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【試し読み】ビジネスコンペ300戦無敗!選ばれる達人が明かす『選ばれ続ける極意』の「はじめに」と第1章を公開!

 社員数わずか16名のベンチャー企業が、マイクロソフトをはじめとする名だたる大企業とソフトウェアのビジネスコンペで争い、300戦無敗! そんな離れ業をやってのけた「選ばれる達人」が、そのものズバリ、『選ばれ続ける極意』(井下田久幸著/朝日新聞出版)を上梓した。選ばれ続けるための4つの戦略「試食」「アドバイザー」「帳尻合わせ」「根性論」とは何か? 本書の「はじめに」「第1章」を試し読みとして公開! 末尾で目次も公開しています。

井下田久幸『選ばれ続ける極意』(朝日新聞出版)
井下田久幸『選ばれ続ける極意』(朝日新聞出版)

はじめに――「なぜか選ばれないあなた」に、武器を贈りたい!

「素敵な異性から選ばれたい」
「憧れの会社の面接で選ばれたい」
「オーディションで選ばれたい」
 競争率が高いこの世の中では、誰もが選ばれることを望みながら、実際に選ばれる人は僅かという現実。
「私には真似できないほどのあれだけの努力をしているのだから、選ばれるのは当然の結果」だと思わざるをえない人ももちろんいる。
 しかし、自分と同じくらいの努力しかしていないように見えるのに、なぜか要領良くいつも選ばれている人たちも一定数いて、私たちの心の中にモヤモヤが残ってしまう。
「時間の使い方の何が違うのだろう?」
「努力の仕方の何が違うのだろう?」
「自分が見逃している行動や考え方に何があるだろう?」
これらの疑問を解いて納得したいはずだ。

 私は、選ばれない苦い経験もしたし、選ばれる幸運も経験したごく普通の人だと自覚しているが、幸運なことにベンチャーで倒産の危機に直面した時に、コンペで300戦無敗の記録を打ち立てることができた。つまり「選ばれ続ける」経験を培うことができたわけだ。
 元々才能がある人が選ばれ続けたとしても、当たり前でそこから学ぶものはないかも知れないが、ごく普通の人間が、ある日を境に「選ばれ続ける」ようになったとしたら、そこには他人も学べる秘策があるはずだ。
 私自身が自覚していなかった「選ばれ続ける」ための秘策を言語化したのが本書だ。
「選ばれ続ける」ために私が無意識のうちに工夫してきたことを言語化して、誰もが応用できる形にしてみた。

 第1章以降で具体的なノウハウやテクニック、考え方を書いていくが、その前に「選ばれる」人たち共通の心の中を披露しておきたい。
それはその最中には「選ばれる」ことを意識していなかったということだ。結果として、後から振り返ったら「選ばれ続けて」いたということだ。
 その最中には、自分が最大限に能力を発揮することに集中していたということだ。

 私が300戦無敗を続けた時も、「よし、次も無敗記録を継続させよう」なんてことは微塵も思わなかった。ただただ必死に活動し、自社の強み、価値をお客様に役立ててもらおうということだけを考えていた。後から振り返って、結果として無敗記録というご褒美がついただけだった。

 IBMという当時ITの最大手に勤めていて順風満帆だった私は、もっと自分の実力を試したくなって、ベンチャーに飛び出してしまった。まさに「若気の至り」である。2万人の社員がいた大企業から、わずか社員が16人のベンチャーに移ったのだから、無謀過ぎる話だった。
 そしてある日の経営会議に参加した時のこと。経理部の課長が珍しく参加してきたと思ったら、「このまま行くと、半年後には資産が枯渇して倒産します!」と発表したのだった。
 天地が引っくり返る」という比喩表現が体感できた瞬間だった。
「え? 資本金27億円も集めたこの会社が、どうやったら数年で資本金を使いきれるの?」
私の頭の中では「???」が飛び回っていた。
 しかもその時、社運を賭けて開発した新商品は、泣かず飛ばずだった。隠し玉として、開発途中のプロトタイプ(半製品)があるだけだった。
 だからそんな状況の私には「選ばれ続ける」なんて考える余裕も、意識も全くなかった。
「いまここで自分ができることを出し切らなければ、やばい!」その気持ちだけだった。
 私はエンジニア系なので、技術支援やマーケティングが主たる仕事だったが、この時から気持ちを切り替え、営業と一緒に現場に出る決断をした。勝手に自分の行動を決められるところは、ベンチャーの良いところだろう。
 無我夢中で、営業とお客様を回り、プロトタイプをあたかも既に出来上がった製品のようにカモフラージュしながら販売活動をした。
 年間に300社は訪問していたので、我ながらすごい活動量だ。年間の就労日は約200日だから、毎日1、2社を回ったことになる。エンジニアとしての本来の仕事をしながら、プラスでこの活動をしたので、自分でもよく体を壊さなかったなと思う。

 マイクロソフトをはじめ、大手競合会社がひしめく中、コンペをしまくった。
 繰り返すが、「選ばれ続ける」なんて意識は全くないまま当時は活動していた。それにもかかわらず、結果として負けなしで過ごすことができたのだった。

