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指定校推薦ってそんなにおトクじゃない

この記事を書いているのが2023年11月19日。2024年4月に日本で大学入学を希望する人の多くは、入試本番に向けて今がまさに正念場だと思います。
一方、総合型選抜の合格発表は11月1日から始まっていますし、いわゆる指定校推薦の校内選考に至っては10月ごろまでに結果が出ている人が多いでしょう。つまり、すでに進学先の大学が決まっている人が相当数いるのです。今がまさに正念場という人にとって、すでに進学先の大学が決まっている人を「羨ましい」と思うのは無理もありません。私も一般選抜組でしたので、その気持ちはよくわかります。もっとも私は国立大学に後期日程で合格したので、前期日程で合格してお遊びムードになっている大勢の一般選抜組も嫉妬の対象でしたけどね。

そういうわけで、一般選抜に課されるような厳しい入試を経ずに、早々に大学合格を決めたいわゆる指定校推薦合格者に対して、羨ましいを通り越して「ズルい」とか「嫌い」とか「大学に入ってから苦労するに決まっている」とかいうお気持ちをぶつける風潮があります。
けれども、実際のところ指定校推薦ってそんなにズルくて、嫌悪すべきものなのでしょうか?大学に入ってから苦労するのは本当なのでしょうか?一般選抜で大学に入学し、大学院の研究そっちのけで教職課程を履修して教員免許状を取得し、大学入試制度を10年以上分析し続けている私の立場で調べたところをまとめてみようと思います。

指定校推薦の基礎知識

「うちの高校には指定校推薦を使う人なんていない!」「自分の同級生は一般入試ばかりだった!」という人もいると思うので、前提知識を共有するため、2023年現在の指定校推薦入試の概要を説明しておきます。

日本の大学入試は大きく「一般選抜」「学校推薦型選抜」「総合型選抜」の3つに分けることができます。これは2021年度から、つまり大学入試センター試験に代わり大学入学共通テストが始まるのと同時に導入された名称です。2020年度までは一般選抜は「一般入試」、学校推薦型選抜は「推薦入試」、総合型選抜は「AO入試」と呼ばれていました。ただし、これらはあくまで文部科学省が定める総称で、大学ごとでの呼ばれ方はまちまちです。

指定校推薦は多くの私立大学と一部の公立大学にある入試方式で、3つある入試方式のうち「学校推薦型選抜」に含まれます。学校推薦型選抜にはほかに公募型推薦というものもあります。公募型推薦では学校から推薦されればどの高校からでも受験できますが、必ず合格できるとは限りません。公募型推薦の志願倍率は2~3倍以上は当たり前で、学力検査を課す大学もあります。関西を中心に併願を認める公募型推薦なんてのもあります(これってもう早めの一般選抜ですよね)。

指定校推薦は、大学が指定する高校に在籍する生徒だけが出願できます。志願者は現役生が前提で、浪人生は出願できません。指定校推薦を募る大学は、指定する高校に対して学部・学科ごとに推薦枠(定員)を割り振ると同時に、推薦条件を提示します。推薦枠の数や条件は高校により異なります。推薦条件で最も重視されるのは高校での成績、具体的には評定平均です。指定校推薦で使われる評定平均は、高校1年から高校3年の1学期までに履修した全科目の評定(5段階)を合計し、履修した科目数で割った値です。
指定校推薦の推薦枠や条件は、だいたい9月ごろに高校に提示されます。高校の掲示板で各大学の推薦枠がズラッと並んだ一覧表が張り出されることが多いようです。指定校推薦を希望する生徒は、その一覧表を見てどの大学を希望するかを決め、先生に伝えます。希望者数が推薦枠を上回っていた場合は校内選考が行われます。校内選考をクリアすればその大学の指定校推薦に志願することができ、11月ごろに大学で面接や小論文などの試験を受けます。ごく一部の例外を除き、この試験の合格率はほぼ100%です。指定校推薦の合格発表は12月という大学が多いのですが、校内選考をクリアした時点で事実上進学先の大学が決まっていると言っても過言ではありません。
指定校推薦の合格者は、その大学の入学を辞退できません。よって、ほかの大学は受験せずに済む、というか受験できません。ただし入学者の学力の把握などを名目に、大学入学共通テストを受験してその成績を入学先の大学に提出することが義務付けられるケースがあります。

