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アーティストと夜の大丸有を歩いた。東京藝大の授業5DAYS|〈ストリート・スタディーズ〉開催レポート

有楽町駅前の路上に裸足で立つ。歩道の石畳の溝に生える苔に懐中電灯を当てて大人たちが覗き込む。丸の内にそびえ立つビルの外壁をどう登るかをみんなで考える。3分間スローモーションで歩く。この街にスケートボーダーがいた(いる)痕跡を探す。ARで未来に設置されるかもしれない看板を街にインストールする……。

いずれも、YAU STUDIOを拠点に行われた〈東京藝大アーツプロジェクト実習 丸の内〉によって社会人と学生向けに5日間連日開催された夜間ゼミ〈ストリート・スタディーズ〉の一コマです。本記事では、そのゼミの様子をお伝えします。

〈ストリート・スタディーズ〉とは

ストリートで活躍する気鋭のアーティストたちと共に「大丸有エリア(大手町・丸の内・有楽町)」をフィールドワークすることで、街と自分自身の関係性を捉え直す新たな視点を学ぶ5日間の夜間ゼミです。

平日夜に4日連続で開講する【ステップ1】では、ゲストアーティストと一緒にYAU STUDIO周辺を歩きながらアート目線で都市の風景を読み解き、最終日の【ステップ2】では、ステップ1で得た気付きや視点から、ストリートに実装するアート企画会議を行いました。現役藝大生と多種多様な業種から集まった50名近い社会人が共に学びの場を共有しました(中には5日間全日参加する社会人受講生も)。

ゲストアーティスト

①10/18(火):木原共(メディアアーティスト)
②10/19(水):村田あやこ(路上園芸鑑賞家)
③10/20(木):菊地良太(アーティスト/フリークライマー)+松本夏生(アーティスト/スケーター)
④10/21(金):石神夏希(劇作家)

※ゲストプロフィール詳細は以下よりご覧ください。

①木原共「ARで”あるべきかもしれない未来”を試考する」|18.Oct.2022

オランダと東京を拠点に活動するメディアアーティストの木原共さん。前半のレクチャーパートでは、未来のある時点に「望ましい未来像」を設定し、そこへ到達するために現在すべきことを逆算的に考える〈バックキャスティング〉という思考法を紹介していただきました。

(当日のスライド資料より)

〈バックキャスティング〉はSDGsなど長期的・根本的に取り組むべき事柄を思考する際に用いられますが、木原さんが制作したAR作品《Future Collider》は、近い将来に存在するかもしれない架空の看板や標識をARで現実世界に重ねることを通して、未来の都市を共同で試作 / 思索するプロジェクトです。

「英語の“Sign”には“表れ”“兆候”という意味と、“看板”“標識”という意味がある。社会の大きな変化の予兆は新しい標識や看板として現れやすい」と語る木原さんは、後半のフィールドワークで参加者に以下の4つの写真を撮ってくるお題を出しました。

A. 23年後(2045年)には街から無くなってるであろうものを1枚
B. 23年前(1999年)には街にはなかったはずのものを1枚
C. 外国にあると浮くものを1枚
D. ARで未来の看板を取り付けたものを1枚 (可能であれば)

有楽町ビル前で解散し、参加者はそれぞれ夜の有楽町へ。

Future Collider》でAR空間に設置した「24時間ドローン監視区間 この先100m」の標識

「路上喫煙禁止・路上駐輪禁止」をはじめ、「貼紙禁止」「ダフ屋行為禁止」など様々な禁止看板が確認できた有楽町エリアは、思索の種となる「Sign」の宝庫でした。

参加者が《Future Collider》でAR空間に設置した仮想看板の一部。左から「路上喫煙を禁止することを禁止する看板」「ビットコインロッカー」「メタバーストイレ」