 手前みそになるが、このベンチャーの数社後に、私は一部上場の日本企業で勤めるご縁があった。その時は、役員としてソフトウェア開発の責任者を務めた。
 すべて自社内で開発するソフトウェア製品もあったが、中には他社のソフトウェアを供給して、ちょっと色付けして販売する、いわゆるOEM製品もいくつかあった。
 そのOEM製品の1つに、私がベンチャーの時にコンペで散々戦っていた競合製品があった。まさに、昨日の敵が今日の仲間になってしまったのだ。
 ソフトウェア開発の責任者だったので、ベンチャーにいた時ほど外に出ることはできなかったが、それでも現場主義が身についていた私は、可能な限り、営業に呼んでもらってお客様と接して、ニーズを拾っていった。そして私が元いたベンチャーとのコンペも何度か味わった。この時も、かつて私が連勝していた商品に勝ち続けることとなった。つまり、商品が良いから勝てるわけでは決してないということだ。これは大きな自信になった。
 私が手前みそと言ったのは、競合製品のどちらを売っても無敗で過ごすことができたからだ。古巣を徹底的に打ちのめしたのだった。
 私は無意識のうちに「選ばれ方」を身に付けていたのだろう。

 私は膨大な数のコンペを経験して修羅場をくぐったが、「選ばれ続けた」と自覚を持つようになったのは、つい最近のことである。
 こうやって書籍を出す機会をいただき、出版社との企画の打ち合わせの中で、私のバックグラウンドをヒアリングしてもらっているうちに、自分にそんな才能があったのだと気付くことができた。そして書籍化をきっかけに、それを言語化して整理することができた。

 この本を手にとっていただき、ありがとう。

 今、このページまで読んでいただけたということは、きっとあなたには「選ばれるにふさわしい」くらいに努力したにもかかわらず「選ばれなかった」経験があり、そんな状況を打開したくて、「この本なら、そのヒントになるのでは?」と思っていただけたからではないだろうか。
 この本は、まさに、そんなあなたに向けて、「選ばれる人になるための武器」を贈るために書いてみた。

 各章は、私井下田と若手社員の武井さんの会話で始まる。努力しているのになぜか選ばれない武井さんといっしょに、選ばれ続ける「武器」を自分の物にしてほしい。
 本書では「選ばれ続ける人」になるための具体的なテクニックから、「選ばれ続ける人たち」が普段から用いている思考回路まで、私の体験をもとに、惜しみなく披露させていただいた。
 ぜひ、あな他のこれからに役立ててほしい。

第1章 300戦無敗のリアル

武井:井下田さん、はじめまして。武井と申します。今日はお時間を作っていただき、ありがとうございます。

井下田:とんでもない。仕事でちょうどこちらに来る用事があったものですから。気にしないでください。武井さんの先輩から、お話は聞いてますよ。

武井:そうなんです、大学時代のサークルの先輩が井下田さんの講演会に行って、とても感激したと言ってました。

井下田:ありがたいお話ですね。その先輩さんのこと、はっきり覚えてますよ。最前列で熱心に聞いてくれてました。私のジョークにも大きな声で反応してくれて。終わった後、名刺交換をさせてもらって、その後、フェイスブックのメッセンジャーでやり取りしてましたが、後輩のことで相談に乗ってほしいと連絡が来まして。

武井:今の会社に入って今度の4月でちょうど2年。私なりにがんばっているつもりなんですけど、仕事がうまくいっている感じがしないんです。面白そうな新企画のプロジェクトメンバーに選ばれている同期もいるんですが、私はそんなレベルになってなくて。
 ビジネス書を読んだりして努力しているんですけどどうしたらいいんでしょう、という話を大学のサークルの先輩にしたら、井下田さんに相談してみればと言われたんです。で、先輩がすぐに井下田さんに連絡を取ってくれたんです。お忙しいのにすみません……。

井下田:いえいえ、大丈夫ですよ。お昼ご飯を食べながら、話をしましょう。ここのから揚げ定食、美味しいんですよ。から揚げ、食べ放題ですし。

武井:井下田さん、から揚げ18個も食べるんですか! お店の人も最初から18個、お皿に載せてきましたね。そういう人として認識されてるんですね。

井下田:そうですそうです。ここでは18個のから揚げを食べる人です。会社では社長ですし、家庭では父親であり夫、講演会では300戦無敗の人。いろんな顔を持っています。

武井:私にとっては、私のような人間の話を聞いてくれる人です。ありがたいです。

井下田:人の相談に乗るのが好きなんですよ。

武井:先輩から300戦無敗って聞いていて、とても強烈なんですけど、ごめんなさい、今一つイメージができてません……。

井下田:それはそうかも知れませんね。じゃあ、どんな感じで勝ち取ってきたのか、いくつかご紹介しましょう。

「選ばれる人」には戦略がある

 努力しても必ず報われるとは限らないという厳しい現代。次のように感じていらっしゃる方は、意外と多いだろう。

「私は『選ばれる』に相応ふさわしい努力をしているし、本番では、その実力も発揮できていると思っている。
 それなのに、なぜかいつも選んでもらえない。
 いったいどうしてなのか、まったくわからない。
 選ばれている人と何が違うのか?
 人には言えないけれど、とても理不尽だと感じている。
 このままだと自信を持てないまま、自分を失ってしまいそうだ……。
 とにかく、『選ばれる人』に変わるために、ヒントとか、きっかけがほしい。
 そして、『選ばれる人』に生まれ変わりたい!
 その気持ち、よくわかる。

 実は、私もかつて、「選ばれない」という地獄のような経験をしていた時期があった。
 本番のプレゼンテーションで実力を発揮でき、周りの評価も上々。内心、「これは間違いなく選ばれるな」と思っていたにもかかわらず、結果発表では別の人の名前が……。「一体どうして?」と呆然とした。しかも、「選ばれた人」の提案内容を客観的に見ると、どう考えても、自分の提案よりすぐれているとは言いがたかった。
 そんな経験をしたことが何度もあるから、「選ばれない人」のやり切れない気持ちが痛いほどよくわかる。

 しかし、考えてみれば、オリンピックのような世界レベルのクォリティの場ですら、誤審が生まれたり、印象操作が判定に影響したりすることがあるのだ。
 選ぶ、選ばないという場面においては、理不尽なことはある程度はやむを得ないことなのかも知れない。
だからといって、「選ばれないのはおかしい!」と、悔しがっているだけでは、いつまでも「選ばれない人」のままで終わってしまう。

