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水曜日はキムチ屋さん

水曜日の帰り道

ちょうど19時くらいに駅に着きたいから
わざわざ学校で時間を潰すこともあったくらい

それくらい、昔のわたしには寄りたいところがあった。

それは駅のロータリーのすみに出るキムチ屋さん。

行商のおばちゃんが
リアカーをひいて出てくるのだ。
水曜日の19時、きっかりに。

キャップをかぶった韓国人のおばさんで、前歯が金歯なのがチャームポイント。

リアカーの中には大量のクーラーボックス。
その中にお目当てのキムチが眠っている。

笑顔で話しかけたり呼び込みをせずとも、そのキムチのおいしさを知ってる人がどんどんリアカーに群がる。

それを見ている通りすがりの人が、なんとなく吸い寄せられていく。

そう、いつも争奪戦だった。
なくなったらおしまい。

白菜キムチ 甘め&からめ
オイキムチ
カクテキ
チャンジャ
季節の野菜の漬物
キムチの素みたいなものも売っていた。

どれも同じ大きさのパックに入って500円。

わたしも家族も、友達も友達の家族もみんなあのおばさんのキムチが好物だった。

今週、買えた?
ってのが木曜日のホットトピックだったほど。

きっと、韓国産の塩辛とか調味料を使っていたんだろう。風味が全然違う。そして、無添加。美味しくないわけがない。

うっかり19時半くらいになってしまうと、もうダメ。
全部売り切れてしまう。

もうひとつダメなときがあった。

それは、警察がきたとき。
風のように一瞬で撤収してしまう。

おそらく、あのキムチ屋さんはきちんとした営業許可を得ていなかったのだろう。

おばさんのプライベートを知ってるわけじゃないからなんとも言えないけれど、外国人だったこともあるかもしれない。日本語をほぼ話せなかった。

常連さんたちは、すべての事情を飲み込んでいて

今日は巡視が厳しいからここじゃダメだ
あるだけ全部買うから早く撤収しなさい

なんて、声を掛け合っていた。

大学生になった頃から買える機会が減っていき、社会人になった頃には、キムチ屋さんの話題が食卓にのぼることもなくなっていった。

キムチ屋さんは、いつのまにか消えてしまった。


先日、実家に帰った。

ふと駅前のロータリーのあの場所をみても
当然、キムチ屋さんの姿はない。

帰り道のサラリーマン
買い物帰りのおばさまたち
これから塾に向かうであろう高校生
キャッチのお兄さんがウロウロしているだけ。

この街に長らく住んでいれば
あのキムチ屋さんを知っている人は
たくさんいるはずなのに
みんな忘れちゃったのかな。

こうやって思い出したり
思いを馳せたりしてる人は
今のこの瞬間、わたししかいないのかな。

あのキムチ屋さんを覚えている人は
この街にどれくらいいるんだろう。

記憶から消えたら、人はそれでおしまい?

ねぇ!!



自分の心の声の大きさに、ふと我に返る。

目の前に広がっている駅前の光景が、モノクロがかっていく。

まるで死んでいくみたいじゃないか。
なんだこれ。

その色の変化をずっと見ていられなくなって、身体ごと反対を向いて足早に歩き出す。

膝をのばしてかかとから強く。
わたしは、わたしだけになっても
絶対忘れないぞって気持ちを込めながら。


つい先日、水曜日、19時頃のはなし。

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