YAU STUDIOに戻ってからは、参加者が撮影してきた写真を共有しながら振り返りタイム。

「23年前(1999年)には街にはなかったはずのもの」から未来としての現在を思考し、「​​23年後(2045年)には街から無くなってるであろうもの」からは過去としての現在を捉え直す。そしてARで設置された仮想の標識や看板をみながら、現在と未来の筋道を思索する今回のワークショップ。「売上前年比○○%」といった積み上げ思考(=フォーキャスティング)に囚われがちな私たちにとって、思考法そのものが問いかけであるかのような不思議な感覚を共有する時間となりました。

②村田あやこ「雑草の生き方から”心地よさ”を考える」|19.Oct.2022

2日目のゲストアーティストは路上園芸鑑賞家の村田あやこさん。

都市の植物を、人的に設けられた「造園」、私的な営みである「園芸」、自生する「雑草」の3つに分ける考え方(石川初『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』より)を紹介した上で、圧倒的に「造園」が多い大丸有エリアの中に自生する「雑草」を探すフィールドワークを行いました。

前半は村田さんのガイドで歩きます。歩道は石畳やタイルが敷き詰められている丸の内仲通りでも、見るとタイルの目地にわずかな苔や雑草が。

後半は数名のグループに別れて「雑草」探し。気になった植物を写真に撮ってきた後は、タイトルをつけて共有するワークショップを行いました。

あるグループは、路上に「救助 9」と書かれた金属製の蓋(参加者の調べによると、ビルの上階から降ろす避難器具を固定するための設備だそうです)に空いた小さな穴の中の植物を見つけました。この写真のタイトルは「助けてくれなくてもいい」。

「雑草は根性や不屈の精神のメタファーとして語られることがあるけれど、そこに条件が揃っているから生えているのであって、その場所の心地よさを表しているとも言える。」

(参加者より)

また、丸の内のビルとビルの隙間に2022年に生まれたばかりのSLIT PARKを訪れた際は

「まるで自分達がタイルの目地に生える雑草のようで、どこか落ち着く雰囲気があった。」

(参加者より)

という声も。私たちが懐中電灯を向けていた雑草たちは、都市の余白と人間の居場所のあり方を静かに問い返してくれました。

③菊地良太+松本夏生「公共空間におけるルールと遊びのプラクティス」|20.Oct.2022

この日は2名のゲストをお迎えしました。

菊地良太さんは、風景を尊ぶ「尊景(そんけい)」というコンセプトでシリーズ作品を発表し続けているアーティスト/フリークライマーです。クライマーは実際に壁や岩を登る前に、どこにどのように手や足を掛ければいいか、頂上までの道筋を描きます。クライミング用語でこれを〈オブザベーション〉と言うそうですが、この観察の仕方によってより踏み込んだ風景と身体の関係を捉えていくのが菊地さんのスタイルです。

松本夏生さんは三輪車などを製造する町工場で働きながら、夜はスケートボードに勤しんでいるアーティスト。スケートボードの部位や用語の解説をした上で、街の中にある「スケーターがいた痕跡」を探しに出かけました。

まず向かったのは、有楽町駅高架下のトンネルの中。大丸有エリアと銀座方面を往来する人々が行き交うこの通路の壁には、たくさんの「痕」がありました。松本さんによれば、これは壁にホイールを滑らせる〈ウォーリー〉という技をした痕跡なんだそう。

「この高い位置についている痕。これをつけた人はヤバいです。どんだけ高いウォーリーしてんだろうって、スケーターなら思います。痕跡をみながら、そこで滑っていた人のことや、その技のレベルをある程度読み解いていくことができるんです。」

(松本)

壁に群がって観察していると、同じ高架下で路上生活しているおじさんが「いつもすごいよ。ダーンっ!ってジャンプして駆けてくよ」と目撃情報を教えてくださる場面も。

菊地さんも街を歩きながら「ここは多分こうやって登れますね」と、その場で〈オブザベーション〉をしながら解説してくれました。

「こういう金属製の支柱は、真夏日の日中は熱くなりすぎて触れないので、少し冷めた夕方にトライするんです。僕の場合はパルクールのようにパフォーマンスでみんなをヒヤヒヤさせたりSNSに載せたいわけではないから、見つからないように、あと、迷惑がかかるから事故らないように気を付ける。というのは意識しています」