 私がIBMという大企業から、わずか社員16人のベンチャーに思い切って転職したものの、突然苦境を迎えて人生の退路を断たれたために、現場の修羅場に出まくる覚悟をし、結果として300戦無敗の経験をできたことは「はじめに」で述べた通りである。お客様から選ばれ続けた経験は、大いに自信になったし、私のその後のアクティブな活動に拍車をかけてくれた。
ただここで大事なことは、私は無暗むやみにただ動いただけではないということだ。
 悩んで迷って躊躇ちゅうちょして動かずにいるより、積極的に動いた方が打開する確率が上がることは間違いない。しかしがむしゃらに動いたところで成功率は決して高くなく、疲弊して挫折ざせつつながる可能性も高まってしまう。
「選ばれ続ける人」が決して言わないことがある。それは戦略だ。口にしないだけで戦略を持って行動を起こすことで、無駄な努力をしないように工夫している。楽をして「選ばれない」ことは重々承知しているので、努力をすることは厭わないのだが、合理的な努力をしようとしている。
 その戦略を口外しないのには、いくつか理由がある。
「企業秘密」とうこともあるだろう。しかしその戦略を持って戦っている当事者から見れば、それほど秘密にしようとは意識していない気がしている。なぜなら、自分だからこそ実行できる戦略であることが多く、他者に真似されても応用が利かないだろうと思っているからだ。もう1つの理由は、戦略を感覚として持っているだけで、明確に「戦略」だと自覚していないことも挙げられる。
 私の場合もそうだった。こうやって書籍に記す機会をもらえたことで、あとからあれは「戦略」だったと自覚できているが、戦っている当時は必死過ぎて、言語化できていない感覚の中で戦略を活用していた。

 この章では、その無意識に立てて実行していた「戦略」を言語化し、読者の皆さんも活用できるように汎用化して、惜しみなくお届けしたいと思っている。
 その本題に入る前に、私自身が「戦略」を感じた事例を紹介したい。
 ただひたすらに努力して行動するのではなく、事前にしっかりと戦略を練ることがいかに大事かを痛感させてくれる事例だ。

ルールと本質を知り、えげつなく「勝ち」に走る戦略

 最初に紹介する事例は、マーケティングで著名な森岡もりおかたけしさんが、お子さんの運動会で実際に行った体験談だ。もしかしたら、ご存じの方もいらっしゃるかも知れない。
 お子さんの運動会で、お父さんたちが2チームに分かれて、グラウンドに数多く置かれたペットボトルを倒す側と、立てる側となって対戦するゲームを行ったそうな。
 決められた時間内に、お父さんたちが必死にペットボトルを倒したり、立てたりする姿を観るのは、ギャラリーとしてもハラハラして楽しいシーンだろう。通常なら応援の声も飛び交い、盛り上がることだろう。
 しかし森岡毅さんは、ここで仕事癖が出てしまったのか、戦略を練ってしまった(笑)。それも観ている観客にとってみれば、全く面白くないやり方だ。
 森岡毅さんは、このゲームの本質を冷静に判断し、ペットボトルを倒す動作の方がペットボトルを立て直す動作よりも瞬時に簡単にできると、まず理解した。ゲーム開始後、制限時間内でペットボトルを倒したり、建て直したりを両チームで不毛に争うより、制限時間ギリギリまでは自陣のペットボトルを立てることに集中しておいて、最後の数十秒で合図と共に、一気に相手チームのペットボトルを倒しに行けば、相手チームがペットボトルを立て直す暇もなく時間切れとなると戦略を練ったのだ。
 観ている観客は本当につまらなかっただろう(笑)。実際、ブーイングも起きたらしい。しかし森岡毅さんはチームを統率して、確実に勝てる戦略を実践したのである。
 事前に状況を分析し、本質を理解した上で戦略を立ててから行動することがいかに大事かわかる事例である。

「選ぶ人」にサブリミナルする戦略

 もう1つの事例は、2015年のラグビーワールドカップのジャパン対南アフリカ戦での話だ。
 本当にあのときは、日本中がラグビーブームになったほどだったから、ラグビーファンでなくても覚えている方も多いと思う。最後のワンプレイで、日本が強豪南アフリカチームに逆転勝ちした、世紀の大番狂せと言われたあのゲームだ。
 選手たちの見事なプレイにも感動したが、私が一番感心したことは、当時、日本チームのヘッドコーチだったエディー・ジョーンズ氏が、その試合の1か月前に仕組んだ、「勝つための布石」だった。
 彼は、本番の試合の1か月前に、南アフリカ戦を担当する予定の外国人レフェリーを日本に招き、日本の練習試合で実際にレフェリーをやってもらったのだ。
 理由は、「日本チームの低いスクラムを事前に見ておいてもらいたかった」から。

