もっといけ‼ どんどんいけ‼ 消されし者どもの存在証明 映画『犬王』感想

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 時は室町。日の本がふたつの天を戴いていた時代。
 異形の能楽師・犬王と、琵琶法師・友魚のバディが繰り広げる絢爛豪華な舞台劇。
 そのうねりは人々の熱狂を呼び、やがて将軍・足利義満の知る所となる――

 予告

 圧巻。圧巻である。
 音と光、エモーショナルな歌声にアニメーションの快楽。
 中世日本にロック・ミュージックをブチ込み、謡い上げるは顧みられることなく忘れ去られようとしていた者たちの魂の叫び。
 いうなれば『ボヘミアン・ラプソディ(2018)』の舞台を室町時代に移し、アニメでやっているようなものなのだが、思えばQUEEN繋がりで『ROCK YOU!(2001)』も中世ヨーロッパの馬上試合で‟We Will Rock You”を熱唱していた。
『ROCK YOU!』の歌唱シーンは序盤の1度のみだったが、本作は中盤以降、ずっとそれをやっているようなものである。
 しかも謡われているのは犬王の出自と平家物語。人々にいないものとして扱われたり、忘れ去られようとしていた物語である。叛逆の物語である。ROCKである必然性がここにある。

 原作は古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』。
 古川は『平家物語』の現代語訳も手掛けており、そのスピンオフという位置づけである。
『平家物語』はノイタミナ枠でアニメ化しており、今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』とも一部放送時期が重なっていた。
 源平とそれに連なる作品が3つも発表されるとは、今年はいったいどういう年だろう。
『平家物語』と『鎌倉殿』はどちらも素晴らしく、この二作で時代の両面を味わえるだけでも贅沢というものだが、ここにきて現れた『犬王』がまたとんでもない傑作だったのだからたまらない。

 本作は、源平合戦より200年ほど後の時代。
 一方の主人公、友魚は架空の人物だが、もう一方の犬王は、足利義満の寵愛を受けたとされる実在の人物だ。
 ただし、その事績はほとんど伝わっていない謎の人物でもある。
 本作は、歴史上語り継がれることのなかった人々の物語を、この犬王に仮託して伝える――というよりは、そんな人々も存在したのかもしれない、知って欲しいと願っていたかもしれないと、想いを馳せるための作品であるのだろう。
 鎮魂と、声なき声の代弁。俺はここにいるぞという叫び――
 それらはすべて、表現の本質を成すものである。
 異形の子が犬王と、琵琶法師・友一となっていた友魚が友有と、己で己の名を決めるくだりは、どちらも胸が震える。

 本作の見所はもちろんライブシーンなのだが、そこに至るまでもまた凄い。
 冒頭、現代パートを経ての異形出産。草薙の剣を抜いた瞬間、一閃する光芒。光を失った友魚の主観ショット(指が触れることで文字が浮かび上がる演出は天才の所業)。犬王の造形と舞踏。呪いの一部が解け、歓喜の衝動のまま駆け出すくだり。
 どれもこれもワクワクするようなシーンのつるべ打ちで飽きるヒマがない。

 だが、犬王と友有が人々を熱狂させるたび、不穏な気配もまた漂う。
 芸の力は、持たざる者が支配者に拮抗し得る数少ない手段でもあるからだ。
 その様は、見ようによっては民を惑わす妖しげな術とも取れるだろう。
 南朝の存在もあって幕府の権威を高めよる必要のあった義満は表現の支配にも乗り出し、結果として二人はそれに屈してしまう。
 仮面を捨てたはずの犬王が、貝を背負う平家蟹のように、本心を直面(ひためん)に隠して舞うシーンはあまりに哀しい。
 かくしてふたつの魂は六百年の長きにわたり、現世を彷徨うこととなるが――

 ふたたび現代。
 彷徨の果て、巡り合う犬王と友有。
 ふたりの姿は、初めて出会った頃のそれに変わっている。

‟いいな!”‟当然!”‟変わらねえな!”‟当然!”‟イカすな!”‟もっといくぞ!”

 そうして私たちは気づく。
 いままで観ていた『犬王』という作品が、この瞬間に始まったのだと。

                             ★★★★★


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