2000年代以降、大学入学者に占める一般選抜(旧・一般入試)の割合は低下傾向にあり、学校推薦型選抜(旧・推薦入試)や総合型選抜(旧・AO入試)の割合が増加傾向にあります。2022年度入試において、一般選抜での大学入学者数は過半数を下回り、入学者全体の49.0%になりました。もはや一般選抜以外での大学入学者の方が多いのです。国立大学は約8割、公立大学は約7割が一般選抜であるのに対して、私立大学は約4割に過ぎません。
日本の大学入学者のうち約8割が私立大学への入学者で、私立大学入学者の約4割が学校推薦型選抜で、そのうち約6割が指定校推薦です。0.8×0.4×0.6で、日本の大学生の2割近くは指定校推薦で入学していると見積もることができます。

2022年度大学入試における大学入学者の設置者および入試方式別入学者数のイメージ。
グラフの面積がそれぞれのおおよその入学者数を表している。
令和4年度国公私立大学入学者選抜実施状況」および「大学入学者選抜の実態の把握及び分析等に 関する調査研究 調査報告書」に基づき筆者作成。

ちなみに、学校推薦型選抜にはさらに附属校推薦というものがあり、私立大学の学校推薦型選抜の約15%を占めますが、上記の指定校推薦には含まれていません。

高校によって指定校推薦の中身はバラバラ

これだけ大勢の高校生が活用している指定校推薦ですが、果たしてそんなにおトクな制度なのでしょうか?
私の見解を一言で言うと「一般選抜受験者が羨むほどおトクではない」です。

指定校推薦は在籍している学校によって中身が変わります。その中身は学校相応、つまり高学力の生徒が多く集まる高校ほど、いわゆる難関大学の指定校推薦の推薦枠が多い傾向があります。たとえば早稲田大学の指定校推薦の枠がある高校は、一般選抜でも早稲田大学に合格できる生徒がいるような高校ばかりです。いわゆる難関大学の指定校推薦を狙うならば、まず推薦枠を持っているであろう高校への入学を果たさないといけません。その上で、同級生よりも優れた評定平均を確保しなければならないのです。
いま、推薦枠を持っているで"あろう"高校という言い方をしました。各高校が持っている推薦枠は毎年変動するのです。推薦枠が使われていなかったり、指定校推薦での入学者が成績不振だったり…理由は色々ですが、前年までは存在した推薦枠が自分が受験するときに無くなる可能性があります。また、推薦枠は学部・学科ごとに割り振られることが多く、自分が希望する学部・学科の推薦枠があるとは限りません。特定の大学の、ましてや特定の学部・学科の指定校推薦を期待して高校に進学することはできないのです。それがしたいならお目当ての大学の附属校に進学した方が確度は高いですが、考えることはみな同じ。附属校の合格難易度は、そのメリットに見合う程度(下手したらそれ以上)に高くなっています。

こうした事情から、いわゆる難関大学や皆が行きたいと思うような大学の指定校推薦を使うには、"それなりの"高校で好成績を収めることを前提に、ある種のギャンブルに身を投じる必要があります。結果として、一般選抜で受験するのと同程度に大変だった、もっと言うと一般選抜でも受かるような生徒が指定校推薦を使っただけという状況がしばしば起きているように思います。

高学力の生徒がそれほど多くない高校、具体的には数学Ⅰで"竹"や"梅"の教科書を使っている高校では、大学入試は私立大学への指定校推薦をメインに考える生徒が多いです(教科書の"松竹梅"については以下の記事を参照)。

そもそも、"竹"や"梅"の教科書で国公立大学やいわゆる難関私立大学の一般選抜に対応するのは難しいです。こうした教科書を使うような高校で学年トップの成績を取る生徒は、置かれた環境にかかわらず努力できる素地を身に着けていると言えるでしょう。そういうわけで、そうした高校でいわゆる難関私立大学の推薦枠がごくわずかに設けられていることがあります。

指定校推薦による入学者が全入学者の過半数を占める大学もあります。そうした大学の多くは、"松"の教科書を使っている高校の生徒はほとんど志望しようとしない大学です。一般選抜の受験者が、そうした大学の指定校推薦を羨ましく思うことはないですよね。なお、指定校推薦で学生が集められている大学は経営がまだ上手くいっているほうで、指定校推薦でも学生が集められなくなるといよいよ経営が危ない大学、ということになります。

高校の授業を捨てられない

指定校推薦を狙うなら評定平均が高ければ高い方が有利ですから、高校の授業はどの科目もおろそかにできません。たとえ文系学部を志望していても、高校の数学・理科の成績が評価されるのです。一般選抜で私立大学文系を受ける人は、早々に数学を捨ててしまっている人も多いみたいですけどね。