 ラグビーにあまり詳しくない方のために、簡単に補足したいと思う。
 ラグビーでは、ゲームが途切れて再開する時に「スクラム」という相手8人対味方8人の計16人が塊りのようになってボールを取り合うセットプレイから始まることがある。ゲームの起点となるので大事なプレイだ。
 このスクラムの押し合いで重圧に負けて崩れてしまうと、怪我を招きやすい危険なプレイだということで、スクラムを崩したチームにペナルティが科せられる。
 スクラムでペナルティを取られることは、ゲームの勝敗に左右するほど重要なことなので、スクラムを崩していないのはこちらだと、レフェリーに「選んでもらう」必要がある。
 ジャパンチームは、体格がまだグローバルと比較して追いつけていないこともあり、戦略として低い姿勢でスクラムを組むことによって、体格の劣勢を跳ね返す工夫をしていた。
 しかし、スクラムが崩れたときに、レフェリーが低い姿勢のチームの方が原因だったのではないかとレフェリーがミスジャッジしてしまう危惧があったのだ。
 そこでエディー・ジョーンズ氏は、ジャパンの低いスクラムの姿勢は戦略的なものであり、圧力に負けているわけではないとわかってもらうために、事前にそれをレフェリーの目に焼きつけるために練習試合に呼んだのだった。
 決して、えこひいきしてもらおうとびを売ったわけではないところがポイントだ。
 正当かつ公正な判定をしてもらうために、正しく選ばれるのに必要な戦略を取っただけだ。この布石が功を奏し、ジャパンチームはスクラムで理不尽なペナルティを科せられることなく、試合を進めることができた。

 いかがだろうか? 「選ぶ人」にえこひいきが起きないよう事前に公平な立場になるよう効果的に促す戦略。実力勝負で選んでもらいに行く人にとってはとても有効な戦略だ。このあとお話する私の「無敗神話」の中でも、この戦略は存分に使われている。

ビジネスコンペで「300戦無敗」を達成してわかったこと

 人間が人間を評価して「選ぶ」には、どうしても限界がある。
 場合によっては、感情や利権が入ることもあるだろう。
 もちろん、「選ばれる」ためには、本番で実力を発揮することは大事だ。その本番でムラなく、いつも最高の実力が発揮できるよう、普段からの努力も大事なのは言うまでもない。
 しかし、同時に「その努力や実力を正しく判断してもらう」ことも必要なのだ。
 それが正しき「戦略」だと思っている。
次項から4つの戦略を述べるが、努力や実力をいかにアピールしたか、ぜひ学んで欲しい。

【選ばれ続ける人がやっていること】
行動する前に、まず戦略を練る。話はそれからだ!

試食戦略――行動の重要性

 私が体験した300戦無敗の経験は、まさにゼロからのスタートだった。
まず持ち球がなかった。つまり売る商品がなかった。あるのは作りかけていたプロトタイプ(半製品)だけだった。デモとしては見せることができるレベルまでは出来上がっていたが、まだ出荷もできないほどのものだった。
 信頼もまだなかった。わずか数十人のベンチャーで既存顧客も少なく、ほぼ新規開拓に近い状況だった。
 リソースも限られていた。営業もたったの5人程度。マーケティング系も数人いたが、現場に出てこのプロトタイプを説明できるのは、ほぼ私だけだった。ただ社員の半数近くは開発部隊でとがった人材が揃っていたので、これだけが武器と言えば武器だと感じた。
 救いは、この切羽詰まる状況になるまでに、販売代理店契約を多数の会社と交わしていたことだろう。まだ資本金が潤沢じゅんたくにあり、やろうとしている内容も先進的な技術で、将来性あるベンチャーとして見られていたので、会社立ち上げ当初から、販売代理店の契約を多数のIT会社とできたので、お客様を紹介してもらいやすいところは救われた。ただし、もちろん販売代理店も、このプロトタイプの説明はできないので、お客様の紹介だけしてもらい、その後の営業活動はすべて限られたこちらの社員でしなければならなかった。

 こんな文字通りゼロからのスタートで、よくお客様から選ばれ続けたと思う。しかも競合相手は、マイクロソフトや、大手外資系企業など、規模も馬力もある相手に勝たなければならなかった。
 切羽詰まったこの状況で立てた「戦略」が、幸運にも間違っていなかったことなのだろう。

私が最初に立てた戦略は、「試食戦略」だ。

 この戦略が成功したことで、コンペにさえ持ち込めれば、絶対負けることなくお客様に選んでもらえるという自信に繋がった。
「試食戦略」とネーミングを付けてしまうと、「なぁんだ。当たり前じゃないか」と思われてしまうかも知れない。しかし意外と奥が深い。

 デパ地下に行けば、食料品売り場でよくやっている試食コーナーが、まさにそれだ。味に自信があれば使える戦略である。
 しかしここで言っている私が実施した「試食戦略」は、デパ地下のそれとはちょっとだけ異なる。試食に立ち寄ったお客様の味の好みを理解し、お客様ごとに味付けを変えて提供する戦略のことを指している。個別にカストマイズするので、すごく手間と時間がかかる戦略だが、確実に「選ばれる」戦略でもある。

 私は営業や販売代理店の人と、積極的にお客様に出向いた。エンジニアだったらまだ登場しなくても良い初期フェーズから顔を出して、お客様の悩みを聞くことにした。そしてここが一番大事なのだが、お客様が一番困っている生データをお借りするお願いをして、その生データを使ってそのお客様専用のデモプログラムを作って、お客様に「試食」してもらったのだ。
 他の競合会社のエンジニアもデモを行っていたが、それは汎用的なデモだ。どのお客様にも見せられる同じデモだ。効率は良かっただろう。
しかし私は、お客様の持つ生データを使ってデモを行い、しかも一番解決したいと思っているデータを扱ったので、お客様からしたら、自分の悩みが解決できることをの当たりにすることになる。言うまでもなく、目の前で解決するデモを見たら、100%お客様は選んでくれるわけだ。