(菊地)

東京駅前の行幸通りは、スケーターにとって都内有数のスポット。縁石を見ると、滑りを良くするために塗られたワックスで黒光りしているのがわかります。こういうスポットのことを「育っている」と表現することがあるそうです。

菊地さんが行幸通りで気になったのは、道路に面したガードレールの突起。

「ここに立ったら面白そう。ただ高い場所に登るだけではなくて、こういうところに登るのも”クライミング”だと思っています。それに、意外とこういう丸い突起の上に静止して立つというのは難しいんですよ」

(菊地)

松本さんが最後に見せてくれたのは、スケーター対策を兼ねて設置されたビルの縁石にある突起。

「ビルを管理する側の気持ちになれば、もちろんわかるんです。でも、路上空間で警備員さんや警察に見つかって逃げたり謝ったりすることも含めてスケートボードの文化だと思っていて、そういうコミュニケーションが起きる可能性が一方的に断たれているようにも感じます」

(松本)

都市の隙間で遊びつづける松本さんと菊地さん。都市の路上・公共空間は “誰のもの”で、私と公共、ルールと逸脱の境界線はどこにあるのかを、身体を通じて問い続けています。

④石神夏希「弱さを開き、街に巻き込まれてみる。パフォーマティブ・リサーチの実験」|21.Oct.2022


劇作家の石神夏希さん。これまでのゲストとは視点を変え、観察者として街に出るのではなく、観られる側になってみることを提案してくださいました。冒頭で紹介してくださったのは、石神さんが代表を務めるNPO法人場所と物語によるプロジェクト「東京ステイ」に寄せた「了解力と巻き込まれ力」という文章でした。

準備のないまま物事に飛び込むとき、人はどうしても「頼りない」状態になる。そんな 「弱さ」が周囲の人たちから「かかわり」を引き出すことがある。忘れ物をしなければ、 隣の席の子が消しゴムを貸してくれることもない。そんな、かかわりを引き出す「弱さ」 のことを、私たちは「巻き込まれ力」と呼ぶことにした。
そして想定外のかかわりに巻き込まれたときに「あ、了解です」といえる柔軟な態度、清濁併せ呑みながら状況を切り返していくような知恵、投げられてもすぐに立ち上がれる受け身のような身体性。そんな「流されやすさ」を「了解力」と呼んでみたい。

(『東京ステイ 日常の巡礼~まちと出会い直す10のステップ】より、「了解力と巻き込まれ力」/ 石神夏希、2018)

この日、石神さんが用意したワークショップは、参加者がいくつかの指令を行うインストラクション形式。リサーチ自体がパフォーマンス的である〈パフォーマティブ・リサーチ(仮)〉と呼ばれる石神さん独自のアプローチ(調査手法、あるいは態度)で、NPO場所と物語での活動や、国内外での滞在制作の経験をベースに作られたものです。

9つある司令の中から各自3つを選びます。ただし、9つ目の「『私はここに居ていい』と思える場所を探し、『きょう一緒に来たかった誰か』 宛に手紙を書く」は、必ずやること。スマートフォンの電源をOFFにして、街に出かけました。

司令9:『私はここに居ていい』と思える場所を探し、『きょう一緒に来たかった誰か』 宛に手紙を書く。」
司令4:「三分間、スローモーションで歩く。」

道ですれ違う10人に挨拶して怪しまれてしまった人。裸足で地面に立ったことで、振動で地下鉄の存在を感じた人。植え込みの隙間に寝転んでみたら、誰にも声をかけられず寂しさを感じた人。短い時間の中で密度の濃い経験をして帰ってきた参加者たち。

実は、街に出かける前に石神さんからひとつアドバイスがありました。それは「自分とふたりきりになる」ということ。この街に足りないのは「つながり」以前に「さみしさ」なのではないか。そのためにも、他者を対象化して眼差したり関わったりする前に、自分自身が一度「孤独」になることから始めてみるという態度について確認し合いました。

