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◆怖い体験 備忘録/第3話 曾祖母との約束

あれは小学校5年生か、6年生だったでしょうか。
当時住んでいた公営住宅には小さな庭がついていて、そこに出られる掃き出し窓の前は午後になると陽当たりがよく、わたしはよくそこで昼寝をしていました。

あの日もちょうど、そんな風にぽかぽかと日差しが落ちる茶の間の床に寝そべって、ウトウトと昼寝をしていたのです。

トントン、と誰かが掃き出し窓を叩く音でふと目が覚めましたが、眠かったので知らないフリを決め込みました。
しかし、その音は弱くですが断続的に トントン、トントンと続くので、仕方なくわたしはぶつぶつ文句を言いながら起き上がり、二重になっている掃き出し窓の磨りガラスを開けたのです。
すると、そこには曾祖母が立っていました。

いつもは絶対に一人でなど出歩かない高齢の曾祖母の姿に驚き、わたしは「ばあちゃん、どうやってここまで来たの」と聞きました。
曾祖母は微笑んで「自分で来たんだよ。でもね、すぐ帰るから」と言いました。
拭い切れない違和感はあったのですが、もしかするとわたしは少し寝ぼけていたのかも知れません。
曾祖母は「手を出してごらん、アサちゃん」と言い、言われるがままに差し出したわたしの両手を取ると、優しく語りかけてきました。

「あのね、アサちゃん、お父さんとお母さん仕事で居ないことがあるっしょ。妹と2人の時は、しっかり鍵をかんなきゃダメよ。ばあちゃんと約束だよ」

わかった、とわたしは頷きました。
曾祖母は安心したのかニッコリ微笑むと、それだけを言い残して すぅっと滑るように庭を通り、帰って行ったようでした。
たったそれだけを言いに来たのかな?と首を傾げていると、後ろから妹が「おねえ、今誰と話してたの?」と言ってきたのです。

ひいばあちゃん…と答えかけて、やっと目の覚めたわたしは背中に冷たいものが走るのを感じました。

そう。曾祖母はこれよりもっと前に亡くなっていたのですから。

それからは妹とちょっとした騒ぎになりました。
仕事から帰ってきた母にこのことを話すと、
「そっか…お母さんも働き始めたばっかりだからね…ばあちゃん心配で出てきてくれたのかもね。ばあちゃんと約束したんなら、守らないとね」と、優しく言ってくれました。

ともあれ、ひいばあちゃんのおかげか、それからわたしと妹はしっかり戸締まりするようになりました。

実を言うと、生前の曾祖母の記憶はほとんどないのですが、死後のこの思い出がやけに鮮明なおかげで、お墓参りの時などに脳裏に思い浮かべるよく知らない曾祖母の顔は、いつも優しく微笑んでいます。

みなさんも、亡くなった誰かが会いに来てくれた経験はありますか?

それでは、このたびはこの辺で。


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