 ただし、ここで1つ大きな問題があった。
 それは、お客様ごとに個別にデモを作らないといけないので、多大な手間と時間がかかることだ。しかもこちらは私一人。競合会社は複数のエンジニアがいる。
 この問題を解決するために私が選んだ戦略は、かなり大胆だ。
 一般的な販売活動では、デモを見せる前に、まずお客様の悩みを解決するソリューション(解決策)をエンジニアの立場で紹介するのが常だが、私は大胆にもそこを割愛し、お客様に競合会社を紹介したのだ。
 競合会社を自ら紹介してしまうなんて、あり得ないと思うかも知れない。
 しかし営業ではなくてエンジニアの私が紹介することで、お客様は私を信頼してくれる。私が紹介した競合会社からの説明を聞いたあとに、「さて、あなたはどう提案しますか?」と私に戻って来てくれるのである。私が初期フェーズに、営業と一緒にお客様を訪問するようにしたもう1つの理由がこれである。
 競合会社がソリューションの説明をしている間に、私は自社内で預かったお客様の生データを使ったデモを作り込み、足りない時間の帳尻を合わせた。そもそもソリューションの段階では、自社であろうが競合会社であろうが基本的な部分は変わらないので、敢えてそこで手間を取る必要はない。むしろ汎用的な部分を競合会社にしてもらったあとに、自社のオリジナルな部分だけを後から説明した方が効率良いとも言える。そして生データを使ってデモを行い、お客様の目の前で解決するシーンを見せるので、100%選んでもらえることになる。

 この事例から学べることは、勝つために特別な施策をしようとした時には、必ずそこから誘発されるネガティブな側面も出て来るということである。私の例で言えば、生データを使った効果的なデモを作るために、大幅に時間が足りなくなるところがそれだ。そういったマイナス面も想定した上で、それをもカバーする手立てを考えるのが戦略というものなのだ。

「試食」をしてもらうという戦略は、非常にオーソドックスだが、抜群に効果的だ。扱っている商材や、自分自身に自信があるのなら、ぜひ使ってみて欲しい。強みを生かした王道な戦略となるからだ。
 ただしそれを実施する上で、同時に多大な手間がかかるという覚悟も認識しておく必要がある。手間がかかる。すなわち行動である。好きな作業なら、その膨大な手間も苦にはならないはずだ。
 効果を発揮する「戦略」というのは行動を伴うものだと心得た方がいい。努力なしに「選ばれ続ける」ことは不可能である。
 ただし「戦略」があれば、その努力を「合理的」にしてくれるのだ。

【選ばれ続ける人がやっていること】
効果的な戦略には手間がかかる。面倒だからこそ、あえてやる!

帳尻合わせ戦略 スピードが大事

 弱者はスピードで勝負するしかない。
 物量作戦では大手競合に負けてしまうし、認知度でも圧倒的に不利だ。小回りが利くところでアドバンテージをPRするのが、選んでもらうための大事な戦略となる。
 大手競合は、逆に守るものが多く、変更を要する決定には時間がかかる。そこを狙うのだ。

 ベンチャーにいた時、例のプロトタイプが製品化を迎え、その製品を紹介するセミナーを開いたことがあった。この時は多業種から多数のお客様が聞きに来てくださっていたので、さすがの私も汎用的なデモを披露して1時間ほどプレゼンした。
 セミナー終了後、あるお客様が私のところに名刺交換しにやって来た。名刺を見ると有名な大手商社だ。肩書もキーマンのようだ。話を聞いていると、どうやら外資系大手の競合会社の製品導入を既に決定していて、その製品の使い方を覚えるセミナーの申し込みも済ませているとのこと。
 そこまで段取りが進んでいるのに、なぜ今日のセミナーを聞きに来たのだろうと不思議に思ってさらに聞いてみると、どうやら本当にやりたいことが現状ではできないようで、その外資系競合会社に製品の機能改善要求を出しているとのこと。しかし大手会社の製品であることや、外資系なので機能改善要求の返事をもらうためには、海の向こうの本社の承認が必要になり、なかなか返事がもらえずにイライラしていた状態だったらしい。
 そのキーマンから「この機能、あなたの会社では対応できますか?」と私の目を見据えて聞いて来た。まず私の心の中で、「そのぐらいの機能なら、うちの開発陣ならすぐに対応できそうだな。でも一応、確認しなくては」と思った。
「わかりました。たぶん、ご期待に沿える要望だと思いますが、念のために開発チームに確認してから、すぐにお返事するようにしますね」と、そのキーマンに即答した。
 そこから本領発揮である。弱者ならではのスピードの利を活かした。早速開発陣と打合せをして、要望対応可能の返事をもらい、その日のうちにお客様に「対応可能です」とメールで返事を入れた。通常なら、まず営業部門内でそのリクエストを開発部隊に提案するか承認をもらうだけで1週間くらいかかり、そこから開発部隊に対応可能かを確認してもらうために数週間かかってしまうものである。外資系の会社だと、開発部隊は海外となるので1カ月くらいお客様を待たせてしまうことは多々起きるわけだ。それを1日足らずで正式な返事をお客様にすることは大いなるメリットとなる。
 これは私の体験から言えることだが、いいお客様と出会うと、リズム感が格段に変わることを実感できる。お客様からもすぐに返事が来た。
「わかりました。導入予定だった製品の購入はやめることにしました。いま、セミナーのキャンセルも入れました。あなたに賭けることにしました」と、どんでん返しの結果となった。既に夜中の12時を回っていたが、その日のうちに再度私からお礼の返事を入れたのは言うまでもない。

 このお客様とは、その後も長い付き合いとなった。
 商社だったこともあり、「自社で使うだけでは勿体ないので、販売代理店契約もしたい」と打診があり、優良なパートナーになった。
 蛇足だが、後日私がこのベンチャーを去ることになった時、わざわざ私のために歓送会まで開いてもらえた。

