見出し画像

はつ恋【ショートショート】

予報では雨だったのに、きれいに晴れた。さすが
誠也だ。


「皆川さん」
ごみ捨てに行く途中、後ろから声をかけられ振り返った。
「おう、どうした、幸成」
クラスの男子だった。なんだか震えている。
「寒いんじゃない?」
声をかけながら近寄った私の手を取って幸成は言った。
「…あのさ、俺と付き合って」
…え?
「俺、前から皆川さんのこと好きで」
私、幸成のこと好きなのかな?そう問いかけると心臓がとくんと鼓動した。
ああ、やっぱり誠也は幼なじみなんだな。幸成と付き合うことにした。

「私さ、幸成と付き合うことにしたよ」
胸がずきんとしたのは、幼なじみを失うかもしれないからだ、と思った。
ほんの一瞬、誠也はあっけに取られたが、いつも通りの笑顔になった。
「お前みたいなんでも、好きになってくれるやついてよかったじゃん」
とからかう。
「はあ?あんた私の魅力分かんないの?やれやれこれだからお子様は。大人の色気が分かんないんだね」
ふっと笑いながら短くてかきあげられもしない髪をばさっとやってみる。
「なぁにが色気だよ。幼稚園の時からなんも変わってないじゃねえか」
「んだよ離せよ!」
肩を組んでくる誠也を引きはがそうとする。そんなふうにいつも通りじゃれあって帰った。

幸成とはそれなりに楽しく付き合った。付き合い始めて半年くらい経った頃だったと思う。 ちょっとした事件があった。傍から見るとおおごとになるのかもしれないが、私みたいなお転婆にはどうってことなかった、と言いたかったが…案外私は弱かった。

その日私は部活で帰りが遅くなった。冬は日が落ちるのが早い。人気のない田んぼ道、1人自転車を走らせていたら、前から歩いてきた男に自転車の横面から蹴り倒された。田んぼに落ちたので怪我はなかったけれど、私はどろどろになって呆然としていた。
正直、観念した。高校生にもなれば相手の目的は分かるし、民家もないし、助けの呼びようもない。でも、怖かった。男勝りで通ってる自分なのに、女なんだなと感じさせられた。
怖くて声も出なかった時、向こうからすごいスピードで近づいてくる自転車が見えた。
「裕美、大丈夫か!」
それを見て私を襲おうとした男は、走って逃げた。
それでも私の膝はガクガクして立ち上がることも出来なかった。そんな私を彼は抱きしめてくれた。 
「誠也…」
私は泣いていたのかもしれない。
「無事でよかった」
彼にぎゅっと抱き締められた。
いつの間にこんなにでかくなったんだろう。弱虫でちっちゃくて私のあとを泣きながらついてきていたのに。広い肩にぎゅっと抱きすくめられて、こんな状況なのに私は不埒なことを考えた。やっぱり私は誠也が好きなんだと。

それでも幸成と付き合ってるんだからと、気持ちを押し殺す覚悟をして学校へ行った私に待ち受けていたのは、ひどいいじめだった。男を色じかけで誘ったんだとクラス全員からなじられた。幸成もそう信じ、私から離れていった。誠也は庇ってくれたが、彼まで標的にしたくなく、私は学校では一言も喋らなくなった。

けれどそんな学校生活もあっけなく終わった。誠也が倒れた。頭の中にがんができたらしい。頭痛を訴えて救急車で運ばれた時には、もう手遅れだったらしい。誠也の家族からは学校へ行くように言われたけれど、私は残された短い時間を、少しでも長く彼とすごしたかった。私の家族は、あの事件から私を売女だと罵った。まあ、元より気立ても器量もいい姉をかわいがっていたから、あの事件は私の存在をなかったことにする免罪符になったんだろう。私は学校をやめた。

誠也の容態はあっという間に悪くなり、野球部で鍛えた体も、がりがりに痩せていった。
告知されてからひと月ほどで、起き上がれなくなった。病院の白い壁白いシーツに囲まれて、彼の土気色をした顔は際立って黒く見えた。
二人きりの時、私は誠也を抱きしめた。あの日彼がしてくれたように。でも日に日に彼の意識は朧気になり、夢の中にいるようになっていった。

空気が冷え始めた10月の中ごろ、誠也は息を引き取った。

葬儀には同級生も来ていたようだけれど、私にはその頃の記憶がない。誠也が逝ってから1年くらいの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。私は家族から見放されていたので、彼が亡くなってから半年ほどで働き始めていたのだが。仕事はよかった。職場でも高校中退という経歴であらぬ噂を立てられたりしたが、仕事をしていると気が紛れた。

なんで生きているのか分からないまま、10年が過ぎた。
今年は残暑が厳しかったのに、もう空気がひんやりしている。彼の逝ったあの年を思い出させる、突き刺さるような空気だった。

ひと月ほど前、私は故郷へ帰ってきた。死ぬためだ。けれど死にきれず目覚めたのは、皮肉なことに誠也の入院していたのと同じ病院の同じ階だった。
「裕美」
カーテンの向こうから突然呼びかけられて戸惑った。家族もこの地を離れているし、故郷に知り合いなんてもういないからだ。
入っていいとも言わないのにカーテンが開けられた。
「誰?」
ぼんやりとした頭で私は聞いた。
「幸成だよ」
声の主はそう言った。
「ごめん誰?」
もう一度聞く。相手は苛立っているようだった。
「お前なあ、心配して来てやったのに」
見ず知らずの相手に心配される筋合いなんてない。
「とにかくお前、自殺なんてするんじゃないぞ」
吐き捨てるように言ってその男は帰って行った。

誠也の墓前で手を合わせる。誠也が逝ってから彼の家にも行っていないし、手を合わせる場所はここしかない。
「また戻ってきちゃったよ。ねえ、いつになったら傍へ行かせてくれるの」
物言わぬ墓石に尋ねる。
「また来年もそっちへ行けるようがんばるから、待ってて」
死にきれず、墓前で誠也にすがったのは何度目だろう。

「裕美さん」
故郷で2度も声を掛けられて少し驚いた。今いる町でも気配を消して生きているから、友達もいない。
「僕、和也です。誠也の弟の。これ、ずっと渡したくて」
「和也?」
その名前を聞いて頬を涙が伝っていた。私の知っていた和也はまだ小学生だった。
「大きくなったね」
素直に嬉しかった。こんな気持ちは本当に10年ぶりかもしれない。私は和也から一通の封書を受け取った。
「お兄ちゃんの部屋から昨年出てきたんです。裕美さんに渡したかったけど、連絡先が分からなくて。命日になるとお花が供えられてるって母が言ってたから、もしかしたらって…」
私は封書の内容に気を取られ、和也の声はどこか遠くから聞こえてくるように感じた。
私は泣きながら手紙を握りしめた。誠也からの最後の手紙だった。弱々しい文字が並んでいたものの、内容はいつもの誠也だった。お前みたいなじゃじゃ馬、俺がもらってやるしかないと思ってた、なんて。なんで過去形なの。なんで私だけ置いていったの。涙でインクをにじませながら最後まで読むと、愛してるから生きてくれ、と書いてあった。その一言で私は全て分かり、声を上げて泣いた。誠也の望みが分かったから。私は誠也の分まで生きようと思った。



※作品に合うかどうか分かりませんが、BGM貼っておきます。


※途中からは付け加えましたが、実はこんな夢を見ました。職場の人に話したらもはやドラマだと言われたので、書き起こしてみました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?