コーラを一緒に飲みたい人|飲むものがたり

タエさんは、点字のボランティアをしている。
点字のボランティアというのは、文字で書かれた本を機械を使って点字に訳すボランティアだ。

かれこれ30年近くやってきたらしい。驚くのは、タエさんがボランティアを始めたのは60歳のときだということ。そう、タエさんは今年で90歳を迎える、俗にいう「高齢者」だ。

だけど、不思議とタエさんからは「高齢者」の香りがしない。何というか似合わない。高齢者というより、「婦人」。タエさんからは、婦人に相応しい品があって、高貴で、いい香りがする。「貴婦人」と言っても差し支えないかもしれない。


「キミちゃん、冷蔵庫からコーラを出してもらえる?」
タエさんから声がかかり、わたしは慣れた手つきで冷蔵庫からコカ・コーラの2リットルペットボトルを取り出す。ここはタエさんの自宅、兼作業場。タエさんは今も本を点字に訳す作業をしている。

「タエさんはほんとうにコーラが好きだよね。いつ来てもコーラがあるもん」
私は氷が入ったグラスにコーラを注ぎながら話す。
コーラを浴びた氷が、パキパキと気持ちのいい音を立てた。

「だってねぇ、美味しいんだもん。こんなに美味しいのに飲まないのはもったいないじゃない?」
タエさんは少女のような笑顔で続ける。

「いつ死ぬか分からないしね」
そして無邪気に舌をぺろっと見せ、点字の作業に戻る。いい歳のタエさんが言うと冗談が冗談でなく聞こえる。

「もう、砂糖がたくさん入ってるんだからね!そんなにガブガブのんだらほんとうに早死にするよ!」
思わず言った側から、あ、もう早死にではないか、だって90歳なんだから、と気付く。

コトン、とタエさんの整理された机にグラスを置くと、その周りに小さな水滴のシミができた。

「もうおばあさんなんだから、いつ死んでも早死にではないわねぇ」
タエさんは私の失礼な物言いを気にする様子もなくそのままの笑顔で話す。話しながらも手元では点字を打つ作業を続けている。30年もやっていると、話しながらでも作業を続けられるようになるものなのか。私は改めてその年月の長さを実感した。

「それにね」
手元の点字の機械を見つめていたタエさんが、顔をあげ私の目を見つめる。深い、少し青がかったような黒目に吸い込まれそうになる。

「食べものも、飲みものも、どんな気持ちで誰といただくかが1番大事なのよ。私は大好きなコーラをあなたと一緒に飲むんだから、そうそう早くは死なないわ」
そう言うとタエさんは目を細めた。
そして、私が入れたコーラをゴクっと飲んだ。

「あなたも、そういう生き方をしなさい。美味しく飲んで、美味しく食べられる、そんな生き方をするのよ」

タエさんはそう言うと、さらにコーラをゴクゴクっと飲んだ。1杯のコーラが、もうすぐ無くなろうとしている。
グラスの氷は、まだ形を保ったままツヤツヤとしていた。

「かしこまりました、タエさん。私がそういう生き方ができているか、これからもちゃんと見ててよね」
私はそう言ってタエさんのコップに2杯目のコーラを並々と注いだ。

この時間が、できるだけ長く続くように。

次来る時は、手土産にクラフトコーラでも買ってこようかな。
きっとタエさんは、キラキラした顔で喜んでくれるはずだから。

コメントやリアクションがとっても励みになります🌷