 私は、講演の依頼を受けることが非常に多い。年に100回くらい受けることもざらだ。主に講演依頼を仲介してくれる業者経由で依頼が来ることが多いのだが、私はいつも即答で「受けられます」「その日はあいにく空いておりません」と返事をしている。講演が終わったあとも、帰りの新幹線で結果報告を入れている。
 調べてみると、最近は講演をする講師の登録は膨大にあるようだ。仲介業者から見たら、膨大な講師陣の中から私を選んでくれていることになる。
ある日、不思議に思った私は、ある仲介業者に「なぜいつも私に声をかけてくださるのですか?」と聞いてみたことがある。
 返事は、「もちろん講演の評判がいいことも大きな理由ですが、何よりもいつもすぐにお返事がいただけるので、こちらとしても大変助かるのです」とのことだった。
 スピードは大いなる価値になる。弱者が利用しない手はない。

 スピード感ある柔軟な動きは、相手から信頼され、「選ばれる」ことに直結する。もちろん、スピードを上げるために、いい加減な対応をしてはいけない。丁寧にスピード感を落とさずに対応するべきである。

 スピード感があると、実はもう1つ良いことは、付き合う相手の質も上がるということだ。できる人は決断が早い。これは私が長年数多くの人と出会ってきて、感じている共通の特徴だ。日頃から関心を持って情報を集め、整理しているからこそできることだろう。
 そんな良い人たちと出会って、選んでもらうには、こちらもスピード感を持って、真摯しんしに対応することが肝心である。

【選ばれ続ける人がやっていること】
仕事の返事はOKもNGも即答で

アドバイザー戦略 人との接し方が大事

 IBMに在籍していた時に、すごい先輩がいた。
 その先輩は営業職なのに、全く営業をしないのだ。やっていることは、お客様と真摯しんしに向き合い、IBMの利益になるならない関係なしに相談に乗ってあげて、解決に向けて奔走しているだけなのだ。「こんな綺麗きれいごとを地で行ったようなことをしていて、営業として成り立つのだろうか?」と周りからも心配されていた。
 ところがである。期末になると、お客様がその先輩の営業を心配し始め、「目標達成までは、あといくら足りないの?」と聞いて来て、毎期目標を達成する営業パーソンになったのだ。
 もちろん利他の心だけですべてが上手くいくような綺麗ごとでは済まないとわかっている。彼にも彼なりの戦略があり、売りたいソリューションは自然なタイミングで、さりげなく紹介していた。ただその売り込みの活動がまったく嫌味には感じなくなるほど、お客様に対しての親身な姿勢がオブラートに包まれていた。

 私がベンチャーで修羅場を迎え、営業に同行して数多くのお客様と会っていた時に、売り込みたくなるはやる気持ちを抑えるのは大変だった。
そんな時は、その先輩を思い出し、お客様から見て私が「売り込みに来る営業を支援するエンジニア」とはならないように気を付けた。むしろ、「この人は、持っている技術知識を活用してこちらの難題を解決してくれる頼りになる人だ。営業しないし、売り込みもして来ないから安心して相談できるな」と思っていただけるよう、自分の欲望を切り離して接するよう心掛けた。
 人間には「返報性の原理」という心理がある。してもらったことは、いつか返したくなる。それが人間であることの素晴らしさの1つだと思っている。損を覚悟で、こちらから価値を提供していれば、忘れた頃に返って来るものなのだ。例えるならば、プールで水面を押した時と同じだ。水面を押すとプールの端まで波が行き、反動となって波が返って来る。
 現実の世界では、全ての波が返って来るとは限らない。感覚的には、「1勝9敗」の覚悟は必要だ。しかし忘れた頃に返って来る波は10倍以上大きく、喜びを感じる。

 お客様の悩みを真摯に聞いていると、見えて来るものがある。それはお客様自身も見えていない潜在的なニーズだ。
「自分で自分のことはよくわからないが、他人のことならよくわかる」とよく言われる。まさに立場が違う私がお客様の悩みを聞くことで、本質的な課題を見つけやすくなるのだ。

 ITの専門的な話になり恐縮だが、ベンチャーにいた時お客様から、「うちのこのファイルをデータベースに入れたいのだが、いい方法はないだろうか?」とよく相談を受けた。特に多かったのが、CSVファイルと呼ばれる、カンマで区切ったテキスト形式のファイルをデータベースに挿入するニーズだ。
 もちろんそれができる製品を売っていたので、すぐに提案することもできた。そして競合会社においても同様だった。
 しかし私が競合会社と違っていたのは、お客様の本当の悩みを見つけるまでは提案を控えたことだった。もし私がお客様の相談を鵜呑みにして、CSVファイルをデータベースに挿入できるツールの提案コンペにしていたら、それは性能や価格競争になってしまい、勝てるかどうかは確率に依存する場になっていたはずだ。むしろ、競合会社は大手が多かったので、値引きやサポート体制等々で負け試合を増やしてしまったことだろう。

 私がやったことは、お客様のアドバイザーとなり、お客様もまだ気づいていない潜在的なニーズを見つけることだった。
 お客様が要望として、CSVファイルから移行したいという声が多かったのは、実はその前段階として、エクセルファイルが多くて困っていることに私は気づいた。
 エクセルはとても使いやすく、ITに詳しくない人でも便利に使っているツールである。ところが吐き出されるエクセルファイルは特殊フォーマットなので、そのあと別のツールでの再利用が難しいと思われている。そこでほとんどのお客様は、再利用するために、エクセルからCSVファイルの形でアウトプットしていたのである。つまりお客様が本当にやりたかったことは、たくさんあるエクセルのデータをそのままシステムで再利用することだったのである。そして私が提案していたツールは、そのエクセルファイルにも対応していた。
 私がお客様に、「エクセルからダイレクトにデータベースに落とし込めます」と言うと、目を丸くして驚いていたし、それができると知ってしまったお客様は100%、私が提案するツールを買ってくれた。
 ダメ押しで「ついでにツールから自動でメールでも送れますよ」と言うことで、お客様はたいそう喜び、私のコンペ勝率をさらに上げてくれた。お客様の概念では、メールは人間が手で書いて送るもので、まさかツールから自動で送れるとは夢にも思っていなかったのだ。
 そう、お客様は「それはきっとできないであろう」と思い込んであきらめていることが意外に多いのだ。

