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叶わなかった片思いは永遠に最強なのか。


一言目から風が吹いた。
一言目から好きだった。
一目惚れで一耳惚れで、大好きだった。

未来から振り返ったとき、1番輝いて見えるのは、叶わなかった片思い相手らしい。
付き合うと、今まで見えなかった嫌な部分も必然的に見え始めるからだろうか。
叶わなかった、ということは「別れる」も経験していないからだろうか。

私にも、「叶わなかった片思い相手」がいる。
そのなかでも、最強の「片思い相手」がいる。
ミーハーと本気がまぜこぜになったみたいな片思いだった。
当時のクラスメイトは、同じ部活じゃなくてもその先輩の名を知っていた。先輩が有名だったからではなく、私がうるさかったからだ。

たぶん、半分は恋に恋していたのかもしれない。

マネージャーとして入部して間もない頃、マネージャーが何人か欠席し、一人でたくさんの選手の記録をとらなくてはいけないことになった。
何を血迷ったか、バインダーとボールペンとストップウォッチを2個持っていた。
記録を取らなくてはならない選手がたくさんいる =ストップウォッチ1つでは足りない
=2個持てばよい!
という安直なひらめきだった。
ひらめきとはやっかいなもので、どれだけ安直でも、それが最善で最高の策に見えてくる。
少し考えれば、わかる。
私だって、選手がスタートし始めてすぐに気がついた。
私の手、2本しかないじゃん。
でも、もう遅い。
すぐに、誰がどのストップウォッチでスタートしたのかわからなくなる。
しかも、そのまま浮かんでくるデジタル数字を言えばいいわけではない。数字を足したり引いたりしなくてはならない。
次々ゴールする先輩たちに、とりあえずのでたらめな数字を必死で書き取りながら叫んでは怪訝な顔をされ、その顔に怯え、どんどんわからなくなる。1回ゴールしたら終わりではなく、またスタートを切るから、弁明することも、助けを求めることもできない。泣きそうだったけど、ここで泣くには、もっと手が必要だった。
そのとき。
にゅっと後ろから手が伸びて、私が右手に握りしめていたストップウォッチを優しく奪うと、次々ゴールする先輩たちに的確な記録を告げ始めた。先輩だった。あの先輩だった。
かの、一目惚れの先輩だった。
そのまま、その練習メニューが終わるまで、涙をこらえて書き取る私の横で、先輩は数字を読み上げ続けてくれた。
それが終わると、ストップウォッチを私に返して、
「いきなり2個じゃなくて、まずはストップウォッチ1個で記録を取る練習をしてごらん。」
と至極真っ当なことを言った。
私は情けないやら有り難いやら恥ずかしいやらいろんな感情でぐちゃぐちゃになって、うつむいてお礼を言った。ストップウォッチに穴が開きそうだった。ときめきなんか一つもなくて、ただ自分のふがいなさに落ち込んだ。
それなのに、反省を終えた次の日から振り返って見てみれば、そこにはもう、ときめきしかないように見えた。

その日から、片思い相手はヒーローになった。

片思い兼ヒーローなんて、そんなの最強だった。
誰も叶わなかった。
先輩への熱が冷めかけたとき、他の誰かと付き合ったり、他の相手への「好き」と言う気持ちも膨らんだりしたのに、比べてしまえば一瞬だった。
最低だと思うけれど、「フリーでいれば、先輩の隣にいられるかもしれない」という思いは日に日に大きくなった。

でも、私から見た先輩はとてもかっこよくてかっこよくてヒーローだったけど、
先輩にも、きっとかっこよくない部分はあった。
情けないところもあった。
誰をも助ける無敵のヒーローではなかった。
なぜたまに誰とも口を聞かない日があるのか。
なぜ練習に参加しない日があるのか。
そもそも私を助けてくれたとき、なぜ選手側にいなかったのか。私を助けられる位置にいたのか。
そのどれもに蓋をして、私は先輩に恋い焦がれていた。
それが許されるのが片思いだと思った。
見たい面だけ見ていたに違いなかった。
チャンスはあってほしいと思いつつ、付き合いたいなんて恐れ多かった。
先輩の隣にいる自分が想像できなかった。
たぶん自分の形を保つのに精いっぱいで、持っている物は全部落とすだろうし、石という石につまずくに違いなかった。
手が届かないから恋い焦がれていることができたし、雲の上にいるから見たい部分だけを見ることができた。
片思いソングを鬼リピートで聞いて、自分の気持ちを重ねられるものを探しては友達に聞いてもらった。今思い出しても赤面ものだ。
思い出したくはない片思い特有の空回りを何度も経験し、結局一度も気持ちを伝えないまま先輩は卒業した。卒業間際に別の先輩と付き合ったと聞いた。
そのことを聞いたのは、ちょうど先輩たちの追い出しコンパで、なぜかその日コンパ後に親知らずを抜く予定を入れていた私は、痛みを全部親知らずのせいにした。麻酔のせいにした。初めて自分の歯が砕ける音を聞いた。片思いも、終わった。

卒業して何年かがたって、当時の彼氏との関係に悩んでいた時期、好きだけどもう離れなくてはいけないなという辛い時期に、部活の同窓会的な大会的なイベントで先輩に会った。
幹事だった先輩は、競技に参加する出場者を決めなくてはならず、私のほうに走ってきた。
走りながら私のあだ名を呼んだ。
ぶわっと風が吹いた。
何に参加する?と笑った。
また風が吹いた。
明らかに先輩が走ってきていることとは関係なく、風が吹いた。
その瞬間、元彼の悩みは本当に吹き飛んで私の心には太陽が出る。最強だった。
なーんだ、北風と太陽、協力できんじゃんってな感じだった。一迅ってこれ?とか関係のないことばかり考えた。なんで今でも最強なんだよ、と思った。
気の利いた返しはなにもできず、
ただ笑って、「出ないですよー。私マネージャーなんで、今日も記録員ですよー。」と言うのが精いっぱいだった。隣では友達が先輩とすごく盛り上がっていて、
情けなかった。
当時から先輩の情けないところから背けた目はいつだって私の情けなさに焦点を当てた。
会話らしい会話はそれだけだった。

また何年か後に、駅で見かけた。
歩き方と後ろ姿だけでわかった。
わかってしまう自分に笑った。

確かに先輩は最強だった。それだけで部活の全てのしんどいことを乗り越えられたわけじゃないし、今でも変わらずに心を温めてくれるわけでは全然ない。
それでも今でも名前を聞くだけで、姿を見るだけでぶわっ。ざわっ。とする。
それは今を脅かす風ではないし、何かが始まる合図でもない。
でも、たぶん永遠に風は吹く。

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