される仕組みもあり、アートとビジネスの心地のいい関係が築かれている」と、ビジネスとして、アーティストへの継続的な還元を想定することも重要とした。

■作品ではなく、アーティストと協働する

井上は二人のコメントに続けて、「アートの価値は作品にあるのではない」と、YAUのコンセプトを改めて紹介した。「YAUのキャッチコピーは、アーティストがいるまち。アートがあるまちではない。作品はできなくたっていい。何かに対して『そもそも必要ないんじゃないか?』と問うたり、違和感を感じたりする力もまた、表現する力と並んでアーティストが持つ能力だから。事業にそんなアーティストの意志やビジョン、美意識が入ってくることを期待しているし、それによって会社や社会が変わることを期待している。アートとビジネスの距離を近づけていかないと、日本の未来はない」と、冒頭の問いに答えるかたちで締め括った。

「期待する」という言葉が印象的だった今回のサロン。何かに期待することは、委ねるということでもあるのかもしれない。しかしそれは決して、完成されたアートの価値に委ねるということではなく、また一任するということでもない。共に新しいものを生み出す協働の過程には、ビジネスパーソンとアーティストとのコミュニケーションが不可欠であり、そこにはアーティストが持つ表現力はもとより、感じる力や問う力が求められている。互いの領域や能力を尊重し合い、委ねながら高めたものを世の中に着地させていく。そんな理想的なタッグによって駆動するプロジェクトが、今後ますます増えることを期待したい。








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