 潜在ニーズに気付いてあげるという行為は、相手に選んでもらう上で、とても大事なことだ。今後ますます重要になるだろう。これは仕事においてはもちろんのことだが、個人との付き合いでも言えることだ。

信頼された先にある、さらなるアドバンテージ

 目先の利己を抑えて相手にとって真のアドバイザーに徹して信頼を獲得すると、結果的にさらに「選ばれる」ようになる。相手にとってのコンサルタント的な立場になれるのだ。
 お客様は悩みや問題を抱えているが、解決策となるソリューションの専門的なことは詳しくない。どういう基準で選んだら、正しく公平に、自分が望んでいたものを得ることができるか、それも正確にわかっていないことが多い。
 相手を「選ぶ」より前に、相手を「選ぶ」ための「選択基準」を教えてくれる人を求めいるのだ。だから、その立場の人間としてこちらを認識してもらえれば、大いに有利になれるわけだ。

 価格だとか、性能だとか、サポート体制、豊富な機能、カストマイズ性など、いろいろな基準を設けて比較表を作り、そこに競合メーカーの製品を並べて、◯✕を付けて、製品を選ぶ。上司に承認してもらう際にも大事な資料となる。ところが、この一見公平そうに見える比較表も、基準となる項目や、優先順位を変えるだけで、いかようにでも結果を変えることができる。
だから、お客様に選んでもらうためには、比較表作成の段階から参加できることが大事な要件となる。
 私が競合会社のエンジニアと違って、初期の段階から営業と同行するようにしたのには、この意味もあった。つまりサポート体制を気にしているお客様においては、そこを詳しく書いた比較表になるよう誘導し、豊富な機能重視のお客様には機能を羅列した比較表になるよう誘導し、自社が自然と選ばれる比較表を作らせることに成功したわけだ。

 信頼を勝ち取れれば、長期に渡って「選んでもらえる」ようになる。目先の「勝ち」よりも、焦らずに相手を観察して、潜在ニーズを見つけられるほど真摯になって、真のアドバイザーになることを目指そう。

 もちろんこの戦略も、信頼を勝ち取るためには多大な努力を要する。しかし、これも合理的な努力だと理解しておいた方がいい。

【選ばれ続ける人がやっていること】
損を覚悟で価値をどんどん提供する

根性論戦略 考え方が大事

「はじめに」にも書いたが、私がコンペで300戦無敗を過ごすことができたのは、偶然の結果だと思っている。もちろん、勝率を極限に上げるための工夫はしていたし、それを言語化して本書を書いているわけだ。
しかし、中には負けると覚悟した案件もあった。要望がシンプル過ぎて、「試食戦略」も「帳尻合わせ戦略」も「アドバイザー戦略」も使えない競合案件の時もあった。

 私が「これは、負ける!」と思った時の競合案件の話をしよう。
 そのお客様の要望は極めてシンプルだった。ありがちなCSVファイルをデータベースに入れたいが、該当するCSVファイルが膨大にあるので、とにかく性能が高いツールを使いたいというものだった。私が期待するような、裏側でエクセルファイルがあるのではないかとか、他にももっとやりたい業務があるのではないかといった要望は一切なく、単にツールのスピード勝負で、最も速いツールを選択するということで、私がいた会社にも声がかかったのだ。
 都合が悪いことに、ツールのスピードが最も速いだろうと思われていた競合の製品は、既にお客様から声がかかっていて、ベンチマークテストが済んでいた。私は、この競合製品のテスト結果よりも良い結果を出さないと選んでもらえない状況だった。
 ある日、お客様に訪問し、テスト環境を貸してもらい、そこに自社製品をインストールしてテストが始まった。しかし悲しいことに、どのテストケースを試してみても、その競合製品にスピードで勝てないのだ。苦肉の策で、機能的なメリットや、柔軟性や便利性を訴えようとしても、お客様はスピード重視の一点張りで耳を貸してくれない。
 私は覚悟を決めて、ベンチマークテストに挑んだ。唯一幸運だったのは、ベンチャーだったので足回りが良かったことだ。逐次、メールや電話で開発部隊に状況を連絡し、アルゴリズムを修正してもらって数時間後には改善したプログラムをインストールし直してテストできたことだ。
 しかし、いくらプログラムを改善しても、競合先の製品にはスピードで勝てなかった。この時私は、「ああ、この案件は負ける!」と感じたのを明確に覚えている。
 それでも諦めが悪い私は、夜通しで改善とテストを繰り返した。開発陣にも徹夜に付き合ってもらった。お客様も往生際が悪い私に呆れて「お先に!」と先に返ってしまった。
 ようやく夜中の2時頃に、たった1ケースだが、競合会社に勝つテストケースを作ることができた。これは内緒の話だが、私が想像するに、きっと開発陣がそのテストケースだけは速くなるように細工してくれたのではないかと思っている(笑)。
 他の多くのテストケースでは競合会社に負けていたが、それでも勝つケースを見つけた(作った)私は、夜中の4時くらいにレポートを書いて、お客様にそのメールを送って帰った。