評定平均は高校で履修する全科目の評定の単純平均です。指定校推薦を狙う生徒にとって、数学Ⅰと家庭基礎は同じ重みです。英語コミュニケーションⅠと情報Ⅰも同じ重みです。評定「5」を取るために必要な時間には差があるでしょうが、指定校推薦を考えるなら、家庭基礎や情報Ⅰの授業中に数学や英語の内職なんてできないと思いますよ。

これは高校生の多くは理解していないことですが、大学を卒業するために重要なのは、受験学力ではなく、授業にきちんと出席したり提出物を期日までに提出したりする能力です。指定校推薦で大学に入学した人は、少なくとも後者の能力には長けています。
高校では提出物を出すのが遅れたくらいで評定「1」が付くことはあまりないですが、大学では提出物の〆切を破ると即座に単位を落とします。このギャップが埋められずに留年した学生を私は山ほど見てきました。
もちろん、あまりに学力が足りていないと大学の授業に付いていけない可能性はありますが、そのために指定校推薦の推薦枠を出身高校によって調整しているのです。日本において、大学の授業に付いていくのに必要な学力は、その大学の一般選抜をクリアできる学力より高いことはまずありません。仮に一般選抜をクリアできる学力より少し低い学生でも、授業にきちんと出席したり提出物を期日までに提出したりする能力が長けていれば、そうそう留年しません。
第一、指定校推薦で進学した先輩がバンバン留年しているなら、その高校からの指定校推薦は取り消されているはずです。指定校推薦が残っているということは、少なくともその高校から進学した先輩は無事に就学・卒業できているということに他なりません。

ただ、先生とどうしてもそりが合わないとか、何らかの事情で、高校の授業にきちんと取り組めない、取り組みたくないということはありますよね。そうなると高校の授業で評価してもらう指定校推薦は使えず、大学に直接評価してもらう別の入試方式に頼らざるを得ません。

選択肢の少なさをどう捉えるか

指定校推薦は、自分の高校が持っている推薦枠の中からしか選べない上、合格したら入学辞退ができません。万一入学辞退をするとなれば、後輩の推薦枠がなくなるなどの影響は覚悟しなければならないでしょう。

一般選抜ではそうした制約がありません。受験料や入学金が払えるなら、日程が許す限り何校でも受験できますし、合格しても辞退できます。入学後に留年するのも自由だし、中退しても後ろめたくない(YouTuberとして食っていきたいと思うかもしれないですしね!)。仮面浪人する気があるなら指定校推薦なんてもってのほかで、一般選抜で入学するからこそ得られる権利と言ってよいでしょう。

あとは、高3の秋の時点で進学先の大学を決めてしまうことをどう考えるかです。高校生の2倍程度長く生きた私の経験からすると、もし人生を賭けて挑戦したいことがあって、しかもそれに挑戦できるはずなのに挑戦しなかったとしたら、たぶん死ぬまで後悔します。第一志望が指定校推薦ならそれを掴めばいいですけど、第一志望が一般選抜でないと叶わないならば、やはり指定校推薦は使うべきではないと思います。とくに現役生は高3の秋から入試までが人生で一番受験学力が伸びる時期なので、早々に自分の可能性を見限るのはもったいないです。
私は一般選抜で第一志望の大学に落ちましたけれども、長い目で見ると、挑戦するという経験自体が活きることは多々あると思いますよ。

金銭的にはおトクかも…

指定校推薦は高校の授業でさえ高評価を得られればいいので、大学入試の一般選抜に特化した高額な塾に通う必要はほとんどありません。仮に塾に通っていても、指定校推薦に合格した時点で退塾すればいいですからね。

受験料も1校だけで済みます。一般選抜で私立大学を何校も受けたら受験料と滑り止めの入学金だけで数十万円が溶けますよ。

高学力の生徒がそれほど多くない高校には、大学に進学する費用をあまり捻出できない家庭の生徒が少なくありません。彼らの多くは国公立大学に届くほどの学力はない。すると私立大学進学になりますが、一般選抜で入学前に何十万円も必要だとなれば、大学進学を諦めてしまうかもしれない。そこで指定校推薦です。評定平均がそれなりに高ければ、経営が危ういレベルの大学ではなくて、大卒としての就職が期待できる大学に進学できる可能性は結構あります。
このように考えると、2023年現在の日本では、指定校推薦はある種のセーフティネットとして機能しているのではないでしょうか。

むしろ大学入試で一般選抜を受けられるということは、色々な意味で恵まれている時代が到来しているのかもしれません。
「一般」という言葉の意味を、改めて考えていきたいですね。

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