幼い頃からフラメンコの舞台に上がり続けてきた藝大音楽学部楽理科4年の小田口桜子さんは当日の経験をこう振り返っています。

「身体ひとつで丸の内へ繰り出し、『観られている自分』を意識しながら歩いていると、いつもの丸の内とは明らかに違う街が見え、そして次第に『観られている自分』の中にいる『本当の自分』が久しぶりに顔を出した。それまでは、丸の内を歩く人間はキラキラしているように見えていたが、彼らもまた私と同じように、無防備でこの場にいることが難しいのかもしれない、と、ふと思った。それこそが、この街の『弱さ』なのかもしれないと思った」

最終レポートより抜粋

⑤アートプロジェクト企画会議|22.Oct.2022

ストリート・スタディーズ最終日は、「アートプロジェクト企画会議」を行いました。社会人と学生合わせて25名の参加者がグループに分かれて大丸有で実現させたいアートプロジェクト企画を立案し、実際に実行するアイディアを投票で決めるというもの。昼過ぎからスタートし、夜の20時まで続く長丁場です。

この日の参加者は、これまでの4日間のゲストアーティストとのレクチャーに少なくとも1回以上参加していた方のみで構成されていました。4日間の学びを全員で共有した上で、いよいよ会議が始まります。

まずは個人ワーク。一人ひとりの中にあるアイディアを付箋に書き出していきます。

個人のアイディアが一通り出たら、本格的なディスカッションへ。グループ内で共有しながら企画をブラッシュアップしたり、アイディアを組み合わせて新しい企画へと発展させたり、学生と社会人、業種や年齢など立場を超えて活発な議論が生まれていました。

グループの中で企画のイメージが固まったら、模造紙を壁から剥がして1枚にまとめます。内容はシンプルにタイトルとビジュアルのみ。美術系の藝大生が模造紙作りをリードする場面も観られました。

1つのグループから複数のアイディアが生まれ、会議が始まった時に白紙が並んでいた壁は、夕方には28もの企画で埋め尽くされました。

いよいよ発表、そして投票タイムです。

発表を聞きに駆けつけてくださったゲストアーティストの菊地良太さん

「歩行者天国ならぬ表現者天国を丸の内につくる」「スケーターが育てる痕跡アートスポットをつくる」「藝大生が大丸有ワーカーの悩みを聞いて一点物のお守りをつくる」など、バラエティに富んだ企画が並ぶ中、最も票を得たのは《私の音 似顔音-NIGAON-》というタイトルの企画でした。

似顔絵のように即興でその人のための演奏をするというこの企画は、藝大音楽学部の学生が2人いたグループから生まれたもの。「商社マン」「丸の内OL」といった肩書きからは見えてこない個々人の素顔を「音」によって描くというアイディアに多くの票が集まりました。

アートプロジェクト作品制作中

丸の内仲通りに並ぶパブリックアートや三菱一号館美術館など、アートとの関わりでは美術の印象が強い大丸有エリアですが、アートプロジェクト会議で最も多くの票を集めたのは音楽のプロジェクトでした。

数回のミーティングの末、人の印象を音で描くというアイディアを継承しつつ、学生たちがストリート・スタディーズの期間中何度も往復した丸の内仲通りをモチーフとしたサウンド&映像作品を制作し、そのプロセスを記録したZINEによって作品を配布・発表するというプランへと発展。美術学部の学生も含め、メンバー全員ができることを持ち寄って新しい表現にチャレンジしています。

作品の完成は2023年2月下旬頃。YAU STUDIOでZINEを無料配布する予定です。

東京藝大宮本武典研究室で行った楽曲収録の様子。PAエンジニアの市村隼人さんにサポートいただいています。(photo by Tatsuhiko Watanabe)
イルミネーションに賑わう丸の内仲通りで映像撮影。映画監督の河内彰さんにご協力いただいています。(photo by Takenori Miyamoto)

企画運営:東京藝術大学社会連携センター「東京藝大アーツプロジェクト実習 丸の内」(担当教員:宮本武典)、YAU実行委員会


photo by Tatsuya Hirota
text / edit = Tatsuhiko Watanabe


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