 結果は、お客様から選んでもらえた。
 営業経由でこの結果を聞いた時は、心底驚いた。冷静に考えれば、勝てる要素がなかったからだ。そのお客様とはその後も長くお付き合いが続いたが、後日お客様から、なぜ選んでもらえたかを聞くチャンスがあった。
 お客様いわく、「スピードは確かに競合会社のツールの方が速かったが、五十歩百歩の世界だった。業務の遂行上は、どちらの製品を使っても問題ないことがわかった。重要視したのは、あなたの根性だった。今後いろいろな変化が起き、新たな要望が起きた時に、真摯に対応してくれるパートナーと付き合いたかった。あなたなら信頼できると思った。」と、暖かい言葉をかけてくれた。私は熱くなった目頭を必死に押さえた。

 きっと営業が根性を出しても、それは当たり前と思われたかも知れない。案件が取れようが取れまいが給料には影響ないだろうと思われるエンジニア職の私が必死に努力をしたから、お客様の琴線に触れることができたのだと思う。

ど素人でも1000人集めることができたコンサート

 仕事以外の話もしよう。
 私は、ITは詳しいが、音楽は全くのど素人だ。そんな私が音楽のコンサートをプロデュースしたことがある。それも1000人規模のコンサート会場を借りてだ。今思えば、不可能なことをよくやったなと思う。コンサート会場を予約して、共演してくれそうな演者を見つけ出して説得して、集客をしてと、あらゆることを体験したが、準備していく過程で、専門の方々から、いろいろな意味不明な質問を受けた。「PAはどうするのですか?」「舞台監督は誰ですか?」と。
 私は「PA」も「舞台監督」も初耳で、何を質問されているのかもわからなかった。それほど、ど素人だったのだ。
 しかもそのコンサートの主役は17歳の無名な女子高校生だった。10代の無名の子の歌声を聞きにお金を払って来る人がどれだけいるだろうか。唯一、集客に繋がる情報として使えるかなと思ったのは、その子が全盲だったことだ。ただ、同情を買って集客することもどうかなと思い、結局パンフレットには「光を超えて」と表現して、全盲のことには触れなかった。さらに逆風が吹いたのは、会場の予約が取れた日が、12月24日、つまりクリスマスイブの日だった。多くの人が特別な予定を入れる日だ。

 インフルエンサーの知り合いもいない私は、ただただ一人ずつ集客するだけだ。普段は参加しないだろうイベントにも積極的に参加し、自己紹介の場では必ずそのコンサートの話をして宣伝して回った。
 結論を先に言うと、1000人集めて大成功させることができた。同情して来てくれた人も多かったかも知れない。しかしあのクリスマスイブの日に起きたことは、17歳の女の子が来場者1000人にクリスマスプレゼントをしたことだ。コンサートが始まって、1曲目から1000人の涙腺が緩んでいたのを私は舞台裏から覗くことができた。

 人から選んでもらう時、最後に見抜かれるのは、その人の姿勢だと感じる。諦めずに信じたものに向かって進むその姿は共感を呼ぶ。
 このコンサートの例で言えば、きっと自分のコンサートだったり、利益を生むプロデュースだったりしたら、これだけ集めることはできなかったことだろう。純粋に、彼女の歌声が透き通っていて、これを多くの人に伝えて感動してもらいたいという私の思いが情熱となって響いたのだと思われる。
「選ばれる」ことを望むなら、自分の心の中を覗くことも大事である。軸のぶれないしっかりした考え方を持つことが重要である。これについては第5章でいろいろ述べたい。

【選ばれ続ける人がやっていること】
結局、諦めないことが大事。

※最後までお読みいただきありがとうございました! 試し読みはここまでとなります。この続きは、書籍『選ばれ続ける極意』(井下田久幸著/朝日新聞出版)でお楽しみください。


『選ばれ続ける極意』目次

はじめに――「なぜか選ばれないあなた」に、武器を贈りたい!

第1章   300戦無敗のリアル
「選ばれる人」には戦略がある/試食戦略――行動の重要性/帳尻合わせ戦略――スピードが大事/アドバイザー戦略――人との接し方が大事/根性論戦略――考え方が大事

第2章 2種類の目標を立てよ――「選ばれ続ける人」の行動
「ブラウザは何をお使いですか?」という質問に隠された深い意味/庭を整えたら蝶が向こうからやって来る/選ばれる人は「結果目標」と「行動目標」の2つを持っている/前に進むためにあえて後退する勇気/来た時よりも美しく/「選ばれる人」が大事にしている6つの視点/「選ばれる人」が大事にしている新たな3つの視点「時間」「情報」「感情」/予期せぬ出来事への対応/相手の目を見るという基本/掴み5分と締め1分が9割

第3章 5つの基礎力を鍛えよ――「選ばれ続ける人」のスピード
選ばれる人が持つ共通の特徴「即断力」/即断できるための5つのトレーニング/レスポンスを早める/「選ばれる人」は「何もしないことの罪」を知っている/「選ばれる人」は、お金以上に時間を大切にする/スマホを活用したスピード術/心地よいストレスでスピードを上げる/やっぱり几帳面で丁寧で緻密/お得感を提供すれば、交渉スピードは上がり、リピーターになってもらえる

第4章 10秒で断れ――「選ばれ続ける人」の人との接し方
チームメンバーで「選ばれる確率」が大きく変わる/テイカーの見分け方/「選ばれる人」は理不尽にどう対応しているのか/非難の衝動/「選ばれる人」が激しい嫉妬を受けた時にしていること/選ばれる自己紹介/モノよりコト、コトよりヒトで勝負する/相手に合わせた説得の仕方

第5章 5年後の自分に相談せよ――「選ばれ続ける人」の考え方
「選ばれる人」は、実は「選んでいる」/「選ばれる人」は時間軸が長い/「君子不占(くんしうらなわず)」という考え方/徹底さが導く吸引力/コンプレックスは武器になる/絶対0度の考え方/迷ったら「5年後の自分」に相談しよう

おわりに


井下田久幸『選ばれ続ける極意』
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