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無題

文:竹中杏菜

中途半端な時間にアルバイトが終わると、なんとなく勿体無く思って新宿からそこそこ遠くまで歩くことがままある。

新宿というのは大変アクセスの良い立地をしており、リッチな立地だなあなどと人に言うのは躊躇われるささやかな贅言というか戯言というか、そんなことを考えながらかねてより歩いてみたかった三軒茶屋に到着した。

嘘は良くないと道徳の時間で教わったので正直に言うと、途中で入り浸った神社以外は楽しくなかった。

多分夜だったから。あとは、雨が若干降っていたから?
いや、最大の理由は単純にバイト後で疲弊し、なんの変哲もない住宅街を楽しめる資本が枯渇していたからだった。

三茶とやらは中々ディープな街と巷で囁かれていたっぽいのにも関わらず浅すぎる歩き方をしてしまったが故、いつの間にループしたのかと疑うほどあっさり道玄坂に到着し、わたしの三軒茶屋の夢は終わってしまった。

どこからともなく湧いてくる謎の勿体無い精神をひっさげ、とりあえず渋谷のセンター街を歩いてみた。

平日にも関わらず人で賑わっており、そして相変わらずドブの臭いが蔓延していた。

そんなドブ臭い20時のセンター街の風を切りながら、キャッチのお兄さんたちが魅せる色取り取りの頭髪に四季の移ろいを感じ目を奪われていると、美女にナンパされた。

美女にナンパされたのであった。

「お姉さん1人ですか」から始まった会話からなんやかんやあり、気付くと30分後には2人で居酒屋の席に座っていた。

お姉さんのお話を聞きながら、綿密に計算されたバーのキャッチという可能性やこのまま路地裏で袋叩きにあう想像を一通り済ませ、差し当たって無害な美女であることを仮定した。
棘のないバラを信用するには時間と情報が必要だった。

お酒を飲み交わしながらお互いの話をした。初対面の人に自分の人生をプレゼンするのは、不思議と勇気のいらないものだった。

わたしは初対面の誰かと話をするのが好きだとわかった。平行だと思われた線が何かの拍子に交錯する瞬間は、ある種の快感を覚えるものだ。

嘘はダメだと道徳で習っても、誰かのために嘘をつく心は道徳から学んだものだとしたら、皮肉だなと思う。
嘘がダメな理由も、人を想って嘘をつく理由も実は同じだったりするだろう。
まあそんな嘘があってもいいじゃないのとか適当なことを思いながら話した。

帰り道に手を振って、また会う約束をして帰った。彼女は、こんな風に突然話しかけたりするのは初めてだったと言っていた。その最初がわたしでなんとなく嬉しいと思った。出会えてよかったとかありきたりだがこの上ない素敵な台詞をお互い言いあった。

つまり彼女はとても魅力的な人で、わたしはこの数時間で彼女が好きになった。ドブ臭い渋谷に人が集まる理由も、少しだけわかった。







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