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◆怖い体験 備忘録╱第8話 謝る男

高校の頃、両親が寝静まってから漫画を描くために、よく昼寝をしていました。
この頃は四畳半の自分の部屋を持っており、その昔流行ったロフトベッドを使っていました。

あの日も、いつも通りの昼寝をしているところで、わたしは夢を見ていました。
場所は、古そうな日本式家屋の長い長い縁側みたいな渡り廊下。
わたしは平安時代の貴族の女性のような服を着て、しずしずと歩いています。
後ろには、二人の女性がついていました。
願望の表れなのか何なのか、夢の中では少し身分の高い女性になっていたようです。

やがて、廊下を歩いているうちにわたしはだんだんと胸が苦しくなってきました。
それは息が出来なくなるような苦しさです。
夢の中のわたしは胸を押さえて蹲り「これは毒を盛られたのだ」と思いました。

やがて耐え切れなくなって、わたしは廊下に倒れ込みました。
後ろに従っていた女性2人は慌ててわたしの背中を擦り、大丈夫ですか?というようなことを訪ねてきます。
まぁ今にして思えば平安時代くらいの装束を着ていたのに口語調で「大丈夫?」もあったものではないのですが。

──このままでは死ぬ!!

そう思った瞬間、ハッと目が覚めました。
良かった!夢だった!と思ったのも束の間、わたしは毎度お馴染みのあの感覚に気がつきます。
はい。金縛りですね。
しかも。

目が覚めているのにまだ誰かが背中を擦っている。

その上、耳元ではさきほどまで女性の「大丈夫ですか?」だったはずの声が

野太い男の声で「ごめんなさい」

に変わっているではありませんか!

これは本当にめちゃくちゃ怖かった。
金縛りもいつもよりかなり強固で、身体に力を入れようとしてみても一向に解けません。
ただ、背中を揺さぶるふたつの掌の感触と、耳元で響き続ける狂気じみた低音ボイスの

ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ

は、ばちばちの恐怖でした。

それから、どれくらい経ったのか。
声と、背中に当たる掌の感触は、だんだんとフェードアウトするように弱まっていきました。
それと同時に金縛りも緩やかに解けていき、わたしは全身を冷や汗でびっしょり濡らしながら身体を起こしました。

あれは、一体何だったのか。
夢と背中に居た気配が関連していたかどうかは解りませんが、何しろわたしが背を向けて寝ていたのは壁側で、その壁の向こうは妹の部屋でした。
その日は既に妹も帰ってきていたはずなので、もしかするとあっちの部屋でも何か異変を感じ取っていたかも知れないと思い、わたしは自分の部屋から出て妹の部屋をノックしようとしました。
すると、ちょうどその時妹が部屋から出てきたのです。
妹は明らかに寝起きの顔で、しかもわたしと同じようにびっしょりと寝汗をかいていました。

「え…あんたも寝てたの?」
問うたわたしに、妹は答えました。

「うん…落武者に首絞められてた…」

わたしが平安貴族になって何者かに毒を盛られている頃、隣の部屋では妹が落武者に首を絞められていたとは。

あまりにシュールな状況に、この時は怖さを通り越して笑ってしまいました。
もしかすると、一直線に繋がっていたわたしたち姉妹の部屋に、過去からやって来られる霊道でもあったのでしょうか?

今となってはその家も建て替えて間取りが変わり、真相は解りません。
姉妹で不思議な体験をした、ある夏の出来事でした。

それでは、このたびはこの辺で。


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