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川の向こうに見えたアフガニスタン

走行中に子供たちと出くわすと、子供たちはまたワーワー騒いで、すれ違いざまにハイタッチしたがる。
ハイタッチの瞬間、すかさずリンゴを手渡してくれた子がいた。

天使すぎる子供たち。

大移動。

逆方向だったら過ぎ去るのを待てばいいだけなんだけど、同じ進行方向なのでこの子たちの中に突入して追い越さなきゃならない。

突然の雨。
雨宿りしてたらまた集まってくる。

「フォト! フォト!」と撮られたがる子たち。

標高3200mの峠でキャンプ。
すばらしい朝。

あちこちにマーモット。

テント暮らしの遊牧民。

ナンとヨーグルトとチャイをいただいた。

アフガニスタンとの国境をなす川。

対岸はアフガニスタン。

全土で最高レベルの退避勧告が出されているアフガニスタン。
でも対岸に見える農村は平穏そのもの。
サッカーをしている少年たちの声さえこちらまで届き、僕に向かって手を振る人や、何やら叫ぶ人もいた。

アフガニスタンほど、大国の都合でメチャクチャにされた国はない。
19世紀にはグレートゲームと呼ばれた英露の二大国がぶつかり合う緩衝地帯として荒らされ、20世紀後半は米ソ冷戦の代理戦争の舞台となり、荒れ果てた国土からタリバンやアルカーイダといったモンスターが生み出された。

でも僕の目に映ったのは、何の罪もなくただ生活を守りゆく人々だった。
行ってみたいな、でも行けない。

2001年9.11テロ。
そもそもはアメリカ自身が蒔いた種、テロリストを生み出したのは当のアメリカに他ならない。
歴史上覇権国というのはそれぐらいの報復を受けるような非人道的なことをしてきた。
今の中国なんかはアメリカやイギリスがしてきた鬼畜行為と比べたらまったく生ぬるい、でもいずれしっぺ返しを食らう時が来るだろう。

同年ブッシュ政権は、アフガニスタンに潜伏するビン・ラディンをテロの主犯と断定し、身柄の引き渡しを要求したがタリバンはこれを拒否、アメリカはアフガニスタンに侵攻した。
これによってタリバンは崩壊し、アフガニスタンに新政権を樹立。

2011年オバマ政権はビン・ラディンを殺害、アメリカ軍撤退。
しかしタリバンは息を吹き返し、イラク戦争後に亡きフセインの残党とビン・ラディンのアルカーイダが合体して誕生したISも戦乱に加わった。
IS壊滅後の現在も、政府軍とタリバンの衝突が続いている。

大国のゲームでメチャクチャにされた中東。
そっとしておけばかれらはもっと平穏に暮らせていたに違いない。
せめてメディアの偏向報道を鵜呑みにするのはやめて、自分の目で見て自分の考えを持ちたい。

この日は、割と人目につく場所にテントを張ってしまった。

夕食を終え、日も暮れ始め、そろそろ寝支度かという頃、何者かがテントに近づいてくる気配がした。

「グッドモーニング!」

うわぁ、これは嫌な予感。
軍人だろうか、イカツイ体型の二人組。
英語はまったく話せないが、どうやらここは軍事エリアで、対岸でタリバンが見ているからキャンプはダメだ、ということはわかった。
一度セットしたテントとシュラフを片付けて別の場所に移動するというのがいかに面倒くさいことか。
移動したくない、タリバンに見られてもいいからここでキャンプさせてもらえないものか。
でも駄々をこねてもダメなものはダメっぽいので、渋々片付け、かれらに案内されるがまま、1kmほど離れた果樹園にテントを張った。
結局そこも、対岸から見られる場所だった。
今回はタリバン云々ではなく、人目につく場所にテントを張ってしまった僕のミス。

子供の国、タジキスタン。

自転車に付いているアクセサリーやお守りをものめずらしそうに見て、「ちょうだい!」と言ってくる。

そんな目で見つめたってあげないよ。

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